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コロナで「自宅内ブラック」の罠、「貧困東大生」が教える時間術
「踏ん切りが悪い場所」で作業をやめる
新型コロナウイルス禍の影響で「リモートワーク」が広まるなど、働き方は大きく変わりました。同時に、在宅勤務では「時間をうまく使えない」という新たな悩みが生まれています。自分一人しかいない環境で仕事モードに切り替えられず、SNSをのぞき見たり、スマホのゲームに没頭したり……。浪人時代、週4日もバイトを入れながら東大に合格した自身の時間術を書籍化した布施川天馬さん(24)は、あえて「キリの悪さ」を作ることが大事だと言います。だらだら仕事を続ける「自宅内ブラック環境」に陥らないためにはどうすればいいか。子育てや介護など、日々、時間に追われる人にも役立つ時間術を布施川さんに聞きました。(吉村智樹)
「僕は集中力が長くはもたないんです。すぐに勉強に飽きてしまう。加えて家庭の事情でアルバイトをしながらの受験でした。そのため、東大に合格するためには短い時間で効率よく学習する必要があったのです」
そう語る布施川さんは東京大学の文学部言語学研究室に通う4年生。在学中に書き下ろした初の著書『東大式節約勉強法~世帯年収300万円台で東大に合格できた理由』(扶桑社)がベストセラーとなり、「貧困東大生」と呼ばれ一躍、時の人となりました。現在は大学へ通いながらさまざまな媒体に寄稿する人気ライターです。
また、「新型コロナウイルス禍で学校へ通えない子どもたちのために」と、現役東大生起業家である西岡壱誠氏らとともに始めたYouTube教育番組『スマホ学園』でディレクターを務めるなど、多方面で活躍しています。
そんな布施川さんが東大をこころざした理由は、「実家が裕福ではなかったから」でした。
「東大しか選択肢がなかったんです。父親が働いていたたこ焼き屋さんの経営が傾き、給料の未払いなどあり、困窮するようになりました。あとでわかったのですが、借金もありました。ですので大学へ進むならば国立のみ。僕の実家は東京の足立区にあります。実家からさほど交通費をかけずに通える国立大学は、東大だけだったんです」
両親に負担をかけさせたくない。それが東大を選んだ理由だという布施川さん。しかし結果は「不合格」。予備校へ通いながら、改めて東大進学へ向けて勉強を始めます。生活が苦しいなかで両親が予備校の入学金を支払ってくれた日を思いだし、いまでも「申し訳ない」と、胸が痛むのだそう。
「大学を落ちた年に祖父が亡くなり、財産整理によって少しお金ができました。さらに両親が金融機関からお金を借り、およそ100万円を工面してくれたんです。ありがたかったですね」
家計が傾くなか、苦心して予備校へ通うお金を調達してくれた両親に感謝する布施川さん。しかし、そのお金だけですべてをまかなえたわけではありません。
「池袋にあった予備校への往復の定期券代や参考書などを買うお金は自分でつくらなければなりません。そのためアルバイトを始めました。予備校の近くにドラッグストアができたので、そこで働いたんです。週4でシフトに入っていました」
浪人時代に週4日ものアルバイト。受験勉強をする時間は大きく減ってしまいます。しかも目指すは東京大学。大事な時期にアルバイトをして、不安にならなかったのでしょうか。
「お金がなかったのでアルバイトは必須でした。不安を感じている場合じゃなかったんです。それに適度に身体を動かせたのが気分転換になって、むしろやってよかった。つらかったできごとですか? 商品の陳列を間違え、『そんなんじゃ東大に受からないよ』と皮肉を言われた日は、ちょっとへこみましたね。でも、それくらいです。アルバイトは12月まで続けていました」
経済的な理由で受験日の2カ月前までドラッグストアで働いた布施川さん。企業の副業解禁が進む昨今、くしくもブームに先駆けたかのような働きぶりです。
とはいえ1日は24時間しかない。「アルバイトが心身の管理に役立った」と言いますが、受験勉強に充てる時間が減ってしまったことは明らかです。
「『今度こそ合格しなければ後がない』。退路を断たれる気持ちになっていました。そこで『自分が受験に失敗した理由はなんだろう』と考えたんです。省みた結果、自分の弱点は“起ちあがりの遅さ”。勉強に身が入らないぐずぐずした時間、ここに問題があったんです」
参考書を開いても、霧がかかったようにぼんやりとし、記述が頭に入らない。気が散り、ついついマンガやゲームに心を奪われる。受験に失敗した年、布施川さんにはそんなもったいない時間があったのだそう。そして、起動の遅さが意外と大きく圧迫していると気がついたのです。
テレワークやリモートワークを経験した人なら、同じように「気持ちが起ちあがらない時間」に悩んでいるのではないでしょうか。瞬時に仕事へ立ち向かうスイッチが入り、集中できれば効率がいい。終業も早くなる。わかってはいるのですが、なかなか行動に移せません。
しっかりと自分と向き合った布施川さん。立ち返って見つけた「悩みを解決する方法」とは――。
「なぜ、自分はすぐに勉強に集中できないんだろう。それは『前日に、キリがいいところでやめているから』だと気がついたんです」
キリのいいところでやめていたのが、時間を奪う原因? いったいどういうことでしょう。受験勉強はその日の目標をキリよくクリアしながら進めてゆくのが普通なのでは。
