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「死刑制度が真っ黒に覆われている」記者が選んだ小説という手法

「フィクションじゃないと表現できない」

スマホへの吹き込みなどを駆使して執筆時間をひねり出している水野さん。「20分あればどこでも書けます」と笑います
スマホへの吹き込みなどを駆使して執筆時間をひねり出している水野さん。「20分あればどこでも書けます」と笑います 出典: 水野梓撮影

目次

さまざまな事件を取材し、特派員を経験してキャスターとしても活躍するジャーナリストが、死刑が執行された実在の事件に着想を得たミステリー小説を書きました。なぜノンフィクションではなく「小説」というかたちで表現しようと思ったのでしょうか。今春、『蝶の眠る場所』を出版した水野梓さん(本名・鈴木あづささん)に話を聞きました。

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水野梓『蝶の眠る場所』(ポプラ社):テレビ局の報道局社会部から深夜ドキュメンタリー番組の担当に異動になったシングルマザーが主人公。小学生が屋上から転落死したことをきっかけに、冤罪を訴えていた被告が死刑になった「事件」を追うことに――。

1匹の黒い羊に向けて届けたい

小学生の頃から新聞委員を務め、当時は新聞記者が夢だったという水野さんは「テレビ局で働いていますが、表現方法としては『文章』が一番しっくりくるんです」と笑います。

初めて「小説を書きたい」と意識するようになったのは小学3~4年生の頃。友人関係に悩んで図書室に通っていたとき、司書の先生が新田次郎著『孤高の人』を手渡してくれたといいます。

「小学生には難しい内容でしたが、ひとりで山に向かい合う姿に『友達がいなくても、ひとりでもいいんだ』と救われました」

それから図書室のありとあらゆる本を読んだという水野さん。99匹の白い羊の群れの中に1匹だけいる「黒い羊」のような存在に向けて本を書きたいと考えるようになりました。

フラッシュの「その後」を見たい

1999年に日本テレビに入社後、捜査1課担当となって強盗や殺人事件なども取材しました。

しかし大手マスメディアは、事件直後は熱狂して報道しても、「その後」についてはよほどの大事件でない限り追いません。

「あの人は今どうしているだろう」「あの人はどんな気持ちでいるだろう」という思いが澱のように心の中にたまっていったといいます。

水野梓『蝶の眠る場所』(ポプラ社)

バシャバシャとフラッシュが焚かれなくなった「閃光の後」を見てみたい――。

「小説に出てくるカメラマン・欣二郎の言うように、事件の被害者や事件を起こした人、その家族……一人一人の『その後』を描いてみたかったんです」と話します。

人間の「悪い面」も描きたい

文章のなかでもノンフィクション本ではなく、「小説」という表現方法を選んだ理由は「フィクションでしか伝えられないこともある」からだといいます。

報道のカメラはできる限り客観的に公平中立に物事を伝えようとしますが、時間は限られ、事件・事故の裏側にある当事者の複雑な感情や、取材者が感じたこと、細部はこぼれがちに……。そんなもどかしさもあったといいます。

また、人間のダークな部分にも、小説ならより真に迫ることができると考えました。

「ただ真っ白な人も真っ黒な人もいませんよね。この小説の登場人物は、主人公でさえ何かしらの負い目があったり、悪い面があったり、みんなグレーなんです。小説だとそれを思い切りリアルに描けると思いました

調査報道、真の報道の役割は…

小説の主人公は、ドキュメンタリー番組のディレクターを務めています。水野さんも「声なき声をすくい上げる」がコンセプトの「NNNドキュメント」のディレクター・プロデューサーを経験しました。

「記者は行政や警察といった当局の発表を『1分でも早くオンエアした方が勝ち』という強迫観念にとらわれます。でも、自分が拾わなければ世間の人が聞くことのなかった声、掘り起こさなければ明るみに出ることはなかった真実を掘り起こし、提示してみせるのが真の報道の役割ではないでしょうか」

その究極が「調査報道」だと考えている水野さん。丁寧に原因や背景をひもといていくと、社会のゆがみや誤謬が見えてくることを学んだといいます。
次作はミステリーではなく、さまざまな女性たちが登場する小説を準備しているといいます
次作はミステリーではなく、さまざまな女性たちが登場する小説を準備しているといいます 出典: 水野梓撮影

テーマにした「死刑制度」

7年前に執筆したという小説『蝶の眠る場所』は、水野さんがNNNドキュメントで取り上げた飯塚事件に着想を得たものだといいます。1992年2月、女児2人が殺害された事件で、冤罪を主張していた久間三千年・元死刑囚に刑が執行されました。

本の出版にあたっては徹底的に「リアルさ」にこだわり、尊敬する先輩記者・清水潔氏や、官僚らにも監修をお願いしたといいます。

「本作のテーマは『人は人を許せるのか』です。不可逆的な刑罰である『死刑』は『決して許されない』ことを意味する究極の刑罰だと思っています。人を殺したら応報刑を受けさせるということは、『許されない罪がある』『人は人を許さない』ということの証左でもあります」

被害者が「許せない」という感情になることは理解しつつも、本当にそれはできないのか、人と人が袖をふれ合いながら互いに行き交う「抱返(だきかえり)」のような世の中は作れないのか……そんなことを自身にも問いたかったといいます。

水野さんは「死刑制度に賛成・反対という単純なイエスノーではなく、どんな刑罰で、どう執行され、何をもたらすのか。そして今維持されている意味をつぶさにみる必要があります」と指摘します。

しかし現状では、なぜ今のタイミングで執行されたかといった死刑にまつわる詳細は明らかにされません。「死刑制度が真っ黒に覆われている……まずはそこが問題だと思っています」

小説が踏み出すきっかけになれば

9歳の息子が朝一番に登校しようと家を出たあとから出勤までの1時間半や、出張の行き帰り・休日を執筆にあてているという水野さん。

自分の体験を反映して、女性が働く上での悩みや子育てのディテールを丁寧に描くように心がけました。

「ある女性が『これは私の物語だと思った』と話してくれたのは本当にうれしかったです。冤罪をひもとくミステリーにすると同時に、社会の女性たちの応援歌にしたかったから

映画やテレビ、小説は、世界のありようを直接変えることはできないかもしれない。でも、何かに気づき、疑い、踏み出すきっかけになれば――。そう願いながら、次作の執筆に励んでいるそうです。
■水野梓(みずの・あずさ)/本名・鈴木あづさ
1974年生まれ、東京出身。早稲田大学第一文学部とオレゴン大学ジャーナリズム学部を卒業後、日本テレビ入社。警視庁や皇室担当、社会部デスク、中国総局特派員、国際部デスク、『NNNドキュメント』ディレクター・プロデューサー、読売新聞の医療部、社会保障部、教育部の編集委員、「ニュースevery.」デスク。現在経済部デスクとして財務省と内閣府を担当。BS日テレ『深層NEWS』金曜キャスター。NNNドキュメント14『反骨のドキュメンタリスト~大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』でギャラクシー賞月間賞。9歳の息子を持つ母親。

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