連載
#20 マスニッチの時代
感動呼んだ「しんちゃんポスター」生まれるまで…仕掛け人に聞く
「みんなが知っているものはシェアしない」「小手先のことって意味がない」

2019年8月、春日部駅に出現したポスターが全国の注目を集めました。「かあちゃんの夏休みはいつなんだろう。」とつぶやくクレヨンしんちゃん。食品宅配大手「Oisix(オイシックス)」の広告を手がけたのが、牧野圭太さんです。個人の発信が、直接、SNSを通して全世界に拡散される時代。バズを生みだすには何が必要なのか? 「みんなが知っているものってシェアしない」と語る牧野さんと一緒に考えます。
牧野圭太(まきの・けいた)
1984年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。2009年博報堂入社、コピーライターに配属。HAKUHODO THE DAYを経て、2015年独立し、株式会社文鳥社設立。1作品最大16ページという「文鳥文庫」を制作。「Oisix」と「クレヨンしんちゃん」のコラボレーション広告、旬八青果店立ち上げのほか、話題性のある広告やプロモーションを手掛ける。2020年末にDEを共同創業。
奥山晶二郎(おくやま・しょうじろう)
朝日新聞withnews編集長。共著に『フェイクニュースに震撼する民主主義』(大学教育出版)。近著『現場で使える Web編集の教科書』(朝日新聞出版)を記念し、11月16日19時から、代官山蔦屋オンラインイベント「荻上チキさんと考える『となりの陰謀論』――〝ちゃんとした情報〟との出会い方」を開催予定(https://peatix.com/event/3058408/)。
「みんなが知っているものはシェアしない」
※記事は、9月17日にあった代官山蔦屋書店オンラインライブ「広告と報道のプロが語り合う Webで価値ある情報を発信する“編集力“のこと」での議論をまとめました。
「Oisix(オイシックス)」のクレヨンしんちゃんの広告は、今のメディアの立場を考える上で象徴的な事例なのかと思っています。
春日部駅だけに出した広告が、自然発生的にバズった。それを受けて、メディアが取材をして記事にした。バズったということは、広告の存在はみんな知っている状態。単に広告のことを取り上げるんだったら、メディアはいらない、となりかねない。
なので、広告だけでは分からない、ちょっとした裏話とかを伝えないといけない。取り上げることで、別の文脈。新しい価値になるような。それが、これからのメディアの役割なのかなと思っています。
牧野:
この仕事は、自分の中でも転機になりました。「Oisix」に意図をくみ取ってくれる人がいたことが大きい。クレヨンしんちゃんを使っているけど、ちゃんと「Oisix」の広告だと認識してくれる人が多くてありがたかった。

