連載
#38 金曜日の永田町
6年前から続く「無視」 菅政権の〝断末魔〟が見せつけた機能不全
「一切謝罪しない、責任をとろうとされない。そこが問題なんじゃないでしょうか」
【金曜日の永田町(No.38) 2021.09.19】
菅義偉首相が正式な国会審議に応じないまま、退陣することが固まりました。野党が新型コロナウイルス対策の議論のため、憲法53条に基づいて求めていた臨時国会の召集要求も実質的に無視する形です。6年前の安全保障関連法から続く「憲法無視」の政治は何をもたらしているのか--。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
菅さんの首相就任から1年を迎えた9月16日。参院で3週間ぶりに厚生労働委員会が開かれました。
野党のトップバッターとして質問に立った立憲民主党の打越さく良さんは、新型コロナウイルスに感染した「自宅療養者」が一時期10万人を超え、医療を受けられずに自宅などで亡くなった人が8月に過去最多の250人に上った数字を取り上げました。
「大臣、これを単なる数字としてとらえていただきたくなくないです。お一人お一人がどんなにご不安な気持ちだったかと、受け止めていただきたい。保険証1枚で誰でもいつでもどこでも、医療機関にフリーアクセスできるはずの国民皆保険体制が揺らいでいると言わざるをえません。発生後すでに1年9カ月が経っているにもかかわらず、適切な医療を提供できていない。政府の責任は厳しく問われなければなりません。医療が必要なのに、自宅にいることを余儀なくされている状態に『療養』という用語をあてることは、欺瞞というほかありません。政府として、感染したのに十分な医療を受けられずに重症化あるいはお亡くなりになった国民に対し、謝罪すべきではないでしょうか」
厚生労働相の田村憲久さんは「日本は、イギリスやフランス、アメリカと比べて、感染者に対する入院者の率が非常に多い。医療者の方々が大変な頑張りのなかで、国民の命をお守りいただいている」と説明。医療関係者への感謝を口にしました。
続けて、「長期戦になっておりますので、一般医療をある程度ちゃんと動かしながら、コロナで新たに出てこられる感染者、療養者に対して、どのような医療を効率的に提供していくか。非常に大きな課題だが、国民の皆様方の健康、命を守るために、これからも各都道府県、医療界と協力をしながら対応して参りたい」と述べ、政府の責任には触れませんでした。
次に質問に立った立憲の石橋通宏さんに「8月5日(の参院厚労委員会で)、田村大臣は『中等症は原則入院』と答弁しましたが、実現されたんでしょうか」と詰められると、田村さんは次のように答えざるを得ませんでした。
「残念ながら中等症全員の方々をこれは病床で見ることができなかった。これは事実でございます」
「中等症は原則入院」は、菅さんが8月2日に打ち出した入院制限の方針に与野党から大きな批判が上がった際、田村さんが国会答弁で約束したことでした。市民の命にかかわる政府の約束が、責任もなく、安易に破られていく状況に、石橋さんは疑問を投げかけました。
「約束を、政府は、大臣は果たすことができなかったとお認めになりました。だから、打越議員も『まずはそれに対して謝罪すべきではないのか』ということを申し上げた。でも、大臣は一切謝罪しない、責任をとろうとされない。そこが問題なんじゃないでしょうか」
この日の厚労委員会では、「自宅療養者」の実態が把握できていない問題や保健所の強化策、抗体カクテル療法の拡充、子どもへの定期的なPCR検査の必要性など、喫緊のコロナ対策が議論されました。しかし、時間はわずか2時間。しかも、閉会中審査であるため、予算や法律をつくったりすることはできません。
「これだけ多くの課題が山積して、本当に救うべき命、救えたはずの命が失われている状況のなかで、国会がその役割を果たしていないのではないか。私たちは憲法53条に基づく臨時国会の開会要求をずっとしている。いまだに政府与党は憲法上の義務すら果たそうとしない」
石橋さんは苦言を呈し、委員会開催前の顚末も明らかにしました。
「なんとか『充実した審議を』ということで、きょうもワクチン担当の河野(太郎)大臣やコロナ担当の西村(康稔)大臣の出席も求めましたが、拒否されています。『厚労委員会だから(所管が)違う』と。いま有事ですよ。本当は総理が出てきてもいいぐらいの話です」
しかし、政府・与党はこの日、臨時国会の召集を「10月4日」にすると野党側に伝えました。自民党総裁選の投開票後であり、菅さんの後任の新首相を選出するための国会となります。事実上、6月9日の党首討論を最後に国会審議の場に出ていない菅さんが、野党との国会審議に応じないまま、退陣することを告げる内容でした。
6月16日の通常国会閉会から3カ月以上、正式な国会が開かれない長い「夏休み」が続いています。菅政権発足から1年間で、国会が正式に開かれていたのは194日、53%にとどまっています。一方で菅さんは、コロナ対応で私権制限をする緊急事態宣言の発出・延長を繰り返しており、東京や沖縄を中心に緊急事態宣言の日数は計221日間(9月19日時点)に上っています。国会をしっかりと開かずに、私権制限だけをずるずると繰り返しているのです。
野党や自治体などから臨時の病床確保のための法整備や新たな予算措置が求められていますが、国会が開かれている日数は、過去10年間の首相の就任1年目と比べても最も少ない状態です。
