話題
小児性犯罪の元加害者が語った〝認知の歪み〟「妄想の中で支配下に」
専門家の警鐘「誰でも加害者に」
成人による幼い子どもへの性暴行や殺害など、目を覆いたくなるような事件が後を断たない。子どもに性加害行為を繰り返す人は「小児性犯罪者」と呼ばれるが、その背景には「小児性愛障害(ペドフィリア)」という精神疾患がある者もいる。専門家が「誰でも被害者、加害者になりうる可能性がある」という「小児性愛障害」の問題。性交同意年齢を引き上げの議論では、国会議員の不適切発言が問題視された。子どもへの性被害をなくすことはできるのか。5月に行ったオンラインサロン「大人の社会科見学」のイベントで、実際に罪を犯してしまった男性と、専門治療に長年携わる専門家に話を聞いた。(取材/文・たかまつなな)
小児性愛障害とは、ペドフィリアと呼ばれ、通常13歳以下の子どもに対し、性的関心を持つことだ。小児性愛障害には診断基準があり、国際的な診断ガイドラインDSM-5によると以下の3つがある。
アメリカの有名なジョナサン・エイブルの性犯罪の研究によると、「未治療の性犯罪者は、生涯に平均して380人の被害者に対し、延べ581回の加害行為をしている」という試算もある。
今回話を聞いたのは、小児性愛障害の当事者で、これまで約10人の子どもたちに性加害行為を行った過去をもつ加藤孝さんだ。
加藤さんの行為がスタートしたのは中学・高校時代。海水浴にいた小学生の男子や、電車で乗り合わせた女子高生に痴漢行為をしていた。大学時代には、児童を性の対象にしたコミックで性的な興奮を覚えるようになり、20代のころ、家庭教師をしていた男子中学生にも痴漢行為した。加藤さんは、30歳になっても行為をおさえることができなかった。
ところが、38歳で転機を迎えた。商業施設で男子児童をトイレに連れこもうとしたときに拒否され、少年を解放。「このままではまずい」と感じ、警察に自首したことで、強制わいせつ未遂の罪で起訴された。
ここ20年は性加害の行為は抑えることができていて、自助組織で小児性犯罪をなくすための活動を行っているという。
性加害をしていた当時は、罪の意識はなかったのか。
「まず最初に、被害を受けた方やご家族に対して心よりお詫び申し上げたいと思います。当時は、自分が表沙汰になったらまずいことをしているという自覚はありました。でも、被害者の気持ちについては自覚がなく、相手も気持ちいいだろうとか、大したことないだろうとか、軽く捉えていました。30代になってからこのままではまずいと思うようにはなりましたが、それまでは、そういう行為をいかに実現できるかという方に注意が向いていました」(加藤孝さん)
加藤さんはもともと自分を普通の「異性愛者の男性」と認識していた。小学校高学年の時には同じクラスの女の子に淡い恋心を抱いたり、中学生になって同級生の女子に告白したり、高校生のときにも好きな女の子がいたりしたという。
一方で、児童ポルノにあたるようなものを買い集め、実際の加害も繰り返してきた。自身を小児性愛障害だと自覚したきっかけは何だったのか。
「きっかけは大学時代に読んだ児童ポルノコミックです。ただ、当時は、小児性愛者としての自覚はなく、少年愛というかたちで自分の性の枠組みを正当化していました」(加藤孝さん)
加藤さんが加害したい衝動にかられるときは、2通りのきっかけがあった。
ひとつはこの相手なら何も言ってこないだろうという子どもが近くにいて加害可能だと思えてしまう時。
もうひとつは、例えば仕事がうまくいかないときなど、自暴自棄になって自分がどうなってもいいから欲望を満たしたいと思う時だったという。
加藤さんのような小児性愛障害の問題をどう捉えたらいいのか、小児性犯罪を含む「性犯罪者の地域トリートメント」に長年携わってきた専門家、斉藤章佳さんにも話を聞いた。
斉藤さんは、依存症治療や性犯罪再発防止の治療プログラム作りに携わる「榎本クリニック(東京・豊島区)」の精神保健福祉部長だ。
約20年にわたってあらゆる依存症問題に取り組んでおり、治療が必要な人に対して、まさに刑事手続きの入口段階から、出所後のフォローアップ、さらに社会復帰にいたるまで伴走している専門家だ。2018年には『「小児性愛」という病-それは、愛ではない』(ブックマン社)が話題となった。
