連載
#14 Key Issue
オンラインツアー、リアルの代わりになる?〝旅の魅力〟考える機会に
真っ先に取り組んだ琴平バスの取り組みも聞きました
コロナ禍で「旅行」の形も変化し、生き残りをはかろうと多くのオンラインツアーが開催されるようになりました。真っ先に取り組んだとされるのが、バスツアーを運営する琴平バス(本社・香川県琴平町)です。再び旅に行けるようになったとき、オンラインツアーはどうなっていくのでしょうか。リアルな旅が大好きな筆者が考えます。
インバウンド需要の高まりで活気づいていた旅行業・観光業に、コロナ禍の打撃はすさまじいものでした。訪日外国人の数は右肩上がりで増えていましたが、コロナの流行とともに減少し、2020年4月には前年同月比99.9%減という衝撃的な数字となりました。
しかし「オンラインツアー」で別の旅の形を模索する企業も登場します。先陣を切ってオンラインツアーを企画し始めたのが琴平バスです。
コロナ前は訪日客を大勢受け入れていたという琴平バス。年107日にわたり運行していた瀬戸内国際芸術祭のツアーでは、15%が訪日客だったといいます。
琴平バスのプランナー・山本紗希さんは「観光客のほとんどが訪日外国人といった地域もありました。たんなる田舎の風景に見えるかもしれませんが、海外の方が先にその地域の〝良さ〟を理解してくれ、日本人の人気が後からついてくることもありました」と振り返ります。
しかし、コロナ禍で訪日客はゼロになり、国内向けのバスツアーもほとんどがキャンセルとなってしまいました。そこで、他社に先駆けて2020年5月15日からオンラインツアーを開始。これまで50種ほどのツアーを催行し、2021年8月で参加者は累計2500人を超えました。
参加者は都市部からの40~50代が多く、アクセスの問題などで普段は行きづらい場所が人気だといいます。これまで継続して催行されているのは、四国の中央に位置し、なかなかアクセスしづらい徳島の祖谷渓のツアーだそうです。
参加者は自宅からZoomに接続して「旅」に出ます。日帰りツアーを模した90分間のオンラインバスツアーは、バスの車窓から眺める風景を楽しんだり、目的地では現地ガイドとのライブ中継をつないだりします。
オンラインツアーで大切なのは、参加者を飽きさせない工夫だといいます。琴平バスでは事前に入念なシナリオを制作し、地元の現地ガイドと詳細を詰めていくそうです。
山本さんは「実際に訪れている時は、皆さん自然とご自身で視点を変えています。でもオンラインでは難しい。だから1カ所でのガイドは短くして、意識して〝絵替わり〟するような構成を心がけています」と話します。
ほかにも、クイズをはさんだりチャットに感想を入力してもらったり……スタッフしか見られない裏側を回ってもらうといったコンテンツの「仕掛け」を重ねています。
また、「リアルな旅につなげてほしい」という思いから、参加者を15~20人と少人数に絞っているそうです。山本さんは「『景色を見る』なら圧倒的にテレビやYouTubeがきれいです。現地の人とつながり、『その人を訪ねたい』と思ってもらうことを意識しています」と話します。
現地ガイドには、参加者の名前を呼んで話しかけるようアドバイス。ツアー後は交流会の時間を設けて現地ガイドと参加者がじっくり語り合います。オンラインツアー後、ガイドに会いにいこうとリアルで訪ねてくれた参加者もいるそうです。
また、海外への発信も続けています。2020年10月からはアメリカの旅行会社と連携し、英語でのオンラインバスツアーを開催。香川県からの委託で、瀬戸内の島を英語で案内するオンラインツアーも開催しました。
2021年版の観光庁の「観光白書」にも、オンラインツアーは「地域の訪問意欲向上に加え、地域物産品の販売促進にも貢献している」と言及されています。
オンラインツアーに参加したことで、「リアルでも行ってみたい」と旅の意欲が増えたことも考えられます。
琴平バスのオンラインツアーでも、「落ち着いたら行ってみたい」「下見で参加した」といった動機の参加者が多いといいます。
「次に旅行したい国・地域」を尋ねると、アジアでは1回目の調査に引き続き2回目でも「日本」が首位を維持。67%が日本に旅したいと答えています。欧米豪では、2位からトップとなり、36%が日本と答えたといいます。
行き先として選ばれている理由を日本の競合国・地域と比較すると、「清潔さ」や「治安の良さ」が高く評価されているといいます。また、すべてのエリアの人にとって「食事」も魅力的にうつっているようです。
