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連載

#37 金曜日の永田町

菅さん、1年前の〝薄ら笑い〟国民への説明責任を果たさなかったツケ

総裁候補も語らない「モリカケ」というトゲ

1年前、自民党総裁選へ立候補を表明する菅義偉氏=2020年9月2日午後5時43分、国会内、恵原弘太郎撮影
1年前、自民党総裁選へ立候補を表明する菅義偉氏=2020年9月2日午後5時43分、国会内、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.37) 2021.09.12】
菅義偉首相が自民党総裁選の立候補を断念し、1年で退陣することを表明しました。党内の若手からも政治不信の払拭を求める声が上がりますが、名乗りを上げた総裁候補たちは安倍政権・菅政権の「トゲ」に触れず。菅政権の残り任期では、公務員倫理を問われた官僚の昇格案まで取りざたされています。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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退陣表明後に並んだ「正面から」の答弁

9月10日の金曜日、「正面からお答えします」と題した菅さんのインタビューが書店に並びました。

「解散は、自分の手でやってみたいとはずっと思っています。新型コロナの状況が厳しく、解散を打つタイミングはどんどん狭まっている。いろんな報道がありますが、新型コロナ対策を最優先で進め、総選挙についてもきちんと考えていきます」

月刊誌「文芸春秋」の10月号に掲載されたものです。文春オンラインによると、インタビューが行われたのは8月末日。「新型コロナ対策に専念をしたい」といって9月3日の自民党臨時役員会で「退陣」表明する直前まで、菅さんが衆院の解散権を行使して、自らの権力を維持しようという意欲があったことを裏付ける内容でした。

発売前夜の9月9日の記者会見。

「不出馬を表明する前までは、党役員人事をやった上で衆議院を解散するという見方が多く出ていたのですけれども、総理は、衆院の解散については、当時、実際どのように考えておられたのでしょうか」

そう問われた菅さんは「様々なシミュレーションを行ったということも事実です」と素直に認めました。報道で「衆院解散」が表面化し、党内の反発が高まった直後の9月1日に「最優先は新型コロナ対策だ。今のような厳しい状況では解散ができる状況ではない」と打ち消したときの記者対応とは対照的でした。

「文芸春秋」のインタビューのなかでは、菅さんは国民の支持を失った理由について、「記者会見などに対するご批判が、現実に支持率などの数字にも影響しているとの指摘もいただいています」と語り、次のような抱負を語っていました。

「正直な話をすれば、総理の立場になったので、どうしたら国民に言葉が届くのか、もう一度一からやり直さないといけないと感じています」

大型ビジョンで放映される菅義偉首相の会見。19都道府県での緊急事態宣言の延長が発表された。左は3Dで三毛猫が映し出されていた=2021年9月9日午後7時15分、新宿駅前、嶋田達也撮影
大型ビジョンで放映される菅義偉首相の会見。19都道府県での緊急事態宣言の延長が発表された。左は3Dで三毛猫が映し出されていた=2021年9月9日午後7時15分、新宿駅前、嶋田達也撮影 出典: 朝日新聞

「鉄壁」と呼ばれた虚像

結局、やり直す前に「退陣」に追い込まれたのですが、それにしても「いまさらですか…」と脱力してしまいました。菅さんの記者会見のあり方については、4年前の2017年から再三、問題点を指摘してきたからです。

2017年は、森友・加計学園問題が表面化した年です。

とくに、安倍晋三首相(当時)の友人が理事長を務める加計学園の獣医学部新設をめぐり、内閣府側が「総理のご意向」と伝えたとする文部科学省の文書を朝日新聞が報じた17年5月17日。「全く、怪文書みたいな文書じゃないか」「そんな意味不明なものについて、いちいち政府で答えるようなことじゃない」と記者会見で言い切ったのが、当時官房長官だった菅さんです。

「怪文書」という事実に反する答弁は、約1カ月間も政府全体を縛り、国会でも「確認できない」という答弁が繰り返されました。その間、菅さんは文書の存在を認めた元文科事務次官の前川喜平さんについて「地位に恋々としがみついていた」と主張。政府のスポークスマンとしての記者会見の場を、告発者に対する一方的な人格攻撃に使いました。

個人的に印象的だったのが、17年8月8日の記者会見での答弁です。加計学園の獣医学部新設を巡り、学園幹部が国家戦略特区の申請前から首相官邸で首相秘書官と面会していたという報道の事実関係を確認する質問に対し、菅さんは「ここは質問に答える場所ではないと思います」と遮断したのです。

