IT・科学
オフィスフロアの一角から始まった日本のGoogle 生き字引が語る20年
世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする――。こうした使命を掲げ、1998年にLarry PageとSergey Brinがアメリカで創業したGoogle。初の海外進出となった日本法人が設立されてから、9月1日で20年になります。今では日本でも約2000人の従業員を抱える大企業ですが、渋谷のオフィスフロアの一角からその歩みは始まりました。初期からの歴史を知る一人がファシリティマネージャーの小宮山美樹さんです。六本木・渋谷のオフィス開設などに関わり、従業員の働く場所に向き合い続けてきた小宮山さんが、日本法人の20年を振り返りました。
2001年9月に誕生した日本法人が拠点にしたのは、渋谷・セルリアンタワーのオフィスフロアの一角でした。外資系企業を経て翌年に「十数番目の社員」として入社した小宮山さんは、「受付もなく、社外にGoogleと言っても通じないところからスタートしました」と立ち上げ期を回想します。
「Googleのロゴを外に貼り出したかったのですが、廊下も共用スペースなので、壁に掲示ができない。壁がすりガラスだったので、内側から貼り出しました。これが初めてのPRだったかもしれません」
「覚えているのが、第一号だった社員が持ってきたCDラジカセです。まだ人数も少なく、『無音が寂しかったので買った』と言っていたのが印象に残っています。当時の職場の写真には、壁にGoogleのロゴが入ったTシャツが貼られているのですが、これも社内の雰囲気を楽しくするためにデコレーションされたものでした」
人手が限られるなか、「できる人が何でもやる」と人事や秘書の仕事など総務全般を一時は担当していた小宮山さん。人員が増えるにつれ、オフィスの拡張は毎年のように行われるようになり、職場環境の最適化などを考える「ファシリティマネジメント」の領域にシフトしていきます。
「セルリアンタワー内での移転ですが、フロアを五つ借りた独自のオフィスを2003年に構えました。初めてできた受付は黄色を基調とし、壁にはプロジェクターを使って検索クエリを表示させていましたね」
「オフィスには日本独自のデザインとして、畳の会議室もつくりました。他には仕事の合間にリフレッシュしてもらおうと、ビリヤード台やマッサージ機などを導入したのもこの頃です」
このオフィスには2004年にLarryとSergeyも来日して訪れました。小宮山さんたちは2人をもてなそうと、彼らが当時夢中になっていた「電車でGO!」のアーケードゲーム機を用意します。
「社員がネットオークションで探してくれて、2人も喜んでくれました。あまりに気に入って『アメリカに持って帰りたい』という話になったので、輸送を検討しましたが、機体の何倍も高くついたので取りやめに。今でも稼働する状態で社内にあります」
検索サービスから始まったGoogleは2005年以降、GoogleマップやYouTubeといった代表的なサービスを増やしていきます。時を同じくして、日本法人のオフィスでは、従業員の食事に力を入れていきました。
「まずは2005年に、大会議室でランチのケータリングを始めました。2007年にはカフェテリアを設けて、食事をする場所を少しずつ整えていきましたね」
「食事については、LarryとSergeyの考えが大きいです。2人がガレージを仕事場にして、Googleを生み出したのは有名な話ですが、仲間と一緒に食事をしてそこでの雑談などから色々なアイデアが生まれました。単なる福利厚生ではなく、食を通じて人が集まり、コラボレーションにつながるというのは今も息づいています」
2010年に六本木ヒルズに移転した際は、七つあるフロアの一角に社内キッチンを初めて設置。「できたての料理を美味しく食べる姿を見るのはうれしかったですね」と感慨深げに語ります。19年には渋谷ストリームにもオフィスが新たにできましたが、そこでもカフェテリアの重要性は変わっていません。
渋谷ストリームの新オフィスは、24.5フロアまでエリアが広がりました。「新しいスペースがオープンすると、みんなが目を輝かせながらオフィスを体験してくれるんです」と社員の反応がプロジェクトを進める上での励みになっていると、小宮山さんは語ります。
職場環境の改善にあたっては、Googleが大切にしているDiversity・Equity・Inclusionの考えを反映させ、社員の意見も積極的に取り入れていると言います。六本木オフィスの時代からあった礼拝のスペースは、新オフィスの開始に合わせて専用の部屋が設けられました。新オフィスの仮眠室はカプセルホテルをイメージしたデザインになっていますが、これも社員から寄せられたアイデアで実現しました。
「Googleには多様な人たちが集っていますが、フラットな組織です。社内で意見を募るシステムも、役職関係なく投稿することができます。色々な社員の声を聞きながら、できる限り要望には応えられるようしてきました」
小宮山さんはいま、ファシリティマネージャーとして数十人いるチームを統括する立場でもあります。小宮山さんをよく知る同僚は「会社の歴史もいまの組織も熟知している頼もしい存在」と評します。「事業が成長し人員が増えるなどすると、小宮山さんのファシリティチームとスペースの拡大や利活用について相談することになる。こうした個別の対応や、本国を中心としたグローバルの方針を踏まえた長期的な戦略も考えており、私たちの働く環境づくりの要となっています」
「会社の成長とともにオフィスの拡張・移転があり、その度に自分自身も得るものが多かった」と入社からのキャリアを顧みた小宮山さん。しかし新型コロナウイルスの感染拡大は、仕事の根幹を揺るがすものでした。Google日本法人は8月末時点で出社の必要がある従業員以外は在宅勤務を徹底。出社が認められているのは、基本的にはセキュリティーやファシリティなどに関わる一部の人たちに限られています。
「新しいオフィスは稼働したばかりでしたが、コロナ前に描いていたイメージは変えざるを得ませんでした」と小宮山さん。現在は、感染が収束して出社が可能になったときに安心して働けるよう、作業スペースや会議室などオフィス内での感染防止の仕組みづくりを進めています。
「十分な感染対策をした上ですが、社員同士がコラボレーションできるスペースも引き続き必要だと思います。感染状況に応じて柔軟に対応しながら、従業員にとって最適なオフィス環境を追求していきたいです」
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