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お金と仕事

酒も出せないなら…「お店、タダで使って!」沖縄居酒屋の思わぬ決断

優しすぎる常連さんたちとの〝生き残り策〟

「沖縄スージグァ酒場 香の帆」の店主・浅香裕也さん
「沖縄スージグァ酒場 香の帆」の店主・浅香裕也さん

目次

飲食店に酒類の提供停止が要請され、居酒屋を中心にお店が次々と休業しています。渋谷のセンター街奥のビルに入っている「沖縄スージグァ酒場 香の帆」も、営業継続を断念しました。しかし、逆転の発想から、飲食の提供をせずに、店内を無料開放して物産展を開催しました。コロナ前から常連さんとのつながりを大事にしてきた「香の帆」の取り組み。あえて無料で店舗を貸し出した理由を聞きました。(ライター・安倍季実子)

平均滞在時間は4時間半

話をうかがったのは、「沖縄スージグァ酒場 香の帆」の店主・浅香裕也さんです。

場所は、20年以上前から沖縄料理店がお店を構えており、「香の帆」は3代目になります。7年前に、先代の「島袋」の店主から、お店の常連だった浅香さんに引き継がれました。

「席数は約50席で、平日は6~8割が埋まり、金曜日と土曜日はほぼ満席でした。時間制限がないので、お客さんの平均滞在時間は4時間半。だから、みなさん1度お店に入ったら出ないんです(笑)」

センター街奥という立地もあり、混みはじめるのは20時くらい。仕事帰りの30~50代のビジネスパーソンがメインで、常連さんが7~8割を占めていたといいます。

「お店で気持ちよく過ごしてもらい、リピーターになってもらう方が、長い目で見てもいいんじゃないかと思い、その場の利益を求めるようなスタイルは取りませんでした。それに、私たちの仕事は、料理を出すことだけではありません。それぞれのお客さんにあった、ちょうどいい距離感で接客をして、ゆっくりくつろいでもらう。その対価としてお代をいただくものだと思っています」

「一番大事なのは、お客さんに五感で沖縄を感じていただき、沖縄を好きになってもらうことです。食事やお酒だけじゃなく、音楽や器や伝統や歴史にも触れてもらいたい。そういった気持ちで、接客を心がけていました」

宮古島の人気者「まもる君」のTシャツ
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慣れないデリバリー、常連さんの気遣い

コロナによる飲食店への酒類提供の自粛などの要請は受けつつも、今年の4月までは営業を続けたという浅香さん。ちょうどその頃、改装の時期などとも重なって、お店のまわりから街灯以外の明かりが消えました。生まれ育った渋谷の悲しい風景に悔しさがこみあげてきたといいます。

「営業を続けていた去年の4~5月は、お客さんはほぼゼロ。売り上げは、例年の90%ダウンといったところです。これではヤバイということで、クラウドファンディングにも挑戦しましたし、デリバリーもはじめました。1日に4~5件まわっていましたが、できるだけ美味しい状態で届けたくて、当たり前のように高速を使っていたので、正確にいうと赤字ですね」

「コロナになって、お客さんがお店に来てくれることは当たり前じゃなかったんだと気づきました。売り上げが立たないことよりも、お客さんと会えなくなったことの方が悲しかったんです。なので、料理を持って行くというよりも、こちらからお顔を見に行かせてもらうという感じでした」

9~10月は、売り上げが前年比の95%くらいにまで戻りました。それは、常連さんが毎日のように駆けつけてくれたから。また、この辺りから外部のデリバリーサービスを取り入れました。

「実は、僕自身が配達をしていた時期は、お店のことを気遣って常連さんたちが多めに注文してくださっていたんです。でも、僕が動き回っている様子から、『反対にマイナスなのでは?』と思わせてしまったようで、少しずつ注文を控えるようになりました。今は、気軽に頼んでいただけるように、外部のデリバリーサービスを導入しています」

常連さんに支えられながら営業をつづけてきましたが、11月以降はまた雲行きが怪しくなり、年末は前年比20%くらいにまで落ち込んでしまいました。また、年明けは時短営業となり、さらにお客さんの数が減ってしまったそうです。

「ランチ営業を始めましたが、思っていたよりも伸びませんでした。デリバリーの方は、1ヶ月に大体70~80万くらい。やらないよりましという感じです。協力金は月に120万円。有難いことに間違いありませんが、正直な所、毎月ちょっとだけ赤字です」

「沖縄スージグァ酒場 香の帆」の店内
「沖縄スージグァ酒場 香の帆」の店内

休業の中で気づいた「店舗の使い方」

コロナに早く落ち着いてほしい気持ちから要請に従いつつ、その中でやれることを精一杯やるというスタンスを貫き通しました。しかし......。

「話し合いの末に、料理人が4月末で辞めることが決まりました。それと重なるように、4月末からお酒の提供ができなくなるということで、思い切って休業に入りました。沖縄料理は食材原価が高いんで、お酒が出せないと儲けになりません。運送費もかかるし、到着までに時間もかかるので、賞味期限も短い。場合によっては、取り寄せた食材がそのままロスになるということも。仕入れとロスを繰り返す可能性もあります」

休業中にまず行ったのは、店内の大掃除です。先々代からスタートして、20年以上の年季の入った店内をきれいにしました。

「床、壁、棚までとにかく隅々まで掃除をしました。でも、営業再開した時に、常連さんから『いつ来ても変わらない、落ち着く場所』だと思ってもらいたいので、どこかを大きく変えることはしませんでした。店内のレイアウトがそのままなのはもちろん、壁を塗り替える際も、限りなく現状と近い色を選びました」

