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地元

東京23区にある「未開の島」 うずくまるおじさんに声をかけると…

テレ東Pが清算した〝危険な過去〟

東京都大田区の令和島には、東京ゲートブリッジを渡って行くことができる
東京都大田区の令和島には、東京ゲートブリッジを渡って行くことができる

目次

テレビ東京で『家、ついて行ってイイですか?』『空から日本をみてみよう』などといった映像コンテンツを手がけてきた高橋弘樹さんは、「未開の地」にひかれると言います。注目したのは東京都大田区にある「令和島」。コンクリートが一面に広がる人工島を訪れた高橋さんが、そこで見たものとは。

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「未開の地」に魅力

「未開の地」に行きたい。
 
そう思い、「東京23区の島」令和島へ行くことにした。

昔からそういう願望があった。人を楽しませるという目的があって作られた施設を素直に楽しむことが苦手で、観光地化されていない土地に行くのが好きだった。

海外にはまだ人の手が入っていない「未開の地」は多くある。国内にも例えば富士の樹海や、人が離村して長い年月が経った無人島など、本質的にそれと同じ機能を持った場所はいくつかある。

だが、そんな遠くまで行く時間がない時もある。そこで思いついたのが、東京都・大田区の令和島だった。この島には、この島にしかない独特の魅力と磁力がある。
 
大田区のはずれに城南島という場所があり、都民にさえあまり知られていないビーチがある。そのビーチから東を見ると海上にたくさんのガントリークレーンが林立する島がある。それが令和島だ。

城南島から見た令和島
城南島から見た令和島

一面コンクリート、その先は海

この島へは城南島から地下トンネルで、または若洲から東京ゲートブリッジを渡って上陸することができる。

6月中旬の梅雨の合間に令和島をおとずれた。岸壁こそ物流基地として整えられているが、島の内部は東京とは思えない異界としてのポテンシャルを秘めていた。完全に「未開の地」だ。

城南島と若洲をむすぶ東京港臨海道路から、中防外1号線という、中国語のような異国感ただよう道を南東に進むと、そこに一面広大なコンクリートの大平原が広がる。「中防外」とは中央防波堤外側という意味だ。

中防外1号線の行き止まり
中防外1号線の行き止まり

この地は、東京湾を津波から守る中央防波堤のさらに外側の海上にある。中防外1号線をひたすら進むとUターン路になるが、その先には大海原しかない。

その先端から、東京本土方面をのぞむと、コンクリート大平原に、圧倒的な質量の雲が覆いかぶさる。都内にこれほど大きく空を感じられる場所はそうないだろう。「未開の地」ならではの光景だ。

「未開空間」令和島
「未開空間」令和島

領土紛争の果てに

東京23区という立地にありながら、なぜこの島はかくも異様な「未開の地」たりえたのか。

ヒントはその名だ。島名が示す通りこの島に「令和島」という正式な地名が作られたのは、つい最近。2020年6月1日だ。だがゴミ処分場としてこの地の埋め立てがほぼ完了したのは1998年。じつはこの島は、20年来の領土紛争に巻き込まれていた。

この令和島を含む中防波堤埋立地ははじめ、沿岸に位置する港区、品川区、中央区も領有権を主張していたが、2002年にこの3区は主張を取り下げ、地下トンネルで城南島とつながる大田区、そしてのちに東京ゲートブリッジで若洲とつながる江東区が互いに領有権を主張した。

その後しばらく硬直状態が続いたが、この地で東京オリンピックのカヌーやボートの競技が行われることとなり、幾度となく協議が重ねられた。

2017年には東京都が調停案を示すが、大田区が受け入れを拒否。2019年に司法判断で、中央防波堤埋立地のうち、現在の令和島の部分が大田区。となりの「海の森」と呼ばれる部分が江東区の帰属になった。