斉藤さんは、子どもへの性加害は、人間の感情を最も揺さぶる問題のひとつだと指摘。同時に、必ずしも遠い世界のことではないと強調した。
「子どもへの性加害は、社会的に最も弱い立場にある存在を、大人が支配し傷つける行為で、人間の尊厳に関わる大きな問題です。一方で、多くの性加害を繰り返してきた人たちと関わるなかで、彼らと我々との間にはそれほど大きな差はないことに気づきました。身近に被害にあっている人がいるかもしれないし、何かのきっかけで自分自身が何らかのトリガーが重なり傷つけてしまう側になるかもしれない。自分にも当事者性がある思うところから考える必要があります」(斉藤章佳さん)
日本では刑法上、13歳未満の子どもとの性交は、同意の有無に関わらず犯罪だ。ところが、小児性犯罪者は、子どもと性交渉したいという欲求を正当化しようとする。斉藤さんによると、こうした「嗜癖行動(問題行動)を継続するための、本人にとって都合のいい認知の枠組み」を「認知の歪み」という。
例えば、「お互いに純愛で結ばれているからセックスをするのは当たり前だ」とか「この子は目を潤ませて喜んでいる」というように、相手がたとえ嫌がっていても、小児性犯罪者の現実の捉え方には思考の偏りが生じておりこれが「認知の歪み」の典型例である。
しかし、被害者からすれば、加害者が病気であるかどうかにかかわらず、傷つけられたことに変わりない。斉藤さんは、病気だから許されるということではなく、原因と(行為)責任はしっかり分けて考える必要があると訴える。
斉藤さんによると、「認知の歪み」は、生まれつき備わっているものではなく、後天的に社会の中で学習するものだという。
「長年の加害者臨床の経験から、性犯罪は学習された行動という要素が非常に大きい。普段、暮らしている日本社会の中で学習してきたという結論です。痴漢に関しても同じことが言えます。生まれながらの痴漢はいないし、将来痴漢になりたいという人もいません。社会の中で痴漢になっていくわけです。したがって、小児性愛障害者特有の認知の歪みというものも、日本社会の中にある前提となっている価値観(子どもを性の対象として消費する社会)との相互作用の中で強化されていったものだと考えています」(斉藤章佳さん)。
治療プログラムに関わる中で気づいたのは、多くの小児性愛障害者が子どもについて「かわいい」と言うこと。しかし、その「かわいい」は、一般的な意味とは大きく違うらしい。
「小児性愛障害者の言う”かわいい”とは、そこに自分自身を絶対に脅かさない存在であるという保証が含まれているという前提のもとでの”かわいい”です。中には、成人の異性を恐怖の対象に思っている人もいます。自分には同世代の異性と対等に付き合えるステータスもないし、そういう自信もない。でも子どもは自分を無条件に受け入れてくれると考えるんです」(斉藤章佳さん)
加害経験のある加藤さんも、斉藤さんの指摘に共感を示した。
「思い当たる部分が非常にあります。僕の妄想の中では、子どもはとにかく無知で自分の支配下に置くことができる存在でした。一方で、僕は自分が非難されたり批判されたりすることに恐怖感がすごくあります。だから、相手を同格として見るのではなく、自分が支配する対象、自分がコントロールできる対象として見てしまうところがあったと思います」(加藤孝さん)
斉藤さんによると、榎本クリニックでのデータ上は、性犯罪の中でも痴漢や盗撮に比べると、小児性犯罪を犯した人は、学生時代にいじめの被害を受けていることが非常に多かったという。ただ、いじめの被害を受けたから小児性愛障害という性嗜好になるという根拠にはならないので注意が必要だ。
また、親にアルコールや薬物の問題があるなどの逆境体験を経験してる人が、痴漢や盗撮の人たちの群に比べると多かったという。ほかにも、被害者が成人になって加害者になるというケースもある。自分の性被害を通して「認知のゆがみ」を学習したことになり、こうした負の連鎖も断ち切らなければならない。