コロナ後は、観光地に求められることも変わってくるかもしれません。しかし、コロナと旅行に関する調査から浮かび上がるのは、実際に移動を伴う旅をしたいという思いを再確認したり、より強く思うようになったりした人びとの姿です。
年に1~2回、近代以降の人類の悲劇の地を訪れて考える「ダークツーリズム」を楽しみに日々働いていた筆者にとって、「旅」が不要不急とされ、後ろ指をさされる状況は非常に心苦しいものでした。現地を訪れ、自分の目と耳で見て聞いて、「偶然」の出会いに驚き、喜び、日常へと戻りその体験をいかしていく……。そんなことができずに閉塞感を抱えていました。
しかし筆者も、地域の特産品が届いて現地の人に話を聞くオンラインツアーや、ウイスキー工場をバーチャルツアーでめぐるオンラインツアーに参加し、オンラインならではの「旅」も楽しみました。
自宅から手軽に参加できたり、リアルな旅だったら目的地に選ばなかったかもしれない場所の人にチャットなどを通じて質問したり……オンラインツアーならではのメリットも感じました。ハンディキャップのある人や、なかなか自由に時間が使えない人にとっても選択肢が増えたと感じます。
しかしそれが100%、リアルと置き換わるかといえば、やはり疑問です。
事業面からも難しさが残ります。琴平バスは現在、蔓延(まんえん)防止等重点措置の影響で、リアルのバスツアーはほとんどキャンセルとなったといいます。ツアー事業部門はほとんどがオンラインに切り替わっていますが、山本さんは「収益をすべて肩代わりするのは難しい」と指摘します。
リアルのツアーは平均12800円で、1台のバスで参加者40人ほど。一方のオンラインは5000円前後で15~20人です。オンラインツアーの方が催行時間は短いとはいえ、やはりすべてを置き換えるのは厳しいと言わざるをえません。
オンラインでは味わいきれない、リアルの旅ならではの魅力もやはり影響しているでしょう。
筆者が2年前に訪れた北アイルランド・ベルファスト。偶然乗ったウーバーの運転手さんは「ピースウォール(ピースライン)」という壁のそばの住民でした。カトリック系住民とプロテスタント系住民のエリアを隔てる「壁」の周辺を案内してくれましたが、言葉の端々から壁の向こうに住む〝隣人〟への複雑な思いが垣間見えました。
プログラムされたものとは違って、その場所を、その日時に、リアルに訪れたことで生まれる「偶然の出会い」は旅に欠かせない醍醐味です。
アウシュビッツ・ビルケナウ博物館で見たユダヤ人の遺髪の衝撃は今でもありありと覚えていますし、沖縄・南風原にある「陸軍病院壕」で当時の壕の中のにおいを再現した瓶を嗅いだときには言葉が出ませんでした。
現地の人と肩を並べて露店の麺をかき込んだり、スーパーで初めて見たものを買って食べてみたり……。五感で体験することで、身体に刻み込まれるような記憶に残る旅になる。身体を使って現地へ「足を運ぶ」ことで起こる化学反応のようなものがあると感じています。
それでもオンラインツアーは、旅の魅力を広げる大事なツールとして残っていくでしょう。
琴平バスの山本さんは「リアルとオンラインのハイブリッドツアーができたらいいなと考えています」と話します。
たとえば瀬戸内国際芸術祭では、島のことを知ってほしい現地の人との思いとは裏腹に、「現代アート」を巡ることだけがフォーカスされてしまう一面もあります。
「事前にオンラインで学んでから島を訪れれば、地域のことをさらに知ってもらえます。問題になっているオーバーツーリズムも、『この時期ならこの島がすいている』といった事前の情報があれば、少しは解消できるのではないかと思います」
また「新しい働き方」が生まれる可能性も指摘します。
子育てなどで、バスツアーの添乗員として終日働けなくなった人が、オンラインの添乗員として活躍するものです。「オンラインツアーが当たり前になれば、会社としても良い人材を手放さずにすむメリットがあります」
山本さんは「やっぱり旅行はリアルが一番楽しい。けれど、オンラインもうまく使ってもらえたらいいと思います。参加者の中には『こんな遠いところにはもう行けないと思っていました。新しいライフワークになりました』とおっしゃってくださった方もいます」と話します。
旅の楽しみ方の選択肢が、さらに広がった――。苦しいコロナ禍ですが、そんな風にとらえつつ、気兼ねなく「偶然の出会い」に心を躍らせる日々が早く戻ってきてほしいと願っています。
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