そして、ようやく「令和島」という地名がついたのが、およそ1年前。2020年というわけだ。

東京23区とは思えない令和島の光景
東京23区とは思えない令和島の光景

無人の地にいたおじさん

それゆえ、開発が先行していた岸壁のガントリークレーン地帯や、その横のコンテナ基地以外の内陸部は、東京では珍しい、放置され続けた巨大な「未開の地」であり続けた、というわけだ。

非日常感に支配された、この大きな空と、コンクリート大平原はまさに今しか見られない、東京に偶然残された「巨大未開スポット」。こんなにも堂々とした「空白」が東京の海上にひっそり佇んでいるのは奇跡だ。

島の内陸部は、時おりバイクや車が通るが、ほとんど車両の往来はない。もちろん歩いている人もいない。

この23区に隠された「未開の地」令和島のすごさは、文明社会特有の人間関係だけでなく、ありとあらゆる有機物のとの関係さえ断ち切る、徹底したデトックスを味わえるところにある。

そこに唯あるのは、空、そして雲のみだ。

のみだ……と思ったが、ふと見るとコンクリートの地面にうずくまる「おじさん」がいた。

令和島にいたおじさん
令和島にいたおじさん

クリーム色のチノパンに、水色のポロシャツ。怪しすぎる。いったん現場を立ち去ったが、子どものころ、お台場で見た光景を思い出した。

散歩をしていると、夜陰に乗じて、コンクリートの岸壁に、ゴムボートで上陸してくるおじさんがいた。それがなんなのか、今となってはわからない。だが、子どもながらに只事ではない気配を感じた。当時怖すぎて、話しかけることなどできなかった。

25年近く経った今でも、それがなんだったのか気になって仕方がない。お台場にいくたびに、その事を思い出してしまう。

大学時代に好きだった女性と観覧車にのっていても、フジテレビの就職試験で本社の会議室から絶景の東京を一望していても、子どもを連れて船の科学館をおとずれても……。

つねに、あのおじさんが頭をよぎる。そして気になり続ける。

私のお台場という土地は、あの記憶に支配されている。おそらく、お台場にいるわたしの表情は、いつもどこか暗い影を宿しているはずだ。観覧車にのった女性とうまくいかなかったのも、フジテレビに落ちたのも、子が最近「パパきらい、あっちいけ」というのも……。

すべて、あのおじさんのせいといっても過言ではないと思っている。
 
だから、事情を聞かなければならない。気になる事を、放置するというのは、とても危険なことだ。

コンクリートの地面にうずくまるおじさん
コンクリートの地面にうずくまるおじさん

「あの、すみません、何やってるんですか?」

「え?」

めちゃくちゃ怪しまれた。

たしかに、この海上の大平原でコンクリートにうずくまるおじさんも怪しいが、そんなコンクリートにうずくまるおじさんに大平原を横切って近づいていき、話しかけるおじさんも、相当怪しいはずだ。

「あの、何をしてるんでしょう?」

さらに言葉を丁寧にして、聞いてみた。

「ああ、同じ車とってるの」

「え?」

自分の車とミニカーと並べて撮影していたおじさん
自分の車とミニカーと並べて撮影していたおじさん

40代半ばに見える、そのおじさんの目線の先にはブルーのスバル・インプレッサ。そして、足元にミニカーが2つ並べられていた。

「車が好きで。自分の車と同じミニカー並べて撮ってるの」
 
写真を見せてもらうと、大中小のスバル・インプレッサが、一列に並んでいた。
 
「どうして、この令和島へ?」
「ここは交通量少ないでしょう。だから、走ってて気持ちよくて。人もいなくて。この島は信号も少ないから」

たしかに、この島の人気のなさは、尋常ではない。とくに日曜はそうだ。

令和島に並ぶ大中小のスバル・インプレッサ
令和島に並ぶ大中小のスバル・インプレッサ

「一人が気軽」に共感

ゴーという飛行機音が、会話を遮る。
 
上空は千葉方面から羽田へ着陸する飛行経路だ。飛行機は令和島をかすめるように高度を落としながら、羽田へ侵入していく。

轟音が会話をかっさらって過ぎ去ると、またしばし沈黙が訪れ、この島の静寂さを一層際立たせる。

「1年位前から、ここ、よく走ってるんだ。アニメとか好きでオタクなんだけど、オタク仲間も35歳過ぎた頃から、みんな結婚しちゃってね。それぞれの家庭があるから、相手してくれないんだ。はは。日曜は、子どもいれば、それぞれの家庭で過ごすでしょう」