小児性愛障害による子どもへの被害を防ぐにはどうしたらよいのか。斉藤さんは、一次予防として性教育や啓発、ニ次予防として早期発見・早期治療、三次予防として再発防止の治療プログラムが重要だという。
一次予防では、児童ポルノや創作物などが犯罪のトリガーになると答えた当事者が多いため、子どもを性の対象として消費する社会を変えていく必要がある。
二次予防の早期発見、早期治療については、当院のデータを参照にすると初めて問題行動を始めてから専門治療につながるまで平均14年かかっていました。初犯で治療命令がだせる仕組みを作るなど制度設計そのものを変えていく必要がある。
「私は初診の段階で『逮捕されていなければこの行為をずっと続けていましたか』という質問を必ずするんですが、これまで関わった150名のうち100%の人が『はい』と答えました。つまり、逮捕されて刑事事件になっていなければ、自分の性嗜好に向き合おうとは思えないことを示しています」(斉藤彰佳さん)
加害経験のある加藤さんのように、自首するケースは非常に稀だ。加藤さんがこの20年、加害を繰り返さずに済んでいるのはなぜなのか。
「21年前に自首したあとに弁護士さんが僕の役に立ちそうな資料を差し入れてくれたんです。その中に、自分の性の問題が、アルコール依存症などと同様、治療できるものだと知ったことが大きなきっかけでした」(加藤孝さん)
加藤さんのように性嗜好に向き合おうと決めた人に対して重要なのが再発防止の治療プログラムだ。斉藤さんの榎本クリニックでは、再発防止ための行動変容として、認知行動療法を主体としたリスクマネジメント中心のプログラムと薬物療法を実施しているそうだ。
プログラムでは、まず対象者のリスクアセスメントを行い再犯リスクの査定をします。この点数化されたリスク評価をもとに、プログラムの期間や回数などのプログラムの密度が決まります。次に、再犯しないためのスキルを認知行動療法で学びます。これは主に行動変容を主体とした内容になります。行動が変われば思考が変わってきます。次の段階で「認知の歪み」にアプローチしていきます。自らの中にある偏った思考パターンに焦点を当てて、それへの反応の仕方を学んでいきます。最後に、加害行為に責任をとるという視点で、自らの加害行為がどのような影響を被害者に与えたかを学んでいきます。概ね、ここまでしっかりと取り組んでいくのは2~3年かかります。
今後の日本での治療の課題は何か。アメリカでは、性犯罪で有罪判決を受けた人の住所や犯罪歴などの個人情報をネット上で公開し、監視可能な状況下に置くことをしている。また、アメリカのいくつかの州、韓国、イギリスなどでは、GPSを装着させていて、韓国では再犯率が17%から1.8%に下がった例もあるという。
斉藤さんは、小児性愛障害のある人は、社会で最も排除されやすい存在であることを踏まえた上で、出所後の社会のあり方を考えることが重要だと指摘した。
「小児性愛障害の方は、刑務所の中でもヒエラルキーの最も下位に置かれて、嫌われたりいじめられたりします。再犯を防ぐために、ずっと閉じ込めておけとか社会に戻すなという意見もありますが、社会的な孤立は再犯のリスクを高めるトリガーにもなります。いずれ出所してきて、社会で共存しなければならなくなるわけで、その時、受け入れてくれるコミュニティや居場所があることが、結果的に被害者を生まないことにつながると考えています。ただ、一般的な理解を得るには丁寧に説明を尽くさなければならないので、クリニックでは小児性愛障害の方に特化したプログラムを通じて、実践を積み重ねています」(斉藤彰佳さん)。
現在、斉藤さんは、小児性愛障害に関する講演活動や刑事事件に至ってしまった加害者の司法サポートプログラム(勾留中の面会や裁判への証人出廷など)に積極的に取り組んでいるという。
子どもたちが安心して暮らせる社会にするために、まずは、この病気を身近な問題として知ることから始め、議論を重ねていく必要がありそうだ。
斉藤章佳(さいとう・あきよし)
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