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夜行列車「銀河」12時間22分の格別に遅い旅 途中下車もセット
みんなでぞろぞろ夜食のラーメン屋へ、ローカル線維持にも期待
夜行電車に揺られ、寝ぼけ眼をこすれば、雄大な太平洋が広がっていた――。そんな体験ができるのは、JR西日本の長距離列車「WEST EXPRESS銀河」の下り列車です。12月20日(昼行の上りは22日)までの予定で、京都―新宮(和歌山県新宮市)間を結んでいます。かつて、釣り客らに「新宮夜行」として愛された新大阪駅発の夜行列車が21年ぶりに復活したようだとも話題になっています。7月上旬に報道公開された試運転列車に、鉄道好きの記者(30)が乗りました。(朝日新聞記者・鈴木智之)
「銀河」は2020年9月にデビュー。以来、関西と山陽や山陰を結んでいました。富裕層を狙った豪華列車「トワイライトエクスプレス瑞風」とは対極的に、カジュアルにくつろげる列車として、人気を集めています。
日本旅行が宿泊施設などとセットにした旅行商品として販売しており、私も複数回抽選に応募しましたが、当選したことはありませんでした。今回の「紀南コース」は昨秋、和歌山県内の新宮市など7市町村と県が、「銀河の運行が新たな観光の起爆剤となると大いに注目、期待している」とJR西日本に要望。その後、運行が決まりました。京都駅と新宮駅の間を下りは夜行、上りは昼行で結びます。
私が乗ったのは下りの試運転列車です。実際のツアーに含まれた運行と同じように軽食や観光案内のサービスもありましたが、それは後のお楽しみです。
午後9時前、京都駅の31番線、本来は山陰線の列車が発着するホームに濃紺の車体がゆっくりと姿を現しました。国鉄時代につくられ、かつては新快速として活躍していた117系電車。現在も草津線の普通列車などで使われています。丈夫で壊れにくいため「銀河」に選ばれたといい、車内も大規模な改造が施され、立派な観光列車に生まれ変わりました。
午後9時15分、京都駅を定刻に発車。モーター音をうならせ、新大阪駅へと向かいます。座ったのは、1号車のグリーン車指定席「ファーストシート」。一つのボックスに2席が向かい合うように配置された座席で、背もたれを倒すと、一つのベッドのように平らになります。しばらくは座席スタイルでゆったりと楽しむことにしました。
途中に数回、時間調整のため停車。どんどん通勤列車に抜かされます。「『銀河鉄道の夜』の主人公、ジョバンニのような気分になって」と車掌。飽きさせない工夫にあふれたアナウンスもお楽しみの一つです。
午後10時10分に新大阪、次いで、33分に天王寺に到着しました。ここからは阪和線です。
さて、車内を探検してみます。運転室をのぞくと、国鉄型の車両らしいノスタルジックな雰囲気が漂っていますが、それ以外はまるで新車のようです。もともと好きな車両でしたが、ここまで変身するとは驚きです。
2号車は、女性席。昼行用の特急列車のようなリクライニングシートと、横になってくつろげる簡易ベッドのような「クシェット」が並びます。3号車は男女ともに使えるリクライニングシートと、家族で利用できるファミリーキャビンがありました。
4号車は、利用者が自由に使えるボックス席や、テーブルが並んだフリースペース「遊星」です。飛沫(ひまつ)感染防止用のついたてには特急列車のヘッドマーク風に「距離」や「マスク」などと書かれ、雰囲気を壊さないよう新型コロナ対策が施されています。和歌山大学生がつくった「うみえるマップ」も必見。海が見えるビューポイントを逃さないよう、時刻で示したパンフレットです。
5号車はクシェットで、6号車は最高級のグリーン個室「プレミアルーム」。2、3人(夜行では2人)用が4室と、1人用が1室だけあります。ぜいたくな仕様に、いつか個室にも乗ってみたくなりました。