2日後、官邸の記者会見に参加した私は、菅さんに問いただしました。

「おとといの記者会見のなかで官房長官は『質問に答える場ではない』と言っているが、記者会見の場についての認識、その真意をうかがいたいのですが」

「記者会見には、記者会のなかで決めていただくことになっておりますので。私から答弁することは控えたいと思います」

「『質問に答える場ではない』と官房長官が答弁されている。どういう認識で、記者会見について、そういう説明をしたのか」

「この場というのは、政府の見解について申し上げるところです。私、個人的なことについては、答弁を差し控えたい。それは当然のことだと思います。すべてのことについて答える場ではないということです」

「個人的なことをお伺いしているわけではなくて、まさに、『官邸で誰と会ったか』ということは政府が把握していることだし、そこについての政府の見解、事実関係の調査内容について聞いているところで、『質問に答える場ではない』と言っている。会見自体が崩壊するが、どうでしょうか?」

 「そこはまったく違うと思いますよ。どなたかにあったかということについてはいまも答弁していますから。そのような答弁じゃないですか」

菅さんは「答弁している」とはぐらかしましたが、実際には、安倍政権は国会などで「記憶にない」と繰り返していました。秘書官と学園側の事前面会を認めたのは9カ月後。愛媛県職員が作成した文書の存在で隠しきれなくなり、国会審議を空転した18年5月になってからです。

そうした菅さんの説明責任に背を向けた記者会見のあり方については、前回の衆院選前に2017年9月24日付の朝日新聞朝刊で問題点を指摘。

【関連リンク】「安倍政権、説明責任果たしたか菅長官の会見から探る」

「答えたくない質問には答えなくていい」と著作に書いている米国のパウエル元国務長官を手本にしていると公言している菅さんに向けて、パウエルさんの本にはそれに続けて「ウソやごまかしはいけない」と記されていることも指摘しました。

しかし、その後も菅さんの記者会見では、追及する記者への質問制限や妨害がエスカレート。そして、一部メディアが追及する記者の側をバッシングし、一方で「鉄壁のガースー」「令和おじさん」「パンケーキおじさん」などと菅さんをもてはやすなかで、菅さんは首相への階段をかけあがっていきました。

1年前の9月2日。菅さんが自民党総裁選への立候補表明をした記者会見でのことです。

「不都合な質問が続くと質問妨害、制限が続いた。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはありますか」

菅さんの記者会見で官邸側から執拗な質問妨害を受けてきた東京新聞の望月衣塑子記者が尋ねたとき、菅さんは薄ら笑いを浮かべながらこう返答しました。

「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」

質問妨害への反省もなく、首相になっても姿勢を改めないことを宣言するような回答でした。残念なことに、一部の記者から同調する笑い声が上がりました。こうした帰結が、国民への説明に背を向け、コロナ禍で行き詰まる宰相の誕生でした。

 
記者会見で自民党総裁選への立候補を表明した菅義偉官房長官に質問をする東京新聞の望月衣塑子記者(中央)=2020年9月2日午後5時42分、国会内、加藤諒撮影
記者会見で自民党総裁選への立候補を表明した菅義偉官房長官に質問をする東京新聞の望月衣塑子記者(中央)=2020年9月2日午後5時42分、国会内、加藤諒撮影 出典: 朝日新聞

沈黙する総裁選候補

森友・加計学園の問題発覚後、自民党の首相経験者として、こうした政権のあり方に警鐘を鳴らしていたのが、福田康夫さんです。

在任中に公文書管理法の制定を推進した福田さんは18年6月の朝日新聞のインタビューで、「正しい情報なくして正しい民主主義は行われない」と指摘。次のように安倍政権の対応を批判していました。

「国会では政府が事実を小出しにし、また新たな事実が発覚する、ということが繰り返されている。これではいつまで経っても終わりませんよ。いつまでも果てない議論の責任は追及する野党の側にあるのではありません。原因をつくった政府が責任を持って解決することを目指さなければならない。財務省の改ざんのような『事件』が起きたら、まず担当大臣が『責任を感じます。徹底的に解明します』と言わなければならなかった。自分のことじゃないような顔をしていたのは残念」

福田政権で首相秘書官を務めた福田達夫さんが自民党の当選3回以下の衆院議員でつくった「党風一新の会」の緊急提言(9月10日)にも「安定政権が続く中で強引ともとられる政権運営や、国民意識と乖離した言動や行動も散見されるなど、『自民党はかつての反省を忘れて再び驕りが生じているのでは』との批判も聞かれるに至った。とりわけ、わが党の意思決定過程の透明性に対する不信感が指摘される」という問題意識がつづられています。

