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「絶対、失礼なこと言った」 言葉が通じず一触即発 劇で描いたワケ
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「いま絶対、失礼なこと言ったよね!?」
怒る日本人女性。外国人女性がスペイン語で何かをまくし立てます。が、その意味はわかりません。
2人の間で必死に仲裁に入るのは、耳が聞こえない女性。その言葉は2人に届きません。
「オモテ、デロ!」ついに、すごい剣幕で3人は舞台の外に出て行きますがーー。
東京都台東区で10月末にあったパフォーマンスは、異様な雰囲気でした。
筆者が参加したのは全5回の公演のうち、「日本語字幕」がある〝バリアフリー〟の回です。
幕が上がって、まず登場したのは、英語で何かを叫ぶ航空会社のグランドスタッフらしき人。「ヘビーレイン」はかろうじて聞き取れましたが、「ハイドロプレーニング」? って何? 次の役者も中国語と英語で早口で話します。
「そうだ、字幕がある!」とスクリーンを見ると、映っているのは英語や中国語のままのセリフ。いや、日本語訳にならないんかい! と衝撃を受けます。
そう、この「字幕」は、耳が聞こえない人のための字幕。でも聞こえているものが外国語という点では、健聴者と同じ「わからなさ」を体験する、という仕掛けです。
しかし人間というのは面白いもので、慣れてくると、言葉がわからない人たち同士が必死に伝え合おうとする表情やジェスチャー、ときどき入る日本人役の受け答えなどの断片情報を補完して、少しずつ状況が飲み込めるようになるのです。
いつの間にか引き込まれた筆者は、ある場面で、ふと涙がこぼれてしまいました。
冒頭のパフォーマンスは、ミュージカル作家・作曲家の奥田祐さんが立ち上げた劇団「Onpuma」によるもの。
友人の結婚式に向かう途中に悪天候で足止めを食らったという設定で、「友人たち」は観客も交えながらオリジナルラブソングを作るインタラクティブ演劇「How to Make a Love Song」の一場面です。
企画した奥田さんは、昨年まで1年間、文化庁の海外研修制度でニューヨークで勉強し「言葉が通じない大変さと、そのおもしろさ」を実感したそうです。その空間を日本でも擬似体験することができないか、と、今回の舞台を考えたと語ります。
スペイン、中国、タイ、香港など多様なルーツを持つキャストをオーディションで選出し、ストーリーには当然のように同時通訳をつけませんでした。
筆者が涙したのは、日本人女性とわかり合えず、激怒していたスペイン人女性と、聞こえない日本人女性の会話の場面でした。
二人は当初、スマホの自動翻訳を駆使して会話をしていましたが、何かぎくしゃく。自動翻訳の精度は上がり、問題なくコミュニケーションはとれるはずなのに、互いに「本音」が伝えられません。
「この人、なぜか私にだけ怒っている」と感じて不審に思う聞こえない女性。スペイン人女性は「この人、私にとてもいじわる」とけんか腰です。
二人の間に、通りがかりの日本人が入ります。少しの手話と少しのスペイン語で、二人の本音を聞くと、互いに、ささいな勘違いや説明不足が、〝わだかまり〟を生んでいたとわかります。
その後、二人はスマホを手放して、目を見ながら、身ぶり手ぶりで気持ちを伝え合おうとします。その様子はジェスチャーゲームのようですが、一つ一つをゆっくりながらも伝えようという熱意が、観客にも伝わってきます。そしてその気持ちがわかると、「わかった!」と、思わず笑顔になってしまいます。
通じ合えた喜びに触れたとき、筆者は20年以上前、インドネシアの村で、同世代の少女とジェスチャーで恋バナをしたことを、ふと鮮明に思い出しました。
英語がわからない少女と、現地の言葉がわからない筆者。自動翻訳もない時代に、なぜ、会話が成り立っていたのか謎ですが、片思いの切なさを語る少女につられて、一緒に涙しました。
「恋バナ」という共通点で、確かに「マブダチ」になれたと思ったのです。
あの通じ合えたうれしさと、感動を、格段に便利になっていく時代の中で、つい忘れていました。
通じ合うとはどういうことなのか。舞台の後、出演した耳が聞こえない俳優・アイドルとして活躍する中嶋元美さんにインタビューしました。
今回の舞台で、中嶋さんが一番通じ合えたのは、日本語がほとんど話せないスペイン人の俳優とだったと言います。「私はいつも日本人と通じ合えない、だから通じないことが怖くないんです」と笑います。
通じ合えないことは〝不安〟、どうしたらいいのでしょうか。筆者が尋ねると、中嶋さんは「話したいというハートがあれば、相手は聞いてくれる」とエールをくれ、通じ合えないことを超えた先にある喜びを、笑顔で表してくれました。
脚本家の須貝英さんは「言葉はいらない、ということを言うつもりはまったくないです。言葉は大切」と話します。
日本にも多様なルーツの人が暮らすようになり、言葉も通じず、見た目や文化も違う人に対して「怖さ」を持つ人がいることや、通じないことで起こる不協和音にも理解を示します。
「ただ、世の中がこうなってくると、協力しあわないと解決できない問題がどうもあるらしいと、気づき始めます。そのとき『言葉をしゃべれないと通じ合えない』のだとしたら、だいぶハードルが高い。言葉が通じないときに、補完できる〝保険〟があった方が良いと思うのです」
その保険は、翻訳ツールだったり、身ぶり手ぶりで時間をかけて伝えることだったり、一緒においしいものを食べたり「冗談教えて」など、ほんのちょっとしたことで分かり合えることだってある、と信じています。
「言葉が通じない人とコミュニケーションをとらざるを得ない状況は、今後、必ずやってくる。だったら楽しくコミュニケーションをとってほしい」。怖さや不安など〝意識〟を1人で変えるのはなかなか難しいけれど、「演劇はその意識を変えるためのツールの一つになり得ると思います」と期待します。
今後、同様の舞台を国内や他国でも再演したいと考えています。
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