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IT・科学

自殺防止、なぜ今も電話? 24時間チャット相談を立ち上げた大学生

誰もが抱える〝望まない孤独〟のリスク

NPO法人「あなたのいばしょ」の理事長、大空幸星さんは電話相談中心主義の限界を指摘する
NPO法人「あなたのいばしょ」の理事長、大空幸星さんは電話相談中心主義の限界を指摘する 出典: gettyimages

目次

「望まない孤独」。
それは、時に自ら命を絶つまでに人を追い詰めるもの……。
政府は今年2月、孤独や孤立に苦しむ人たちに寄り添うため、新たに対策室を設置して支援に乗り出した。
若者の自殺を減らすためにいま何が必要なのか。
「望まない孤独」の解消に向けて、政府への提言を行ってきたNPO法人「あなたのいばしょ」の理事長、大空幸星(おおぞら・こうき)さんに笑下村塾たかまつなながオンラインサロン「大人の社会科見学」オンラインイベントとして話を聞いた。
(取材/文 たかまつなな)

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24時間年中無休でチャット相談

警察庁から公表された、2020年の年間自殺者数は21081人で、11年ぶりに増加。新型コロナウイルスの影響で若者の自殺者数が増加している背景に、この「望まない孤独」があると指摘されている。

現在、大学4年生の大空幸星さんは去年3月、NPO法人「あなたのいばしょ」を立ち上げた。自殺などを防ぐため、24時間365日、チャットで相談を受け付けている。この1年あまりで取り扱った相談件数は4万件を超え、最近も増え続けているという。

「困っている人が頼れる人に確実にアクセスできる仕組みを作るために、チャットで相談を受け付け、その人の気持ちに寄り添って話を聞くことを始めました。厚生労働省から自殺対策防止事業を受託して運営していますが、24時間チャット相談をしているのはうちだけになります」

「死にたいとか、父親からレイプされているとか、毎日のようにたくさんの相談があります。私たちの役割は、ホットモーメントからクールモーメントへ、つまり『いますぐ死にたい』というホットな状態の人の気持ちをとにかく『傾聴』して、『明日もちょっと生きてみたい』とクールな状態にするのが役目になります」

現在、大学4年生の大空幸星さん
現在、大学4年生の大空幸星さん

 

大空幸星(おおぞら・こうき)
特定非営利活動法人 あなたのいばしょ 理事長 
1998年、愛媛県松山市出身。「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的にNPOあなたのいばしょを設立。孤独対策、若者の社会参画をテーマに活動している。慶應義塾大学総合政策学部在学中。

 

自身も望まない孤独に苦しんだ過去

大空さんがこうした活動を始めた理由は、自身も「望まない孤独」に苦しんだ経験があるからだ。愛媛県で生まれ、幼少期に両親が離婚。中学生のときに上京して母親と母親の再婚相手と暮らした。家族の関係は良好とは言えず、母親と一緒に食事をしたことは一度もないという。

「毎日家にお金だけが置いてあって、夕食は定食屋さんで1人で食べていました。高校生のときは、お金がないのでアルバイトをしなければならず学校に行く暇もありませんでした。忙しくて精神的にも肉体的にも追い込まれて、自ら命を絶った方が楽なのではないかと
いうところまで追い詰められましたね」

そんな大空さんを救ったのは、3年間世話になった担任の先生だった。ある日、メールで「学校をやめたいと」とメッセージを送ったところ、電話がかかってきて、アパートまで会いに来てくれたという。

「アパートの下まで降りていくと、担任の先生が立っていました。授業があったはずなんですけど来てくれて、その時に初めて僕にとって信頼できる大人ができたと思いました。それまで周囲に頼れる大人が全くいなかったので、何かあったら話せるという安心感ができました」

「そこからちょっとずつ回復しましたが、あのとき先生に出会えていなかったら高校3年のときに死んでいたかもしれません。今の社会は、問題を抱えた人が頼れる人に出会うには奇跡や偶然が起こらないと難しいのが現状です。奇跡や偶然ではなくて、確実に頼れる人にアクセスできる仕組みをつくりたいと思って、『あなたの居場所』をやっています」

「あなたのいばしょ」のトップ画面。24時間365日無料・匿名でチャット相談を受けつけている
「あなたのいばしょ」のトップ画面。24時間365日無料・匿名でチャット相談を受けつけている 出典:https://talkme.jp/

これまでの支援のあり方の課題

日本の自殺者数の推移を見ると、全世代で減少してきた中で、19歳以下は増加している。人口は減少し続けているにもかかわらずだ。大空さんによると、これまでの支援のあり方の課題のひとつに、電話相談中心主義があるという。

「総務省が去年出した数字によると、13歳から19歳の1日の平均利用時間として、携帯電話は3.3分、固定電話は0.4分なのに対して、SNSは64.1分となっていて、今の若者は友達とのコミュニケーションでさえ電話を使いません。にも関わらず、学校ではいまだに電話相談のカードが配られたりするんです。こうしたギャップが、子どもたちの自殺者数というところに表れていると思います」

大空さんが電話ではなくチャットで相談を受け付けているのも、こうした若者たちの実情に合わせてのことだ。チャットであれば電話の相談窓口が混雑していて繋がらないということもない。

文字にして気持ちを吐き出してもらううちに気持ちが落ち着くこともある。24時間対応するために、海外の14カ国にも相談員を配置し、時差を利用して対応にあたっている。

相談数が急増する背景に孤独感

大空さんのNPO法人が去年の3月に相談窓口を立ち上げてから、1年間で48,000件の相談が寄せられた。最近は相談件数が急増し、1日600件以上の相談が来ている。相談者の約7割が女性、年代は8割以上が29歳以下となっている。

