連載
「最高」を「最幸」と書く心理とは?行政も用いる〝お仕着せの感動〟
「やってる感」を演出する言葉の呪力

「最高です」ではなく、「最幸です」と書いた文章を、目にするときがありませんか? 「幸せであること」を、本来の字面を変えてまで、ことさら強調する――。その態度は、ビジネスの現場から、行政が掲げる施政方針に至るまで、あらゆるシーンに浸透しています。背景に、どのような事情があるのか。調べてみると、すぐには解決困難な課題と向き合うための突破口として、言葉の力を利用したいという、使い手側の心理が見えてきました。(withnews編集部・神戸郁人)
「mixi」で見かけた未知の表記
今から10年ほど前のことです。当時流行していたSNS「mixi」に、日々の出来事をつづる「日記」というブログ機能がありました。ある日、知人が投稿した文章に、「最幸」の二文字が含まれていたのです。
「今日は最幸の一日だった」「最幸の出会いに感謝」。おおよそ、そのような内容だったと記憶しています。仲間内での会食などについて報告する日記に、幸福ぶりを誇示するように、「最高」ではなく「最幸」を多用していたのが印象的でした。
未知の表記を目にした時、かすかな違和感とともに、心に様々な疑問が浮かびました。わざわざ、字句を書き換えるのは何故なのだろう。「最高」ではいけないのだろうか――。
この頃、「最幸」は、ごく一部でしか流通していない言葉だと思っていました。しかし注意深く観察してみると、スポーツ選手のコメントを始めとして、津々浦々で語られていることに気付いたのです。
こうした当て字を含む語句を「啓発ことば」と名付け、その起源を探求してきた筆者。社会の中でどう受け入れられてきたのか、がぜん知りたいという欲求が湧いてきます。そこで、メディア上での取り扱いについて、調べてみることにしました。

学生がスローガンに多用する理由
目立ったのが、学校行事などのスローガンへの活用です。合唱祭で「最響そして最幸」を掲げた岐阜県の中学校や(2004年2月14日付け 岐阜新聞)、部の方針を「日本一最幸な野球部」とした長野県の高校の野球部(2015年7月8日付け 信濃毎日新聞)などがあります。
全国高校ラグビーの地区予選の戦績を伝える、スポーツ報知の記事では、以下の使用例が確認できました。頂点を決める「花園」常連校・東海大仰星高にまつわる内容です。
昨年度は春の選抜、夏の7人制と合わせて全国高校3冠を達成した。当時のレギュラーが3人残り、昨年度と比較して指揮官は「去年は頭のキレがずばぬけていた。今年は明るくて勢いがある」と評する。チームスローガンは昨年度の「一勝懸命」から「一笑懸命」に変更。山田が「笑顔が絶えない」と言うように「“最幸”の笑顔の輪を広げる」をテーマにしている。
――2016年11月14日付け スポーツ報知
2016年10月7日付けの新潟日報が掲載した、女子中学生の投書も印象に残りました。部活中のけがが原因で車いす生活となったものの、友人の計らいで、楽しみにしていた体育祭のダンスパフォーマンスに出場できた、との内容です。そして「『最悪の体育祭』から『最幸の体育祭』になった」と結んでいます。
スポーツなどの競技団体において、苦境を覆す力を得るため、ポジティブな言葉を積極的に口にする習慣はよくみられます。また新潟の女子中学生のように、自らが良縁や幸運に恵まれたことに、並々ならぬ感慨を抱く人々は少なくありません。
感情の昂(たか)ぶりを表現する上で、「最高」よりも強い意味を持つ「最幸」を選びたい、という願望は理解できるものです。上記の事例は、そうした使用者の思いを、端的に示しているように感じます。

ビジネスで利用される前向きさ
スポーツの試合前、監督が選手を激励する際の短い声掛け「ペップトーク」をモチーフに、LINEスタンプを作成したとの内容です。ユーザーが前向きになれるよう、「最幸(最高)です!」「顔晴れ(頑張れ)☆」など、16種類のフレーズを用いたといいます。
働き方改革とのつながりについて、同会議所の関係者は、こう語りました。
(前略)長時間労働の解消など即座に実現できないことが多い点を指摘した上で、「人、お金、設備は用意できなくても、言葉の力による改革にはすぐに取り組める」と説く。
相手を否定してやる気をそぐのではなく、励まし積極的にさせる言葉掛けによって、仕事がしやすい環境をつくり、生産性の向上にもつなげられるという。
――2018年11月16日付け 中日新聞朝刊(豊田版)
そして話者の態度の変化が、周囲の人々の心を動かし、組織の雰囲気が一変すると説きます。豊田青年会議所のLINEスタンプは、こうした性質を職場環境の改善に応用した一例と考えられるでしょう。そのこと自体は、歓迎すべきものです。
ただ、この取り組みは、外部からの働き掛けによって、他者の心情を変化させる行為とも言えます。働きやすさの追求ではなく、経営者にとって管理しやすい労働者をつくる、という観点で行われてしまう可能性は否定できません。
また会議所の関係者も認めるように、労働問題の解消には時間がかかります。ペップトークは、その準備期間を設けるための、急場しのぎの対応策です。
「最幸」といった言葉が、単に「やってる感」を出すだけで、課題解決を先延ばしする方便とならないよう、警戒する必要があるでしょう。

企業や自治体が「最幸」を使う危険性
「ともにつくる 最幸のまち かわさき」を施政方針に掲げる川崎市も、その一つ。福田紀彦市長が2013年の初当選時以降、「個人の幸せが最大限発揮できる」という意味合いで、「最幸」を採用し続けています。
川崎市は待機児童対応を含め、生活の質の向上につながる施策を展開してきました。一方、市内に住む外国人へのヘイトスピーチ対策などを巡り、その判断が必ずしも市民本位ではないと指摘し、施政方針との整合性を問う声も上がっています。
にもかかわらず、企業や自治体など、強い影響力を持つ集団が、率先して「最幸」を使う。そのことにより、使用者が想定しない幸福の尺度を持つ人々が、疎外される恐れはないでしょうか。
「最幸」が一方的に持ち出されれば、言葉の宛先となる人々は、用いる側だけが満足する〝お仕着せの感動〟の犠牲となりかねません。その危うさを自覚した上で、誰もが幸せを実感できる社会を実現させていくべきだと思います。
最幸【さいこう】
〈いちばんすばらしいようす、という意味の「最高」を書き換えた造語。心が満たされ、幸せな気持ちであること強調している〉
・「-の体育祭になった」
・「-の笑顔の輪を広げる」
【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら。