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オードリー春日、むつみ荘で見せた笑顔 マイペースさに潜む“凄み”
体張った芸の裏にある“受け”のうまさ
「M-1グランプリ2008」で準優勝後、テレビで引っ張りだこになったオードリー・春日俊彰。最近ではレギュラー番組の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)、今月27日には特番『オードリーと選の夜』(テレビ朝日系)でメインMCを務めるなど、トーク番組でも存在感を発揮している。節約エピソード、体を張った芸風、高い身体能力、豪胆なキャラクターなど、様々な顔を持つ春日が放つ“一貫した魅力”とはどんなものなのか。(ライター・鈴木旭)
「M-1グランプリ2008」で準優勝し、一気に知名度を上げたオードリー。その後間もなくスポットが当たったのは、春日の節約エピソードだった。
風呂なしアパートの「むつみ荘」に住み、基本的には赤ちゃんのおしりふきで体の汚れを落とす。たまに近くのコインシャワーを利用する場合は、5分100円の使用料金を抑えるため、家でシャンプーを髪の毛につけ泡立てながら現場まで歩く。そのことで、近所の子どもたちから「シャンプーおじさん」と呼ばれていた。
そのほか窓に段ボールとゴミ袋を貼って冷気をカットする、定期的にパン屋でパンの耳をもらう、飴玉を水で溶かしたジュースを飲むなど、その模様は当時様々なバラエティーで取り上げられた。アパートの場所は知れ渡り、ネットで「春日の家」と検索すれば一発でヒットするまでになった。
貧乏生活の中でもマイペース。そんな春日の姿勢は駆け出し時代から変わらなかった。芸歴を重ねるも先が見えず、相方の若林正恭から現状に焦りがないのかを問われると、数日後、電話で春日は「どうしても今、幸せなんですけど……」と涙ながらに口にしたという。(2012年12月8日に放送された『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)より)
たまたま友人がむつみ荘に住んでいた関係で、私はブレーク前の春日を何度か見掛けたことがある。とくに覚えているのは、隣人の年配者と玄関先で楽しそうに話しながらライブに誘っていたことだ。その笑顔は、今バラエティーで見せている顔と同じものだった。
高校時代から金銭に対する執着心も強かったようだ。高いところから飛び降りる、学校で誰とも口を利かない、全速力で自転車を飛び降りるなど、友人たちが春日にミッションを課す。クリアすると、1人あたり数十円から数百円が手に入るため、そのたびに貯金していたという。
そこには、男子校特有のノリもあったことが想像される。ミッションがエスカレートしていくも、春日は周りの期待に応えるように金額次第で受け入れ挑戦した。若林や仲間たちは、その様子を見てゲラゲラと笑っていたようだ。
このキャラクターは、バラエティーでも活かされることになった。ブレーク当初は『ミリオンダイス』(日本テレビ系)の「24時間以内に日本の歴代首相を順に暗記すれば100万円」といった企画に挑戦していたし、ここ最近でも『水曜日のダウンタウン』(TBS系)で「団長VS春日 我慢頂上決戦」「48時間耐久不眠クイズ」など、相変わらず体を張って視聴者を楽しませている。
テレビに出始めた頃から「体を張る仕事がしたい」と口にしていたが、その基盤は高校時代に築かれたのだろう。
ブレーク前から「K-1 JAPANトライアウト」に参加し、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日系)の潜水企画で存在感を示すなど、高い身体能力を発揮した春日。高校時代にアメフト部に所属し、オール関東の選抜メンバーだった経歴は伊達ではない。
バラエティーで人気者となった後も、「ボディービル」「フィンスイミング」「レスリング」といった大会に挑戦し、好成績を連発。2016年に行われた「フィンスイミングワールドカップマスターズ大会」では、春日を含むメンバーの「4×100mリレー」で銀メダルを獲得した。また今年に入って、「第32回全日本エアロビクス選手権大会」一般ペア・グループ部門にフワちゃんと組んで出場し、見事銅メダルを獲得している。