宅配サービスで競合がある中で、この広告は強力な一押しになるはずです。
牧野:
企業の活動がいかに社会的に意味があるのかを伝えるのが僕の仕事だと思っています。
家にキットが届いて、簡単に料理ができる。忙しいお母さんをサポートできる。その根っこにあることを伝えていく。
本来は広告ってそうあってほしい。「便利です」だけじゃなくて、社会のどんな課題と向き合っているか。そういうことが伝えられるといいんだろうなと思う。なかなか難しいんですけど。
奥山:
これはやっぱり担当者の方の熱意が左右している?
牧野:
そうです。誰かの判断もなく、その人がやると決めてやった。なかなかできないことです。
奥山:
それで、作品に縁のある春日部駅にしか貼らないという決断をした。
牧野:
みんなが知っているものってシェアしない。春日部駅にしかないとなると、みんなシェアしてくれるんです。限られた場所にあるほど、シェアしたくなる。それがマスに匹敵するパワーを持つというのは、今の時代を象徴しています。マスメディアに対抗する考え方かなと思います。
「かあちゃんの夏休みはいつなんだろう」。埼玉県の春日部駅に貼り出された「クレヨンしんちゃん」のポスターについて取材しました。https://t.co/xRezPmk4Nt #withnews pic.twitter.com/exqS3Qys97
— withnews (@withnewsjp) August 27, 2019
紙面広告がSNSで話題になった長崎新聞
実は、新聞の全面広告もバズるんですよね。紙の新聞が、SNSの世界ではある意味「限られた場所」になっている。
牧野:
新聞の15段広告つくるのがこの1年ぐらいでけっこうあります。一周回ってめちゃめちゃおもしろいメディアになっています。二十歳ぐらいの人が広げてみているということじゃなくて、たまたま見つけた人がSNSでバズらせる。
企業としてメッセージを発信する時、新聞の紙面広告が「公式」な意味を持つというのも面白いです。
奥山:
これはけっして自虐ではなくて、新聞は、紙面広告とウェブ広告をハイブリッドでやっていくべきだと思っています。紙面が「限られた場所」になっている現実を受け入れて再設計すればワンチャンあるのかなと。
たとえば、今年8月に長崎新聞が出した全面広告が話題になりました。
牧野:
丸が続いているやつですね
奥山:
丸は核兵器の数なんですけど、ウェブでこれが表現できるのかというとできない。紙面という物理的な制限がある中で、しかも、長崎にしか配られない地元の新聞社が出すということがバズにつながった。さらに、それがニュースになると、めちゃめちゃ読まれる。コメントもポジティブなものにあふれていて。目的が3重ぐらい達成されている。
【背筋が凍る】
— withnews (@withnewsjp) August 10, 2021
紙面を埋め尽くすように、びっしりと並んだ無数の点――。長崎新聞が掲載した見開き広告が、ネット上で大きな反響を呼んでいます。「思わず鳥肌が立った」と評判のデザインが、考案されるまでの経緯について取材しました。https://t.co/lsvuMiDhYN #長崎原爆の日 #戦後76年
SEOで考えたい「検索者の悩み」
奥山:
『Web編集の教科書』で紹介している「ウェブライダー」の松尾茂起さんはSEO記事は「検索者の悩みを解決するためのソリューション」と話しています。
SEOは、技術的なことだけではない気がしていて。この記事はどういう人の悩みを解決するのか、解決したいと思っているのか、それらが明確であれば、悩んでいる人が「こういうキーワード入力するであろう」というのが見えてくるはずです。
テクニカルなことも大事なんですが、これは教科書っぽい言い方になりますが「なんのためにそれを発信するのか」になるのかなと思います。それがわかればSEOのワードも見えてくるのではないでしょうか。
たまに記事を書いたりするんですけど、小手先のことってあんまり意味がないんですよね。
奥山:
突き詰めると、届けたい人が誰なのかがイメージできていれば、SEOによるクリック数が必要なのかどうかという話にもなってきます。
何かを買ってもらいたいことが目的なら、PVが多くても意味がない。悩んでない人に届いてもゴールが達成できたとは言えない。
牧野:
広告業界の発想で言うと、オリジナルワードを生み出して、それについて書けば、検索でも絶対に上にきます。
「オリジナルワード」という新しい概念や言葉をつくって、それを展開していくと、一番のSEO対策になるんじゃないか。そういう発想もあるのかもしれません。
奥山:
名付けることで生まれることってあります。たとえば「ヤングケアラー」という言葉。子どもの立場で親の介護などを強いられて、勉強に影響が出てしまう。これまで、そういう境遇の子どもたちを指す言葉がなかったので行政もサポートしにくかった。
「ヤングケアラー」と名付けたことで「自分もそうだ」「あの人もそうなんじゃない」とつながっていった。これはSEOの本質を突いた成功例だと思います。
11月16日19時から荻上チキさんとイベント開催!

様々な情報があふれるたネットの世界で、〝ちゃんとした情報〟に出会うのは難しい――。そう感じることはありませんか?
極端な意見や間違った事実を信じてしまうと、身近な人の健康を損なったり、誰かの攻撃に加担してしまったり……そんな「落とし穴」にはまってしまうことも。一方で、誰でもSNSなどで発信者になる時代でもあり、〝ちゃんとした情報〟を届けるには様々な工夫が必要です。
その時に大切なのは「編集」という視点です。
メディア論・政治経済・社会問題まで幅広く扱う評論家の荻上チキさんと一緒に考えます。