緊急事態宣言の再延長が決まった9月9日の参院議院運営委員会での国会報告では、共産党の田村智子さんが「これだけの危機に3カ月間、一度も説明しない、批判も聞かない、提案も受け付けない。最悪の強権政治だ」と批判。「自民党総裁選に真っ先に名乗りを挙げた岸田文雄さんは、持続化給付金や家賃支援給付金の支給を総裁選の公約に掲げた。こんなの野党が去年からずっと言っていることじゃないですか?ただちに政府がどうするのか検討をして、具体化して提案して、議論することが求められているんじゃないですか」と訴えました。
政府・与党は「10月4日」に臨時国会を開くことは決めましたが、実際に野党と新首相との審議を行うのかについて明らかにしていません。9月16日、与野党国会対策委員長会談で政府・与党の方針を聞いた立憲の安住淳さんは、こう記者団に嘆きました。
「一切無視している。異様なことだ」
「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」
このように臨時国会の召集義務を定めている憲法53条に基づき、野党4党が臨時国会の召集を求めたのは7月16日。すでに2カ月以上が経過しています。この規程は、国会内の少数意見を尊重する趣旨がありますが、安倍政権、菅政権が続くなか、4回連続で実質的に破られようとしています。
こうした憲法を無視した政治の原点が、自民党政権でも長年認めてこなかった集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更で認めた安全保障法制の議論でした。大半の憲法学者が「違憲」の声をあげました。
「(自身の)説明は全く正しいと思いますよ。私は総理大臣なんですから」
このように党首討論で正当性を強弁していた安倍さんは2014年7月1日の解釈改憲の閣議決定後の記者会見で、「邦人輸送中の米輸送艦の防護」と題した一枚の大きなパネルを用意し、母子が乗る米艦のイラストを指し示しました。
「例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です」
しかし、国会で法案審議が始まると、ほころびが露呈します。
中谷元防衛相(当時)は「邦人が米艦に乗っているかどうかは(集団的自衛権の行使条件の)絶対的なものではない」と説明。横畠裕介・内閣法制局長官(同)も「単に、邦人を乗せた米輸送艦が武力攻撃を受けるということで要件にあたるという風にこれまで説明しているものではない」と述べ、「邦人を乗せた船」が法の要件には直接関係しないことが明らかになりました。
そもそも、アメリカ政府は軍による自国民以外の外国人の退避への協力は一貫して否定的でした。政府も「過去の戦争時に米輸送艦によって邦人が輸送された事例があったとは承知していない」と前例がないことを認めていました。
とくに問題になったのが、集団的自衛権の行使は憲法上認められないという1972年見解の結論部分だけを180度転換したことです。政府は当初、「これまでは限定的な集団的自衛権という観念は持ち合わせていなかった」といって正当化しようとしました。
「昨年7月1日以前の国会答弁あるいは主意書における答弁書での記述等ですが、いずれも『限定的な集団的自衛権』という観念は持ち合わせていなかったわけで、全てフルスペックの集団的自衛権についてお答えしている」(2015年6月10日の衆院特別委員会での横畠内閣法制局長官の答弁)
しかし、実際には2004年に「限局して集団的自衛権の行使を認める」ような解釈変更の余地を尋ねた質問主意書に対し、小泉政権が「政府としては、行使は憲法上許されないと解してきた」とする答弁書を閣議決定していたことが、発覚しました。
15年7月28日の参院特別委員会で矛盾を問われた横畠氏は「過去にも集団的自衛権を一部認めてもいいのではないかという議論があったのは事実」と答弁修正に追い込まれました。
「不備な答弁が目立った気がする。謙虚に(批判に)もう一度耳を傾けてもらいたい」
「参院は衆院の下部組織でも、官邸の下請けでもない」
参院特別委員会の委員長だった自民党の鴻池祥肇さん(18年12月死去)が苦言を呈しましたが、「数の力」で2015年9月19日未明、採決が強行され、安保法制が成立します。
そして、安保国会を強引な答弁で乗り切った安倍政権はその後、森友・加計学園問題や「桜を見る会」などで事実に反する国会答弁を連発。官房長官の菅さんにバトンタッチして、政権を維持してきたものの、信頼を失った政治は、コロナ禍で機能不全に陥りました。
安保法制の採決強行から6年となった9月19日午後。国会正門前で開かれた市民団体主催の集会で、憲法学者の石川健治さんはこう指摘しました。
「菅政権の断末魔は、安保法制につながる一連の流れのなかで、壊れてしまった統治システムがこのように無残に機能不全に陥るものかということを目の当たりにみせてくれたと思います。いろいろ立場の違いはあると思うが、政治の大前提が壊されている」
そして、政治学者の丸山真男さんが使った"malgre moi"(マルグレ・モア)というフランス語を紹介しました。「私のような者であるにもかかわらず」という意味です。
「非政治的な人間であっても、連帯すべき時がある。こういうところに、本来『場違い』と思われる私のようなものであっても、立ち上がらないといけない時がある。そういう思いを新たにしながら、きょうを迎えました」
永田町では、菅さんに代わる自民党の「新しい顔」選びが続いていますが、「コップの中の争い」だけでは解決が難しい政治の問題を広く考えていく秋にしたいと思います。
南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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