お笑い芸人というよりは、“エンターテナー”というほうがしっくり来る活躍ぶりだ。よく春日は「やってやりますよ」「こういうのはね、『できる』『できない』じゃない。やるんだよ」というような発言をするが、あくまでも本人は先に触れた学生のノリの中で挑戦しているのだと思う。
それがトレーニングを重ねるうち、徐々に視聴者の中に「本当に記録が出るかもしれない……」という期待が湧き始める。つい惹き込まれてしまうのは、この“主人公感”に裏打ちされたものだろう。身体能力が高いタレントというだけでなく、周囲を巻き込むような独特な雰囲気が春日にはあるのだ。
今田耕司から「自信のほうはいかがですか?」と尋ねられ、「なきゃ立ってないですよ、ここに」と言い放つ。「M-1グランプリ2008」決勝の一幕として有名だが、この豪胆なキャラクターはその後の春日を決定づけたと言っていい。
何らかの挑戦企画にはうってつけの振りとなり、そもそも使っている「ごんす」「なるへそ」といった春日語も相まってお茶の間の好感度も高い。この期待値の高さと安定感は、お笑い界でも屈指だ。
その一方で、非常に“受け”のうまい芸人とも感じる。『あちこちオードリー』や『オードリーのオールナイトニッポン』といったトーク主体の番組では、基本的に相方の若林が主導権を握っている。その中、春日は絶妙な合いの手で会話をスムーズにさせているのだ。
たとえば『あちこちオードリー』にインパルス・板倉俊之がゲスト出演して間もなく、居酒屋風のセットを見て「都の……都のあれ貼っていないですね」と言ったところで「虹色のヤツですよね?(笑)」と即座に春日が返したのには驚いた。「虹色のヤツ」とは、事業者向けに東京都が発行する「感染防止徹底宣言ステッカー」のことだ。
オードリーの“ズレ漫才”は春日のツッコミ間違いが多かったことを核として生まれているが、今ではこうした突然のボケにうまく対応しているシーンも多い。
また、『オードリーのオールナイトニッポン』での振る舞いも絶妙だ。聞き手に回った際の相づちのトーンは、小さ過ぎず大き過ぎず耳ざわりがいい。そして、すべてを受け流すわけではなく、自然な形で情報を補足し、時にクスクスと笑いながら屈託のないツッコミを入れることでトークにメリハリを生んでいる。つまり、引き立て役としてのスキルも高いのだ。
鋭利な発言も多い相方の若林に対して、春日は決して感情的になることなくマイペースな姿勢を見せる。この緩衝材のような一面も、人気を後押ししているように思う。
お笑い芸人を目指すと父親に打ち明けた際、「俺は22年間、お前で笑ったことがない」と反対された春日。また、中学・高校時代に同級生だった谷口大輔氏は、オードリーが売れ始めた頃の“春日が面白い”という風潮に「ダメ。面白くない」と感じていたことを明かしている。(2011年4月に放送された『オードリーのオールナイトニッポン』より)
しかし、どんなことを言われても、どんな状況であっても、春日は変わらなかった。節約術、体を張った芸風、高い身体能力、ズレ漫才の間違ったツッコミ……どれも技術やスキルというよりは地に近い。そもそも持ち合わせている素材を生かし、好奇心が湧いた先へとひた走るのみだ。世に言う“スター性がある人”とは、春日のようなタイプを指すのだろう。
相方の若林は著書『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋)のまえがきの中で、「ぼくはずっと毎日を楽しんで生きている人に憧れてきた」と書いている。この一文で、真っ先に思い浮かぶのは春日だ。そのうえで、「そういう人間になることは諦めた。諦めたし、飽きた」と続けるのである。
今の若林の形成に大きな影響を与えたことを考えると、春日のマイペースさには凄みを感じる。お笑いを始める前から、春日は“春日を楽しむこと”を続けているだけなのだ。
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