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#15 ゴールキーパーは知っている

サッカー元日本代表GKを苦しめた「120%」 心のケアの大切さ

我慢の積み重ねが大きなダメージに

J3福島でプレーするGK山本海人
J3福島でプレーするGK山本海人 出典: ©︎Fukushima united FC

目次

試合に勝っても、素直に喜べない。サッカーが楽しくない。J3の福島ユナイテッドでプレーする元日本代表のGK山本海人(36)はそんな時期を経験したことがある。異変を感じたのは、28歳のときだった。テニスの大坂なおみ選手や、東京五輪でも注目されたアスリートのメンタル。山本が自身に起きた異変を乗り越えるまでを聞いた。

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もともと完璧主義者

ヴィッセル神戸への移籍1年目。いつも通りの練習をしているはずなのに、自分のイメージより0コンマ何秒、反応が遅れることが気になった。

もともと完璧主義者。30代が近づき、パワーやスピードの衰えを感じる時期だった。

「自分は100%を出せていないんじゃないか」。高いボールの処理でも、1歩目がでないことに悩むようになった。

特に監督やコーチ、チームメートから衰えを指摘されたわけではない。それでも、自分のイメージと体のギャップが許せなくなっていった。

もともと、ストレスを抱えても耐える性格だった。

清水に在籍していた2012年ごろには、1年で3回ほどストレス性胃腸炎を発症。ユースからの生え抜きで、期待を集める重圧に悩んだ。そのなかでも「自分が弱いだけ」と周囲にも打ち明けず、すぐにピッチに戻ろうとした。

「もともと負けず嫌い。2歳上の兄に追いつきたいと、無我夢中でやってきて、プロになった。目の前にライバルがいれば、休むわけにはいかなかった」

元日本代表の山本海人。J3で若手を鼓舞する
元日本代表の山本海人。J3で若手を鼓舞する 出典: ©︎Fukushima united FC

「勝っても、うれしくないんだよね」

我慢の積み重ねが、28歳のときに大きなダメージとなった。

試合に勝っても、ホイッスルが鳴るとぼんやりと空を見上げた。「ああ、終わった」。胸に穴があいたような感覚。ガッツポーズをして、仲間と喜びを分かち合うことはない。笑顔もでなかった。

自宅に帰ると、妻のミヤさん(37)にいった。

「勝っても、うれしくないんだよね」

ミヤさんは「これはちょっとまずいな」と感じた。勝っても、負けても表情に変化がない。アスリートとしての火が、消えているとも感じた。

そのときを機に、アスリートのメンタルサポートの勉強を始めたミヤさんは、夫の言葉をノートに書き留めることから始めた。

北京五輪代表の山本海人(右)。当時は清水に所属していた
北京五輪代表の山本海人(右)。当時は清水に所属していた 出典: 朝日新聞社

はき出したことをメモに残し、一緒に考える

「120%」

練習で120%を出さないと、試合には出られない。120%の自分でいたい。プライド、という言葉もよく使った。

そのときのやりとりや経験が山本自身の価値観を大きく変えたのだという。

「2年間くらいかけて、今の自分を見つけて。自分がどうなりたいか、見つめ直す時間でした」

妻のミヤさんが心がけたのは、「聞くこと」だった。なぜ、そう思うのか。じゃあ、どうすればいいのか。相手の意見に耳を傾けることを意識した。

「最初は、失敗もありました。『楽しくしなきゃダメだよ』とか、『前は喜んでいたじゃん』と私の感情を伝えても、うまく入っていかないんです」とミヤさん。

実際に、心を閉ざし、「分かっているよ」「だから迷って、悩んでいるんじゃん」と否定したこともあった。

「相談しているけど、否定して受け入れられない自分がいて。プライドが上乗せされて、『現場もみていないのに、よく言えるな』とか。でも、そこからさらに考えてくれた」と山本。

はき出したことをメモに残し、一緒に考える。120%が無理なら、今の自分には何ができるのかを考える。そうした作業を、2年間近くかけて習慣化させた。そして、その経験が今のサッカー人生を支えているという。

「自分の技術や、体力に特化してプロに向かって突き進んできたんですけど。『心技体』って言葉があるように、心を鍛える、考え方を広げるってすごい大事なことだなと思って。こういう考え方をすれば、もっと活躍できるアスリートもいるのに、っていう思いもあります」

福島で体を張ってゴールを守る山本海人
福島で体を張ってゴールを守る山本海人 出典: ©︎Fukushima united FC

「子どもたち、保護者にも知ってもらいたい」

東京五輪では金メダル候補ながら体操で棄権した米国のシモーン・バイルス選手など「メンタルヘルス」という言葉にも注目が集まった。

山本は今、「アスリートのメンタルを考えることはすごく大事」と子どもたちに説いて回り、若手が中心の福島では、自らの経験や考え方も伝える。

「こういう経験をもっとしておけばよかった、とか、こういうことを考えておけば、と思うことが多い。だから、サッカーをやっている子どもたちや保護者の人にも知ってもらいたいと思って」

今、何よりも「サッカーを楽しむ、という根本を忘れたくない」という。どういう目的でサッカーをプレーしているのか。自分の価値を、どうチームに与えられるのか。

そんなことを考えながらプレーするGKが、福島にはいる。

北京五輪代表だった山本海人(右)。左は西川周作
北京五輪代表だった山本海人(右)。左は西川周作 出典: 朝日新聞社

そのまま引退の選手も――取材を終えて
山本海人選手のように悩んだとき、家族以外に、周囲に相談することはできないのか。そう尋ねると、山本選手は「うーん」と考えながらいった。

「こういうことって、誰にも打ち明けられないんですよね。プロになる選手って、自分で道を切り開いていく選手が圧倒的に多い。自分のものさしで、自分を信じてのぼっていく」

もちろん、それが「プロ」ゆえの厳しさでもあるのだろう。「背中を見て学べ、くらいでアドバイスなんかない。とにかく練習する、そういう世界です」

山本選手は家族でもあるミヤさんが勉強し、対話によって、自分の価値観を広げた。ただ、他の競技やサッカー選手でもこうした悩みを抱えるアスリートは少なくない。なかには、そのまま引退に追い込まれるケースもある。

スポーツ界では「アスリートウェルビーイング」(幸福と健康)をキーワードに、世界各国で研究が進む。

山本選手のように、悩んだ選手たちが自身の経験を語ることはまだ少ない。ある選手は、「メンタルが弱い選手」とみられることを恐れ、なかなか言い出せなかった、という話を聞いたこともある。

こうした経験を広く共有し、どう対策を立てるかを考えることがスポーツ界にとっても大事なことだと思う。

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