「そうなんですか。遊ぶ人いなくなっていくの、ちょっと寂しいですよね」

「いやいや、『結婚するの? おめでとうー』みたいな、そんな感じだよ」
 
「そうでしたか。自分も結婚しよう、とは思わなかったんですか?」
 
「思わなかったな。面倒くさい気がして。一人が気軽。気を使わないから」

「ああ」

わかる気がした。

「フラッと起きたい時間に起きて、好きなことやって。そうやっていたいんだよね」

人付き合いの難しさの中でも、ストレスになる大きな原因の一つは、時間感覚の合わなさだ。それは、年齢、抱える仕事の量、価値観によって大きく異なる。言ってることは、とても腑に落ちた。

「自分はどこか行くなら、朝早いうちに行って、時間有効に使いたいんだよね」

「何時くらい?」

「5時くらい」

「はや!!」

「年とると5時くらいから動きたくなるんだよね。ご飯たべるにしても、気をつかうのが面倒くさくなる」

「自分のペースでいきたい」

「そうそう!」

写真は「好きで撮っているだけ」とおじさん
写真は「好きで撮っているだけ」とおじさん

わかる気がした。それは、まさに自分が、「未開の地」にひかれる理由と重なっている気がしたからだ。
 
「未開の地」へ行きたい。

おそらくそれは、自分が旅へ出る目的が、日常世界の疲れから逃避することにあり、その日常世界の疲れとは、およそ人間関係に起因し、その人間関係による疲れの原因とは、多くの場合相手に何かを期待されたり、あるいは逆に、相手に何かを期待してしまうという、対価を伴う関係が、年齢を重ねるにつれ増えていくことによるものだ。

だから、楽しむことに逐一対価を要求される観光地という場所が、上記のような動機で旅に出る場合、わたしの目的となじまないことが多いのだ。

だから「観光地化されていないところへ行きたい」と思うのだが、その中でも疲れのひどいとき行きたくなる、よりラディカルな場所。

それが「未開の地」なのだ。

「ほら」

おじさんは、撮った写真をみせてくれた。
 
「わ、きれいですね」

「でしょう」

「どこかに発表したりするんですか?」

「いや、別に好きでとってるだけだから」

「フラッと起きたい時間に起きて、好きなことやって。そうやっていたいんだよね」と語ったおじさん
「フラッと起きたい時間に起きて、好きなことやって。そうやっていたいんだよね」と語ったおじさん

飛行機の轟音が、また会話をかすめとり、静けさだけが残った。

「きょう?きょうはこのあと、そうだね……。どっかでご飯でも食べて、帰ってお酒飲んで寝るだけかな」

空いっぱいに広がるくもは、たっぷり水分をふくんで、もう耐えきれない、といった様子だった。
 
「じゃあ……」

どちらともなく、辞去し、それぞれ帰路についた。

若洲へつづく橋をわたり、少しだけ遠回りをして、帰ることにした。

高橋弘樹 映像コンテンツを作っています。企画・演出作品に『家、ついて行ってイイですか?』『ジョージ・ポットマンの平成史』『吉木りさに怒られたい』など。ドラマ『文豪の食彩』『蛭子さん殺人事件』などで脚本・演出。

文字も書きます。最新刊に佃島、妙見島、城南島など「東京23区にある島」に暮らす21人の人生譚をつづった『都会の異界 東京23区の島に暮らす』(産業編集センター)。『TVディレクターの演出術』(筑摩書房)、『1秒でつかむ』(ダイヤモンド社)、『敗者の読書術』(主婦の友社)など。

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