ただ、菅さんの後任を選ぶ自民党総裁選の候補者たちは、まるで安倍さんたちの顔色をうかがうかのように、問題を直視していません。

いち早く名乗りをあげた岸田文雄・前政調会長は、9月2日のTBSのBS番組で森友学園問題の再調査をする必要性を問われたときには、「国民が判断する話だ。国民が足りないと言っているので、さらなる説明をしなければならない課題だ。国民が納得するまで説明を続ける」と答えていました。ところが、4日後のインターネット番組では「再調査をするとか、そういうことを申し上げているものではない」「行政、司法の対応が確定したならば、求められれば説明する。それ以上でもなければ、それ以下でもない」と発言を後退させました。

高市早苗元総務相は9月8日の記者会見で、「すでに行政機関で調査された上、いまお答えをしにくいのは、民事の裁判になっているときいていますので、裁判中の案件についてはお答えは差し控えさせていただきますが、再発防止にはしっかりと取り組んでまいります」と述べるにとどめました。

また、9月10日に立候補表明した河野太郎行政改革相も「すでに検察その他がいろいろ動いている。必要ないと思う」と再調査を否定しました。

「いつまでモリカケ・桜といっているんだ」とよく言われます。しかし、政府の公正さに疑念を持たれた安倍・菅政権の「トゲ」に背を向けていることは、政権の説明に対する信頼感を損ない続けています。とくに、コロナ対応で私権制限という市民に痛みを伴う協力をお願いしないといけない状況において、この不信を放置することは、市民にとっても、政権にとっても、不幸です。

記者の質問に答える福田康夫元首相=2021年6月15日、東京都港区、角野貴之撮影
記者の質問に答える福田康夫元首相=2021年6月15日、東京都港区、角野貴之撮影 出典: 朝日新聞

加計案件の昇格案

菅さんが退陣に関する記者会見をした翌日の9月10日から11日にかけて、複数の報道機関が「藤原誠事務次官が退任し、後任に義本博司総合教育政策局長を充てる人事を固めた。9月中にも発令する」という文部科学省の幹部人事のニュースを流しました。

藤原氏は2017年5月、加計問題で前川喜平さんが「総理のご意向」文書の存在を公に認める直前、「和泉さんから話を聞きたいと言われたら、対応される意向はありますか?」という趣旨のショートメールを前川さんに送っていた官僚です。

「和泉さん」とは、菅さんの側近である和泉洋人首相補佐官。同じ頃に、ある報道機関から「出会い系バー通い」に関する詳細な質問状が前川さんに送られてきたため、前川さんは「藤原くんは加計問題の告発を潰そうとする官邸のメッセンジャーとして連絡をしてきたのだろう」と受け止めたと話していました。

藤原氏は17年に発覚した文科省の天下り斡旋問題に関連して減給処分を受け、人事院の規則で昇任も凍結。18年3月には定年を迎えることになっていましたが、定年延長されて官房長に留任。人事院のペナルティーが解ける18年10月に事務次官に昇任しました。

前川さんは「2階級特進のような形」と評しましたが、20年3月に62歳で事務次官としての定年を迎えた後も、延長されて事務次官を続けてきました。

その後任として報じられた義本氏も加計問題で「総理のご意向」文書が報じられたときに、「怪文書」と断じた菅さんに平仄を合わせるように、調査範囲を限定的にし、「存在は確認できなかった」とする調査結果をまとめた一人です。

記者へのブリーフで「共有フォルダーだけでは不十分ではないか」「個々の職員のパソコンに入っている可能性はないのか」と問われても、「可能性はあるかもしれない」と述べる一方で、「担当者への聞き取り、共有フォルダーの確認で、足りている」「正直に誠実に対応してもらった」などと繰り返し、政権の事実に反する説明を支えました。

他の政権幹部の関与が記された文書が発見された際も、義本氏は「半年以上も前の話で、双方記憶があいまいであり、これ以上調査しても具体的なことは確認できない」とし、詳細な調査はしない考えを示していました。

さらに、18年9月には、文科省元幹部2人が逮捕・起訴された汚職事件をめぐり、贈賄側の業者から受けた高額接待が「国家公務員倫理規程違反」と認定されて減給処分を受け、その後、文科省所管の独立行政法人に出向していました。

なぜ、官僚としての倫理に疑問符がついた人物を、官僚トップの事務次官に据えなければならないのでしょうか。安倍政権・菅政権が終わろうとするいまも、モリカケの呪縛がこの国の統治機構をむしばんでいるのではないでしょうか。

「準決勝」である総裁選で、自民党は政治不信の根を絶つことができるのか。うやむやにしたまま、「決勝」である衆院選で国民の審判を仰ぐのか。

そのことが問われていると思います。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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