連載
#16 ゴールキーパーは知っている
「プレーヤーではないけれど…」元キーパー活躍、サッカーで地域貢献
世の中には、様々な分野で活躍するゴールキーパー経験者がいる。Jリーグと地域を結ぶ社会連携活動「シャレン!」のトップを務める鈴木順さん(49)もその一人。東日本大震災を機に転職した川崎フロンターレで地域貢献を学び、Jリーグの運営側へ。1つ1つの取り組みを大事にする姿勢には、確実にGKとしての経験がいきている。サッカーの未来を「守る」取り組みについて聞いた。
「DF4人をどのように動かせば点が入らないか。そういうことを考えるのが好きなんです」
今もシニアリーグでGKとしてプレーする鈴木さんはほほえむ。原点は、高校時代。所属していたサークルでゴールキーパーがいないことから始まった。小さい頃は将棋好き。相手の狙いや考えを読むのが性格にあった。
「キーパーって、将棋やチェスに似ている部分があるんですよね。味方への指示はもちろん、(相手の動きやシュートに合わせる)リアクションにみえて、自分から仕掛けることもあったり。1対1、止めるとうれしいじゃないですか。そういう駆け引きが楽しかった」
大学に入っても、当時はまだ、ほとんどが土のグランドだった時代。大会で4強以上に入り、天然芝のピッチでプレーすることが目標だった。山梨県の河口湖であった大会ではベストGKに輝いたことも。社会人リーグなどでプレーし、杉並区の大会で2連覇したこともある。
「常に、シミュレーションするんです。ボールがあるところから、右に出たらどうする、こっちにきたら……。なるべく遠くにある間に考える」
どうすれば、仲間と連携し、うまく守れるか。そんな発想は、J1、J2、J3の全57クラブの活動を連携して進めていくシャレンの仕事の原点だったともいえる。
大学卒業後、マーケティング会社に就職。5年で医療メーカーに転職した。サッカーは好きだったが、「好きなことを仕事にすると、仕事がつらいときに嫌いになってしまいそう」。スポーツ業界からは少し距離を置いていた。
きっかけは、2011年の東日本大震災だった。
当時、勤めていたのは新宿にある38階ビルの33階。激しい揺れに、人生で初めて死を覚悟した。「このビルが折れて、ここで死んだら自分は後悔しないだろうか」。自らの経験を生かしたいと、川崎フロンターレへの転職をきめた。
入社1年目はフットサル施設の運営担当、2年目はグッズショップ。店頭に立ち、現場をみたことが経験につながった。フットサル施設で人が足りないと、自ら入ってプレーをした。
感じたのは、地域への思いだ。
「よく、子どもたちや大学生に講演する機会があると言うのですが。『スポーツビジネス』という話をすると、みんなテレビに映っているスポーツシーンを思い浮かべるわけです。でも、そうじゃない活動のほうが、圧倒的に多い。スポーツ、というよりは事務方として、地域を盛り上げる企業なんです」
例えば、思春期の娘2人と会話が減ってしまったボランティアのお母さんがいた。そのお母さんは娘2人をボランティアに誘った。スタジアムをともに案内する仕事。フロンターレという共通の話題ができて、会話がはずむようになった、と喜んでくれた。ボランティア同士で、結婚した人もいた。クラブが地域、地域、と言い続ける意味が、わかった気がした。
「そういうことにクラブが役立っているのか、と。ある意味、地域の盛り上げ役で、チームが強くなるのとは、全然違う価値ですよね。僕はプレーヤーではないので、チームを強くすることはできない。でも、そうやって川崎の人たちの親子の絆とか、そういうことに寄与できれば、それはクラブがあることの一つの価値だと思うんです」
19年からJリーグに転職し、社会連携本部長として、「シャレン!」の取り組みを進める。
ヤフーと連携し、防災意識を高める「ヤフー防災模試」をJクラブのファンで競いあう企画「ソナエルJAPAN杯」もその一つ。J1~J3の全57クラブの2万人ほどのサポーターが参加した。環境省と提携を結ぶなど、意欲的に動く。
「おらが街のクラブとして、応援してもらえるクラブをつくるには、サッカーを応援してください、ではなく、自分たちがこういう地域を作りたい、という思いが必要。サッカーに関心がなかった人でも、Jリーグに関心をもってもらえるような活動ってなにかなと考えながらやっていきたいなと思います」
10回シュートを打って1本決めるFWのようなタイプではない、と自らを分析する。GKらしく各クラブの取り組みを見守り、つなげていく。1本のシュートを止めるように、「1つ1つの取り組みを大事にしている」のだという。
社会で活躍するGK――取材を終えて
「実は、僕もGKなんですよ」。今年1月、鈴木さんと雑談していてふと、そんな話題で盛り上がったことがある。Jリーグの村井満チェアマンもGK出身。社会で活躍するGKは実は多いのではないか。そんな仮説が生まれ、今回のインタビューを企画した。
10月12日にあった日本代表のアジア最終予選で、鈴木さんは埼玉スタジアムにいた。裏方として、大きな音が苦手な発達障害の子どもたちが落ち着いて試合を観られるようにする「センサリールーム」への案内役を務めていた。
「こうした部屋があるから、試合を見に来ました」という家族たち。試合終盤に劇的なゴールで勝ち越したピッチ上の選手だけではなく、サッカー好きを1人でも増やす、スタジアムに足を運んでもらう取り組みの重要性を再確認した。
鈴木さんの話を聞いてあらためて思った。サッカー界はもちろん、社会で活躍するGKたちにもスポットライトを当てていきたいと。
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