午後11時42分、和歌山駅に到着。なんとここで全員いったん下車します。係員の案内で駅を出て、夜道を5分ほど歩いて着いたのは中華そば店「まる豊」。下り列車を利用するツアーにも含まれている「夜食」です。こくがありながらも、さっぱりとした和歌山ラーメンで、あっという間に完食してしまいました。和歌山県湯浅町のしょうゆをブレンドしているのがこくの秘密。「先代の味を引き継いで、老若男女に好まれるようにつくりました」と出崎雄陽(でさき・ゆうひ)店長(23)。
おなかいっぱいで駅に戻ると、子どもの姿がありました。この日は特別に、銀河に乗務する母の納谷奈緒美(なや・なおみ)車掌(37)を見送りに来たそうです。「緊張しますが、皆に夢を与えられるようなサービスをしたい」と話す奈緒美さんに対し、陽大(はると)君(10)は「試運転に乗るなんてすごい。かっこいい。頑張ってほしい」と目を輝かせていました。
やっと乗ることができた「銀河」。それは2008年まで東京―大阪を結んでいた寝台急行の名前でもあります。大阪や京都で目にしても結局乗ることがかなわなかった列車です。時を超えて、再び銀河に出会えたことが鉄道ファンの一人として幸せでした。
夜行列車は、新幹線や飛行機などのスピードに及ぶべくもありません。一方で、高速バスより概して料金が高い。瞬く間に全国から消えていき、今や定期列車として走る夜行列車は、東京と高松・出雲市を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」のみです。よみがえった「銀河」の夜行は、格別に遅いですが、せかせかとした社会の中で、乗っていること自体がかけがえのない時間になる、そんな列車でした。
普段なら早く目的地に着いてほしいと考えながら乗るような大阪近郊の線路も、海際の情緒あふれる紀南の線路も、車掌の特別なアナウンスを聴きながらゆったりと走る。時間をかけたからこそ、新宮駅に到達した喜びと旅路の記憶は一層濃厚になったとも言えます。
加えて、新たな「銀河」のツアーは、食事や観光を通して、地域の振興にもつながります。少し大げさに言えば、苦境にあえぐローカル線に差す一筋の光にもなると思います。
地方のJR線は全国に広がる高速道路網や人口減少により、軒並み苦しい利用状況に悩まされています。災害などをきっかけに廃線も相次いでいます。紀勢線(和歌山市―新宮)の輸送密度(営業距離1キロ当たりの1日平均旅客輸送人員)も、1987年度の9741人から2019年度4830人まで、実に半減しました。しかも、白浜以南に限れば1085人。ただ、近隣の住民にとっては通勤、通学、通院など、生活に欠かせない足でもあります。
「『銀河』に乗ることをきっかけに紀南のファンになり、今度は特急列車で再訪してもらいたい」。新宮市長や学生らとの対話で、彼らが抱く思いの強さも知りました。細りつつある生活利用と合わせ、恒常的な観光利用の比重を高めれば、将来の「廃線」を心配しなくてよくなるかもしれません。
「銀河」の22年1月以降のコースは未発表です。いまだ到達していない地域にも向かってほしいと思うその一方で、継続性も必要だと感じました。全国各地で、観光列車が活性化に寄与する例は増えていますが、JR西日本は北陸線のSL「北びわこ号」や木次線のトロッコ列車「奥出雲おろち号」の運行終了を決めています。
コロナ禍では難しいことも多いでしょうが、できることなら、第2、第3の銀河を生み出し、様々な場所で地域を盛り上げる列車を走らせてほしい。地域とJRが一体となり、各地にあふれる自然やおいしいものなど地域資源を、先人が築いた鉄道インフラと組み合わせて観光需要を促進する。これまでにも取り組まれてきたことですが、新しいタイプの「銀河」に乗って、そこにはさらなる可能性が秘めていると感じました。
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