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アライグマ、かわいい…その先にある現実 スマホ調査で伝えたいこと
東京五輪ではアライグマのキャラクターが大きな話題になりました。外見はかわいらしいですが、野生化したアライグマが野菜や果物を食い荒らす事例が各地で報告されており、環境省はその防止に向けて「完全に排除することが最も効率的・効果的」としています。そんなアライグマの「罪のない命を奪わぬようにしたい」と、スマホ一つで誰でも参加できるというある調査が7月末から新潟県で始まりました。
「あなたもアライグマ分布調査に参加しませんか?」
こんな呼びかけの調査が新潟県で行われています。アライグマが木造建築物の屋根裏をねぐらとして使うことがあることから、神社・仏閣を対象にしてその爪痕を探し、そこからその分布状況を推定するというものです。
調査は誰でも参加できます。参加者は神社・仏閣を訪れ、柱や壁の角に付くことが多いというアライグマ特有の爪痕を探します。そしてその爪痕の写真を、その大きさを測る定規とともに撮影。その写真を「アライグマ痕跡マップ」に投稿すると、専門家がアライグマの爪痕かを確認をした上で地図上にその写真がリアルタイムで共有されます。
調査はNPO法人「新潟ワイルドライフリサーチ」と長岡技術科学大学工学部の生物機能工学専攻野生動物管理工学研究室が主催しています。研究室が昨年度に上越市で実施した調査では50カ所を越える痕跡が確認できました。しかし、県内全体の分布域は完全には把握できていないことから、より広範に調べたいと市民の力を借りた今回の調査を実施することにしました。調査は9月末まで行われます。
調査をとりまとめる工学部の山本麻希准教授によると、アライグマの分布調査は、エサを仕掛けたり、カメラを設置したりと他にも方法はあります。
今回の「神社仏閣調査」は、神社・仏閣という限られた範囲での生息情報しかわからず、アライグマがいつそこに侵入したのかは正確にはわかりません。一方で、専用機材や技術が要らず、身一つで調べられるため広域での調査が可能という利点があることから、市民参加型の調査手法を選びました。また新潟県には神社が約4700件に上り、日本一多いということも理由の一つとなりました。
北米原産のアライグマは、もともと日本にいない外来種で、生態系などに被害を及ぼす「特定外来生物」に指定されています。
テレビアニメの影響で1970年代にペットとして多く輸入されましたが、その後、捨てられたり、逃げ出したりして野生化していきます。雑食性で繁殖力が高いことから、野菜や果物を食い荒らし、農作物被害は3.6億円に上ります。
環境省が全国の市町村に2010年度~17年度にアライグマが確認されたかを聞き、18年に公表した調査結果によると、秋田、高知、沖縄の3県をのぞく44道府県で生息が確認されました。
環境省は「アライグマ防除の手引き」の中でその被害の防止にあたって「将来的な被害の拡大と防除費用の増大を考えれば、地域への侵入の初期段階に発見し、徹底した防除により地域から完全に排除することが最も効率的・効果的といえます」と記しています。
さぞかし新潟の被害は深刻なのかと、環境省が調べた生息分布を見ると、新潟ではほとんどアライグマが確認されていません。それではなぜ分布域を調査する必要があるのでしょうか。山本准教授はこう話します。
「アライグマの被害は大きくなってから対応するのでは遅いことが知られています。個体群の増加速度が大きく、一度増えてしまうと根絶が非常に困難だからです。また、生態系に与える影響も大きく、特に両生・爬虫類の絶滅などが危惧されています。農業被害はまだほとんど認知されていませんが、新潟県の在来生物への影響や根絶を目指して防除を行うためにもまだ数の少ないうちに、早く取り組むことが何より大切だからです」
山本准教授によると、アライグマの防除計画は、市町村やNPOがその計画を立て実施できますが、現時点で防除計画を立てている県内の市町村は一つもないと言い、山本准教授はそのことに強い危機感を抱いています。
「アライグマの原産地である北米大陸では、コヨーテやピューマなどの天敵がいましたが、日本にはそのような天敵や競争種となる動物がほとんどいないため、個体数が増加しやすい環境にあります。日本に連れてこられたアライグマに罪はありません。ただ、増えてしまったアライグマは人間の手で管理する以外に方法がありません」
「小さいアライグマは特にかわらしく、防除する側も殺したくて殺しているわけではありません。今回の市民参加型調査を通して多くの方にそうしたアライグマの生態や被害について知っていただきたいと思っています。分布状況の把握した上で、多くの命を奪わぬよう早めの管理につなげたいと考えています」
今回の調査で興味深いと思った点が2つあります。一つ目は調査結果が地図上でリアルタイムで共有されることです。調査に参加した人がアライグマに関心を持ってもらえることに加えて、その地図を誰でも見られることから、参加できなくても「自分の家の周りにはアライグマがいるのかな?」と調べることができます。調査への参加を通して、多くの人がまず思い浮かべるだろうアニメキャラクターの印象と、その生態とのギャップを知ってもらう意義は大きいのではないかと思います。
二つ目は、その結果がそのままエビデンスとなり、行政の施策につながりうる点です。環境省の2018年公表の調査では新潟のアライグマの分布はほとんどありません。アライグマは繁殖力が非常に高く、増えてからではその防除がより困難になりますが、地方公務員も人手に余裕はなく、生息状況が確認できないと行政としては対策が取りづらい面があると思います。カメラを設置したり、エサを仕掛けたりする他の調査では時間や費用がかかりますが、市民の手を借りることでより広範な範囲を調べ、そのデータを得ることができます。
もちろん、専門家ではない市民による調査であることから、調査結果の評価には今回のように専門家の目を入れて慎重に進めるべきだと思います。その上で、問題意識を持った専門家が市民と連携してデータを集め、行政の施策への反映を目指していくアプローチに注目したいです。
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