「以前はそうだと思い込んでいました。でも、違ったんです。僕は意志が弱く、いきなり新しいことに集中できません。参考書や問題集の新しい単元へ向かう時はいつも気が重く、もたもたしてしまいます。なので前日に『中途半端なところで終わっておく』方法に変えたんです。『今日は○時まで勉強する』という時間すら目標にしない。とにかく『ここで終わるとキリが悪いな』と感じたらやめて、次の日は続きから始める、そんな勉強法に変えました。そうすると翌日、勉強へ向かう気持ちへの“離陸”が早いし、集中力が一気にあがったんです」
前日に最後まで解かず、あえて「踏ん切りが悪い場所」で勉強をやめてしまう。次の日は「解決していない気持ち悪さ」を胸に抱えたまま取り掛かる。しかし、それでは爽快感がなさ過ぎて勉強が楽しくなくなるのでは。
「勉強の楽しさって、多くは“達成感”だと思うんです。でも、この達成感がくせもので。受験に失敗した年、僕は『今日はここまで進もう!』と目標を立てて勉強をしていました。そして教科書や参考書を『この章まで読み進んだ』『ゴールした』という達成感に酔っていたんです。一つの単元を終わらせることを目標としているので、達成すると楽しいし気持ちがいい。そして気持ちよさが勝り、結局なんにも覚えていない。達成感って自分を見失ってしまうワナだな、って気がついたんです」
「達成感」は自分を酔わせてしまうワナ。成功体験をよしとしてきた受験必勝法やビジネス書に真っ向から反旗を翻す考え方です。
「この『途中でやめる』『達成感を目標にしない』方法は現在も採り入れています。単行本を書く際、『今日は○章まで書いたら仕事を終わろう』『今日はこの項目まで書こう』、そういう区切りをいっさいなくしました。『あえてキリが悪いところで書きやめる』『仕事がきれいに終わっていない気持ち悪さを利用する』。結果的にこちらの方が、効率がいい。この方法をとらなければ、根気がない僕が在学中に本を2冊も書き下ろすなんて、できなかったと思います」
「達成感」よりも「キリの悪さ」をモチベーションにして効率をあげる。勉強方法を見直した翌年に見事に東大を制し、入学後も学業と書籍の書き下ろしを同時進行させてきた彼だけに説得力があります。
そしてこの「キリの悪さ」を利用するメソッドは、学生のみならず社会人にも大いに役立つと感じました。転職や資格試験のために勉強をしているのに結果が出せない場合、課題の消化そのものが目標となってしまっているのが原因かもしれない。
「初めて東大を受験したとき、気がついたんです。受験に『間に合う』なんてありえないんだって。どんなにたくさん問題を解いても、どんなにたくさんの英単語を記憶しても、間に合うなんて無理。だったら、心地の悪さを抱えたまま試験に挑む方が自然だなと感じました」
安心感や達成感をあえて捨てながら日々を生きる。そう心に決めた布施川さんは現在、ライターの仕事をどのように進めているのでしょう。
「家のなかって誘惑が多くて気が散りますよね。僕は実家の一室で仕事をしているのですが、特別に“仕事に集中するスペース”を設けられるほど、部屋は広くはない。なので仕事をする場合は部屋のなかで“目線の高さ”を変えるようにしています」
部屋のなかで「目線の高さを変える」? それは具体的にどういう方法なのでしょう。
「朝、目がさめるとまず布団をたたみます。そして、たたんだ布団をソファにし、椅子の上にパソコンを置いて仕事を始めるんです」
パソコンを、椅子の上に置くのですか? 机の上に、ではなくて?
「はい。椅子の上にパソコンを置きます。そして仕事が『今日はここまででいいか』と思ったら、次はパソコンを取り除いて椅子に座り、机に向かってゲームをやったり漫画を読んだりします。机の上では楽しいことしか起きないようにするんですね。椅子の上で原稿を書くなんて不安定だから早く書き終わりたいですよ。そして『この仕事が終わったら、机の上に移動できる』、そう思うといっそう集中力がたかまる。結果的に効率がいいんです。“集中する場所”と“だらけていい場所”を目の高さで分けながら、原稿をどんどん書いています」
なるほど。部屋を仕事スペース/プライベートスペースに分けるのではなく、視線の高さでメリハリをつけるのですね。
「そうなんです。『うちは布団ではなくベッドだ』と言われると返す言葉がないのですが(苦笑)。とはいえ部屋を無理に仕切らなくても、視線の高さや身体の向きを変えることで仕事へのスイッチが入るんですよ。少なくとも僕はそうです」
いかにリラックスして仕事ができるかを説くアドバイザーが多いなか、自ら望んで落ち着かない態勢で仕事をするとは驚きです。アルバイトに時間を取られつつ「やりきらない」学習法で東大に合格し、不安定な椅子の上で執筆しながら日々原稿を生みだし続ける布施川さん。「大胆な発想の転換が奏功するのだ」と感心するとともに、学生らしい、みずみずしい反逆心も感じました。
「時間をうまく使えない」。その理由は多岐にわたります。性格の弱さだけではなく、子育て中であったり、介護であったり。そしてなにより新型コロナウイルス禍という人類が初めて経験する非常事態。集中できなくて当たり前と捉えるべきでしょう。不穏な日々のなかでタスクを完璧にこなすことを理想にしていては、それができない自分を責め、自己評価が下がるばかりです。
東大生・布施川天馬さんが選んだ、あえて不安な状態のまま漂う生き方。それは、時間の効率化を超え、生きづらさから解放される方法なのでしょう。
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