今や下火になった「オンライン飲み」。このように、新型コロナウイルス感染拡大の中でさまざまな「ニューノーマル」が生まれては消えていきました。在宅勤務でさえなかなか定着しない日本で、withコロナ、ひいてはafterコロナまで浸透しそうな「ほんとうのニューノーマル」とは、どのようなものなのでしょう。スーパーでの買い物で起きている“ある変化”から考えます。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
流通大手のイオンリテールでは“非接触・非対面”の会計システム「レジゴー」を本格展開。「レジ待ち時間なし」を訴求し着実に利用者を増やしています。
スーパーの入口にあるかごやカート。買い物客はそれらを利用する流れで、もう一つ、貸出用のスマホを手に取るか、自分のスマホでアプリを立ち上げます。
買い物中は、商品をかごに入れる際に、スマホアプリでバーコードをスキャン、個数を入力していきます。買い物後は精算機にQRコードを読み込ませ、買い物を済ませます。最後に支払い完了画面をゲートにかざして、レンタルの場合はスマホを返却するだけ。レジで人と接することはありません。
これは流通大手のイオンリテールの買い物システム「レジゴー」を導入する店舗で見られる「ニューノーマル」の姿です。レジゴーは2020年2月までに千葉の2店舗で試験導入され、3月に神奈川と愛知の2店舗を追加して本格導入されました。
もともとは貸出用のスマホのみで展開されていましたが、21年4月に「どこでもレジ レジゴー」iOS版アプリ、5月にAndoroid版アプリの提供を開始。現在、全国67店舗(イオン東北、同九州、ダイエーの計9店舗を含む)に導入されています。
人との接触を避ける「ニューノーマル」を体現したかのような「レジゴー」では、精算機の非接触化(タッチパネルではなく、指を近づけると反応)も行われ、同社プレスリリースでも非接触・非対面の会計スタイルとして提案されています。
試験導入の段階から利用が進み、 6月に開業したイオンスタイル有明ガーデンでの利用率は30%に。同社によれば、導入店舗が大幅に増えた21年8月時点でも、利用率は全国平均で2割に達しており、高い店舗では3割を超えているということです。
実際に普及しつつあるレジゴーは、ニューノーマルの成功例とも言えそうです。しかし、実は、レジゴーはコロナ前から準備が進んでいたサービスでした。
レジゴーを担当するイオンリテールシステム企画本部長・山本実さんに話を聞きます。
レジゴーの前身となるサービスの実験は2018年に開始されました。システム開発の理由は、ECの利用が増加する中で「リアル店舗でのお客様の買い物体験を向上させたい」という思いだったそうです。
イオンリテールとしてもECには注力していますが、「自分で商品を見たり触ったりしながら買い物したい」「献立は実際の食材を見て決めたい」というニーズは根強いものでした。
そんな中、課題として挙がったのが「レジ待ち」のストレス。買い物を早くストレスなく済ませたいという顧客ニーズに応えるために、開発が始まっていたのです。
「もともと弊社は2003年に日本初のセルフレジを導入した企業で、新しい取り組みには積極的です。スマホレンタル型の会計システムはヨーロッパなどで15年ごろから盛んで、アメリカでも大手が無人レジの導入を積極的に進めてきた経緯があり、日本はこのような取り組みでは立ち遅れていました」
レジゴー導入にはどんな効果があるのでしょうか。同社によると、買い忘れの防止などにより、買上点数は約2割増加、客単価は約15%増加しているとのこと。また、セルフレジの設置に比べ、コストが7割以下と費用対効果も高いといいます。
「レジ打ち」を買い物客に委ねることになるため、万引きなどが発生しないか気になるところ。しかし、「レジゴーに限った話ではなく、セルフレジというものはお客様がスキャンするので、その分のリスクは認識しているが、現在のところ、レジゴー導入店舗でのロスは通常店舗に比べ増えていない」そうです。
また、「逆に『スキャン忘れをしていないか』と気にされるお客様も多くいらっしゃる」「今後、安全カメラによる分析の活用も進め、より安心して使っていただけるようにしていく」とのことでした。
このように、コロナ禍以前に計画され、それだけのメリットもあるレジゴー。コロナ禍以後、いわばニューノーマルのために提案されたものとは、一線を画すのも当然と言えるかもしれません。
「結果的に追い風にはなりましたが、私たちはコロナを意識してサービスを開発・提供してはいません。“ニューノーマル”は押しつけすぎると、ただでさえ大変な世の中で、新たなストレスになってしまう。あくまでも、お客様に買い物を楽しんでもらうにはどうしたらいいか、を考えた結果なんです」
実際、慣れるまでは買い物かごに商品を入れるたびに、商品のバーコードをスキャンするのは面倒でもあるでしょう。それにもかかわらず、利用が広がっている背景には「買い物という行為自体の楽しさがあるのではないか」と山本さんは見ています。
「今、何が必要で、それをどれくらい買うのか。その結果、いくらになったか。レジゴーでは買い物中に、買い物かごに入っている商品とその値段が、リストになって表示される。それは純粋に買い物の楽しみをサポートしているとも言えます。
レジゴーを利用する際、私たちは現時点では、ポイントなどのインセンティブをつけていません。それでも利用者が増えている理由は、その方が買い物がより楽しくなるからなのだと思います」
ただし、レジゴーにも課題は残ります。記者が実際に利用して感じたのは、“レジに並ばない”“レジ待ち時間なし”をうたうものの、例えば夕食の準備で買い物客が多い時間帯には、精算機のキャパシティを超え、精算機に列ができることです。
たしかに従来の「レジ」という場所は介在しませんが、結局これでは「早く、ストレスなく」買い物を済ませることができるとは言えません。
このことについて、山本さんは「キャッシュレス会計の浸透がカギ」と説明します。現金で会計する人が多いと、精算機前でやはり時間がかかってしまうからです。
「レジゴーはキャッシュレス会計の方が7割。残り3割の方にも、現金以外の会計のメリットを訴求していきます。また、自分のスマホにアプリを導入してくださっている方には、そのままスマホ決済をしていただくことでも、精算機の待機列を解消していけると考えています」
近年、話題となった「Amazon Go」などでは、買い物客の行動をカメラやセンサーで分析し、商品のバーコードのスキャンすら不要にするシステムを成立させています。
これらに比べると、イオンリテールの「レジゴー」では精算機を設置、さらにセルフレジや有人レジを併設し、大規模店にはその広さに応じた人数の店内スタッフが常駐しています。
「店舗の規模の差もありますが、弊社はそもそも、人との関わりをなくしたいわけではありません。現在はコロナ禍で接触削減が必要ですが、お客様が実際に買い物をする場面を考えたときに、そこに人が介在しないというのは、私たちの考える理想の買い物体験ではありません」
「そこにコミュニティが形成されるような場所が、リアルで買い物をする楽しみを向上させる」と山本さん。非対面・非接触はあくまで、コロナ禍でのアピールポイントであるようです。
現在は一部、レジの“滞留”があるものの、国内最大級の流通グループであるイオンの「レジゴー」は今後、スーパーのレジのスタンダードになる可能性を秘めています。
コロナとは関係ないところで、もともとあった買い物の「楽しさ」を増やすようなサービスだったからこそ、普及の足がかりをつかんだとも言える「レジゴー」。
逆に言えば、ただ感染対策に通じるだけで、実際に便利でないサービスがコロナ禍をきっかけに宣伝されても、普及するべくもありません。
着実に利用者を増やしている「レジゴー」からは、「ニューノーマル」のリアルが見えてきます。