特に深刻なのは、相談者の多くが孤独を感じていることだ。UCLAの孤独感尺度という指標をもとに「どれくらいの頻度で孤独を感じるか」を聞いたところ、相談者の4割近くが「常に孤独を感じている」と答えた。特に、生活やお金に悩んでいる人やDVなど暴力に悩んでいる人にその傾向が見られたという。

大空さんは、客観的に家族やコミュニティーとの接触があまりないことを示す「孤立」と違い、「孤独」は主観的な感情だからこそ、重視しなければならないと指摘している。

「孤独というのは、本人が誰かと繋がって、社会的な関係や人間関係を構築したいと望んでいるにもかかわらず、それができないというギャップから生まれる主観的な感情で、虐待、DV、自殺などあらゆる問題の根本にあるものです。これまでは、客観的に把握できる孤立については支援制度も作られてきたのですが、これからは孤独にフォーカスしていくべきだと考えています」

エビデンスに基づき孤独感を解消する政策を

大空さんの言う孤独という言葉はこれまで「孤独を愛せ」「孤独は人を強くする」などと、ポジティブな意味でも使われてきた。しかし、本人が望まない孤独は、時に自ら命を奪うこともある。

しかも、日本人は他の国に比べて、孤独を自己責任だと考える人の割合が多い。あるデータによると、孤独を自己責任だと感じる人の割合は、アメリカでは2割、イギリスでは1割である一方、日本では44%に上るという。

「日本人は、孤独は自己責任だと考えている人が多いので、このスティグマ(差別や偏見)を解消することから始めなければなりません。孤独は人生のどこかのタイミングで必ず感じるものですし、別に恥ずかしいことではないんです。喉が渇いたとかお腹が空いたとかいうのと全く同じ感情です。こういうことをメッセージとして発していかなければなりません」

孤独感について、どのように対策をしていくべきなのか。ひとつは孤独対策の先進国と言われるイギリスに学ぶことだ。

イギリスは、2018年に「孤独担当大臣」を設置し、孤独の問題に政府として取り組んでいくことを決めた。主観的な感情である孤独について客観化するための指標を作り、調査をして、エビデンスに基づいた対策を行っているという。

日本でも今年の12月から、国が孤独と孤立の実態把握の調査をすることになっている。そのための指標づくりに大空さんたちNPOや学識経験者が加わって議論が進んでいるところだ。これまで社会福祉政策はエビデンスに基づかず、ストーリーだけで進められてきたという批判もある中、画期的な一歩になることを期待したい。

孤独を社会問題化するために

大空さんは望まない孤独の解消のために、与野党の政治家に働きかけを行ってきた。そこにはどんな意図があるのか。大空さんに聞いたところ、引き合いに出したのが2006年の自殺対策基本法だ。この法律ができるまで、自殺は個人の問題で、国や政治が動くべき問題ではないと言われていた。

同じことが、いま、新型コロナウイルスによって起きている。コロナによる生活の変化が原因となって孤独に陥っているひとが増えている。大空さんは、政治課題として取り上げてもらうために、関心のありそうな議員を回って孤独対策を提言してきたという。

「僕は政治ですべてを解決できるとは思っていないです。NPOなどの民間と協力して取り組むべき問題です。ただ、社会問題として認知されるには、最短ルートとして政治家に働きかけることは重要だと考えました。菅総理が1月の本会議で望まない孤独という言葉を使ったんです。その言葉を言った時点で、この国ではそれが社会問題となった。専門の大臣ができた。内閣官房に対策室が新たにできた。それは大きな一歩です」

使いやすいように設計された「あなたのいばしょ」の操作画面
使いやすいように設計された「あなたのいばしょ」の操作画面 出典:https://talkme.jp/

自殺願望がある人にかけるべき言葉は

私たちの身の回りにも、孤独に苦しんでいる人や自殺願望がある人がいるかもしれない。大空さんは、5秒間立ち止まって、自分の親しい友人や家族の顔を思い浮かべる「5秒運動」を勧めている。

しばらく連絡を取っていない人がいたら「元気?」と声をかける。しばらく連絡を取っていないということは、その人が誰とも話せずに殻に閉じこもっている可能性があるからだ。

では実際に困っている人に気づいたときにはどんな言葉をかければよいのか。大空さんは相談員が実際に窓口で実践しているポイントを次のように話してくれた。

「まず、『頑張って』という言葉は特にうつ状態にある方にとってはNGワードです。アドバイスをしようとするのではなく、話を聞くことに徹すること。『大丈夫?』と聞くと相手は『大丈夫』と答えがちなので『最近何をしているの?』などオープンクエスチョンで聞いてあげるとよいです」

「また、よく頑張ってきたね、つらかったね、話してくれてありがとう、など肯定や承認の一言を織り交ぜてあげると心がほぐされるのではないでしょうか」

自殺者数の増加の背景にある根本原因に目を向け、政治家に働きかけて社会問題化させる。
海外の事例を研究して国の対策に関与しながらエビデンスに基づく支援を行う。それによって日本人に根付く自己責任のスティグマを解消し、望まない孤独を抱える人を救う。

若き社会起業家の圧倒的な行動力と当事者意識が、この国を動かし始めている。

※この記事は、2021年6月3日に笑下村塾のたかまつなながオンラインで行ったイベント「社会科見学vol16 孤独・自殺問題について考える@ZOOM」をもとに作成しました。

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