話題
障害のある人の生活は大変? ダウン症の子が教えてくれた「日常」
子どもは知っている「仕切り」のなさ
ダウン症児を育てる家庭は、どんな1日なのだろう――。慌ただしいイメージを漠然と抱きましたが、正しく知ることで、ダウン症への理解も深まると思いました。4歳と2歳の娘たちの父である記者(32)が実際の子育てを聞くと、「他のお子さんの育児と変わらず、一般的ですよ」。あれ、そうなんですか!
取材をしたのは、ダウン症の阿部壮真君(4)=東京都世田谷区=の母、景子さん(38)の1日です。
壮真君は、結婚8年目に生まれた一人っ子。「世界ダウン症の日」(3月21日)の取材がきっかけで知り合い、毎日、難聴などダウン症の合併症がある壮真君と向き合う大変さを想像していました。
そもそもダウン症の正式名は「ダウン症候群」で、染色体の突然変異によって、約600~800人に1人の割合で起きるといわれています。筋肉の緊張度が低く、知的発達の遅れや心臓の疾患などの合併症を伴うことが多いが、個人差があります。豊かな感性や知性を発揮して活躍する人もいます。
壮真君の場合、難聴もその合併症の一つで、補聴器をつけて生活しています。難治性てんかんの一種も発症し、食前に症状を抑えるための薬の服用もしています。
「障害のある人の生活は大変なんだろうなぁ」
壮真君が生まれる前、景子さんもそう思っていたそうです。しかし、今は、自分たちの日常を「一般的」と言います。どういうことでしょうか?
5月のある1日を取材しました。
【午前6時半~】
起床し、1日の始まりです。
この日、朝食には、ミルクパン、野菜スープ、ウィンナー、オムレツ、ヨーグルト。私の娘たちとほぼ同じ。そしゃくの発達に遅れはありますが、ウィンナーも細かく切れば、食べられるそうです。
歯磨きや着替えなどを手伝って終えれば、さあ、こども園に向かう時間です。
【午前8時45分~】
こども園は徒歩10分圏内。ただ、15分前に家を出るそうです。なぜ――。
壮真君は、外にあるものになんでも興味津々。しゃべることはまだできませんが、ベビーカーに乗ったまま、手を差し出し、触ろうとします。歩行者用横断歩道のボタン、家の壁、ポールなどをワシャワシャ。
ニコニコしている姿に、景子さんもにっこり。時間に余裕をつくり、「なんだろう」と興味を持つことを促しているそうです。
こども園までのルートは、同じだけれども、触るものは日々違います。そうやって、壮真君の世界は少しずつ広がっていくのでしょう。
実は、私の次女もそうなんです。いまは排水溝にはまっています。次女がにっこり、私もにっこり。ただ、手が汚くなるのが困りものです。
【午後2時15分】
こども園から自宅に帰宅です。
壮真君は、補聴器を煩わしいと感じているようで、家に着くと、親もいて安心するためか、すぐ外すそうです。こども園にいるときはきちんとつけるのに。これには、景子さんも、頭を抱えました。
これから大きくなっても補聴器をつけなくてはいけないという壮真君。耳が聞こえるようつけてほしいけど、無理やりつけると、しかめっ面。一生ものなので、嫌ってほしくなく、親としては難しい対応です。
今では「必要と思えていない時期」と割り切り、お互いにストレスをためないよう、気分がのったらつけているそうです。
【午後3時ごろ~】
おやつにクッキーを食べた後、外に出たがるため、お散歩をするそうです。その後に、少し休憩し、お風呂です。
【午後6時ごろ~】
夕飯には、鶏肉と野菜のトマトパスタ、キャベツのお好み焼き、カブの煮物です。バランスを意識した料理に驚きました。
景子さんによると、壮真君は体重10キロ。「とにかく食べてほしい」とのこと。好きなものは肉、魚。ただ、便秘気味で、繊維質を取ってほしく、試行錯誤を繰り返しているそうです。
【午後7時~】
就寝する1時間前から、絵本などの時間です。1人で本をパラパラとめくり、気が済んだら「おしまい」の手話をします。景子さんが絵本の読み聞かせをできないまま寝ていくそうです。
私の娘たちの話をしました。長女や次女は本を5冊持ってきて、「パパ読んで」と言います。「大変ですよー」と伝えると、景子さんは「うらやましい。壮真は1人で読みたがるので、私は読んであげたい」と言いました。なるほど、隣の芝は青く見えるということでしょうか。そう言われると、5冊でも10冊でも絵本を読むのを頑張ってみようと思えてきました。
さて、あらためて景子さんが言った「一般的」という言葉。その意味について、聞いた私に
景子さんはあるエピソードを教えてくれました。
壮真君がこども園の登園初日。近くにいた男の子の手を壮真君が力まかせに握りました。
景子さんは「嫌がられるかな。離れていってしまうかな」と思いました。
ところが、男の子は「痛いよ」と伝えたうえで、おもちゃを手渡して「これで一緒に遊ぼう」と言いました。
後日、こども園での出来事を主治医の先生に話したところ、こう言われたそうです。
「子どもの間では、あまり障害というものは関係ないんだと思います。単にまだ歩けないのが壮真君。単に耳が聞こえないのが壮真君。そこに障害という仕切りはないんだと思いますよ」
景子さんは納得。私も納得しました。自分の中に凝り固まっていた見方があったことに気づかされました。
子どもは、千差万別。子育ても千差万別。「ダウン症」という言葉で一くくりにせず、一人一人と向き合わなければいけない。そう考えれば、どんな子育てもその家庭にとっては「一般的」なのでしょう。
一方、景子さんは「将来について、ふと不安になることもまれにある。働くとなったとき、大丈夫なのかなと思う」と話します。
国立成育医療研究センター(東京)の推計では2010~16年の毎年、ダウン症児は約2200人生まれたといいます。
日本ダウン症協会の水戸川真由美理事は「ダウン症児を家族に迎えたママたちの相談の電話は多い。先の見えない将来に対して不安を抱くから。そんな時は、協会に相談してほしい」と話します。
景子さんも、不安なことが出てくれば、夫と話し合うようにしています。壮真君の通っているこども園やろう学校の先生、立ち方など体の使い方を指導してくれる区の理学療法士、ダウン症協会の関係者など、困ったら支えてくれる人がたくさんいるので安心だといいます。
協会では、高校生以上のダウン症のある子をもつベテランの相談員約10名が、日替わりで相談を受け付けています。電話番号は080・6590・1824(月~金曜日の10時半~15時)。
1/5枚