6月の要請緩和は20時閉店だったので、休業を続行。7月に入り、4回目の緊急事態宣言が発令されるというニュースを見て、ここからさらに長期にわたって何もしなくていいという状態に悔しさがこみ上げてきました。

「ちょうどその頃、インスタでフォローしている工房さんが『緊急事態宣言のために、8月の催事が中止になった』とアップしていました。それを見て、僕は自分たちのことばかり考えていたけれど、沖縄の蔵元さんや工房さんたちも苦労しているんだと気づきました。」

「元々、お店のコンセプトは沖縄のことを知ってもらい、好きになってもらうことです。沖縄には食以外にもたくさんの魅力があるので、それを知ってもらういい機会なのかもしれないと思いました。飲食を提供するとルール違反になるけど、飲食を提供しなかったらいいんだと気づいたんです。逆転の発想ですね。どんな形になるのか、どれくらいの方が参加してくれるのかもわかりませんでしたが、それでもいいのならという気持ちでした」

インスタとFacebookで展示の参加者を募集
インスタとFacebookで展示の参加者を募集

7月8日に、「渋谷で展示会や販売会をやりたい人いますか?」と投稿したところ、次々に「詳細を教えてほしい」というコメントが来ました。

「思っていた以上に反応があったので、インスタで70くらいの工房、作家、大手メーカーにDMを送りました。はじめは、1組が数日間貸切るワークショップなどで使ってもらうことを想定していました。でも、作家さんたちは店内のスペース全部を使うわけではないことがわかり、『たくさんの方が参加する物産展みたいにしたら出やすいですか?』と聞いたら、『それならぜひ出たい!』というお返事がもらえたので、今の形になりました」

DMを送ったのが7月12日。そこから16日に開催を決意。4連休初日の22日から『渋谷で沖縄展ー沖縄を感じる夏休みー』がスタートしました。

「今、『香の帆』は営業はできませんが、沖縄の工房さんたちから送っていただいた作品を展示することで、お店を開いてお客さんを迎えることができます。これは本当にありがたいことです。今の僕にできることは、みなさんの代わりに作品に込めた想いなどをできる限りお伝えすることです。そして、作品に触れることで沖縄を身近に感じてもらったり、沖縄の空気感や人の暖かさが伝わったりして、笑顔になれたり、幸せな気分になってもらえたら嬉しいですね」

現在、『渋谷で沖縄展』に参加している工房や作家さんは30以上。店内には何十種類という作品が所狭しと並んでいます。アパレル、鞄、生活雑貨、ガラスに食器、マスク、調味料などなど。例を挙げだすと切りがありません。

中には、追加の作品を届けてくれる参加者もいるといいます。さらに、協賛に名乗り出るメーカーも。

展示会は8月15日までの予定ですが、社会の状況や参加者、お客さんの様子などを見て延長するかどうかを決めるそうです。

サンプル展示の工房さん。別の催事で購入できるというお知らせがセット
サンプル展示の工房さん。別の催事で購入できるというお知らせがセット

「無料開放」が持つ可能性――取材を終えて

飲食業界を揺るがしたコロナによって、生き残りを模索する現場の人たちは新しいビジネスを生み出しています。浅香さんの挑戦した無料開放は、長い時間をかけて積み上げてきた自分たちの強みに気づいたことで生まれた挑戦の一つと言えます。

無料開放は、もちろん収益には直接結びつきません。でも、中長期で見れば、常連さんをはじめとするお客さんとのつながりを強化する効果が期待できます。

顧客との関係作りのため、本来、有料のものを無料で提供する動きは、コロナ前から広がっていました。例えば、出版業界では、2017年に発表された宿野かほるさんの『ルビンの壺が割れた』(新潮社)が2週間限定でネットに無料公開されました。覆面作家のデビュー作という条件を逆に活用し、新しい読者との接点を広げるのが目的でした。

その後、ネットと連動する形で新刊書籍の一部を無料公開する試みは増え、2018年に発表された前田裕二さんの『メモの魔力』(幻冬舎)のまえがき部分が無料公開されると、またも大きな話題になりました。

情報があふれる時代において、商品やお店の存在を「まず知ってもらう」ことの重要性は高まっています。逆に、今は何かしら目立つような試みをしないと、膨大なコンテンツの中に埋もれてしまう状況だとも言えます。

飲食業界と同じく、コロナで大打撃を受けた旅行業界で注目されているのが、オンラインツアーです。参加者は、自宅にいながら観光地の名産や人気スポットなどをオンラインで案内してもらえます。

オンラインツアーの多くは有料ですが、運営側にとっては本業の代わりになるほどのビジネスになるかは未知数です。それでもオンラインツアーに乗り出すのは、興味をもってくれたお客さんや、コロナ前から利用してくれていた常連さんとの接点を大事にしたいからです。

書籍の無料公開とオンラインツアーに重なるのが、飲食店の「店舗の無料開放」です。

浅香さんのお店に足を運んだお客さんは、たくさんの沖縄の作品に出会えます。さらに、沖縄通の浅香さんの話を聞くことで、沖縄を身近に感じられます。そうやって築いたお客さんとの関係は、通常営業に戻ったとき、ビジネス的な効果を発揮するはずです。

コロナは、商売を営む多くの人たちを翻弄しています。そんな中で、浅香さんは「店舗の無料開放」に踏み切りました。これまで自分たちが大切にしてきた積み重ねを踏まえた挑戦は、他の業界にとっても大きな気づきになることでしょう。

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