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連載

#34 金曜日の永田町

〝感染爆発〟の中、菅さんがツイートで連発する「金メダル!五輪!」

説明避け続ける政治家2人の〝連帯責任〟

記者からの質問が続くなか、官邸をあとにする菅義偉首相=2021年7月29日午後6時45分、首相官邸、上田幸一撮影
記者からの質問が続くなか、官邸をあとにする菅義偉首相=2021年7月29日午後6時45分、首相官邸、上田幸一撮影 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.34) 2021.08.03】

国内の新型コロナウイルスが、東京オリンピックの開催中に「感染爆発」の状態に入りました。菅義偉首相は、五輪開催が人流抑制に効果があると主張するなど、五輪ファーストの姿勢ですが、その一方で、中等症などで苦しむ患者の入院制限に踏み切ることに――。朝日新聞政治部の南彰記者が国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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日本選手の活躍は「政権に力」?

女性タレントの容姿侮辱、障害者のいじめ発言、ナチスのユダヤ人虐殺の揶揄――。

相次ぐ問題で、開会式の演出チームの責任者らが直前まで交代するなか、東京五輪が開幕しました。新型コロナの感染拡大を止められず、開会式も無観客です。

「人類が新型コロナウイルス感染症に完全に打ち克った証として、完全な形で東京大会を開催したい」(昨年5月25日の記者会見)

そのように今夏開催を主導し、「反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と一方的なレッテル貼りの言説まで吹聴していた安倍晋三前首相(組織委員会名誉最高顧問)も出席を見送りました。

「多様性と調和」や「復興五輪」というスローガンを掲げてきた東京五輪の内実がさらされ、また、海外から参加する選手らとの交流の機会も奪われるなか、メディアを賑わせているのが、日本選手団の活躍です。

「五輪で日本選手が頑張っていることは、われわれにとっても大きな力になる」

自民党議員は、秋の衆院選に向けた政権与党への追い風となる期待をあけすけに語っています。「2年延期」ではなく、衆院議員の任期前となる今夏開催を推し進めた政権側の思惑をあらわにするような発言ですが、菅義偉首相のSNSでの発信も「#金メダル」「#東京五輪」のハッシュタグをつけた発信が目立ちます。

たとえば、7月25日のツイッター。「菅総理からお祝い電話の様子をライブ配信します」という首相官邸の告知投稿のリツイートから始まり、1日中、金メダルに関する投稿だけが続きました。

この日の夕方には、東京都で日曜としては過去最多となる1763人の新型コロナの新規感染者数が発表されています。

全国ベースの新規感染者数も、開会式があった7月24日は3574人、25日5020人、26日4692人、27日7629人と増え、28日には1月8日の7958人を上回る9583人で過去最多を更新。29日は1万693人、30日1万743人。わずか6日間で3倍にふくれあがりました。

「今回の宣言を最後にするとの覚悟で、対策を徹底します。国民の皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます」

五輪開幕以降、菅さんのアカウントから新型コロナに関する初めての投稿をしたのは、緊急事態宣言の延長・地域拡大を正式決定した7月30日。午後10時前のことでした。

五輪開催で人流抑制?

こうした菅さんの言動は、この日午後1時から行われた衆参両院の議院運営委員会での国会報告でも疑問視されました。

「東京をはじめ感染が爆発的に拡大し、政府分科会の尾身茂会長は『1年半のコロナ対応で最も厳しい状況』と述べています。ところが今日(の国会報告)も菅総理は出席されていません。『宣言の効果がない』とか『五輪で警戒が緩んでいるのではないか』と記者から問われても、『いろんな意見がある』というだけでした。総理のツイッターアカウントをみましたが、五輪が始まった日から今日まで30回のツイートのうち20回が五輪関係。しかもほとんどがメダル獲得のお祝い。それも金メダルだけですね。一方感染拡大についてつぶやきすらないというのは、理解しがたい」

共産党の山添拓さんは政府のコロナ対策を担当する西村康稔・経済再生相に問いただしました。

西村さんは「今日は菅総理ご自身の会見もあると思います。ご自身の言葉でしっかりと呼びかけていただければというふうに考えている」と答えましたが、午後7時から行われた菅さんの記者会見もかみ合いません。

「オリンピックが開催される中で、総理の自粛を求めるメッセージは乏しく、発信をしてもワクチンが効果を上げているとの内容ばかりであることが国民の危機感の欠如につながっているのではないか。総理は国民の命と健康を守ることがオリンピック開催の前提と発言されましたが、現在、国民の命と健康は守られていますか。オリンピック・パラリンピックをこのまま予定どおり開催しますか」

この質問に対し、菅さんは五輪開催が人流抑制につながっているという自説を唱え続けます。「今、東京への交通規制、首都高の1000円の引上げや、東京湾への貨物船の入港を抑制するだとか、いろいろな対応、テレワークもそうでありますけれども、そうした対応によって人流が減少しているということは事実」と主張しました。

別の記者から、感染拡大を防ぐことにつながるような人流抑制の具体的な目標を問われましたが、菅さんは「ですから、大会に集中する人のそれよりも少なくするということです。ですから、そこはできていると思っています」と回答。「それ」「そこ」と指示代名詞ばかりです。

会見に同席した政府対策分科会会長の尾身茂さんが「人々がコロナ慣れ、緊急事態宣言慣れ。夏休みがあり、お盆があり、4連休があり、オリンピックがあるということで、なかなか危機感が伝わりにくい状況がある」と人流が減らない理由の一つに五輪を挙げていた回答とも対照的でした。

この日は記者会見に先立ち、尾身さんたちが国民へのメッセージの出し方について菅さんに直談判していました。ワクチン効果による高齢者の感染減や、過去の宣言時と比べた死者数の少なさを強調する菅さんたちの言動に危機感を強めていたからです。会見では、その点も問われました。

「対策の効果を上げるために、専門家から『国民との危機感の共有が重要だ』と指摘されているが、国民からは『オリンピックをやっているから大丈夫』という声や『ワクチンの接種が進んでいるからコロナに対する恐怖感が薄れてきた』という声も上がっている。国民と危機感を共有するために、総理自身、何が一番重要だと考えているのでしょうか」

しかし、菅さんは「まず、国民の皆さんに、現状を踏まえた中で、それぞれの立場で危機感を持っていただくことがものすごく大事なことだ」と国民・市民の自己責任を強調します。

記者から「総理自身が毎日、ぶら下がり会見などでメッセージを発信する考えはあるか」とも問われましたが、「ぶら下がりもかなりの頻度で行っている」と主張しました。2日前の7月28日。東京の新規感染者数が初めて3000人を突破し、官邸に関係大臣を集めた会合を開いても、「本日はお答えする内容がない」(首相周辺)とぶら下がり取材の要請に応じなかったにもかかわらずです。

発表前に退庁する都知事

こうした危機感の乏しさは東京都も同じです。7月30日の小池百合子都知事の記者会見で、次のような質疑がありました。

「7月27日、(東京の)新規感染者が過去最高を更新しましたが、このとき、説明をしたのは福祉保健局長でした。なぜ知事は自ら説明をしなかったのか。27日から連続で過去最高を更新していますが、いずれも発表前に知事は退庁しています。これについても即日メッセージを発信する必要がなかったのか」

「それぞれ役割として、伝えていくうえにおいて、福祉保健局長、より詳細にその日のうちにお伝えしたかと思います。また、私は適時適切に、そのタイミングで、それぞれきょうもこうやってお伝えをしているところであります。そしてまたぶら下がり等、その必要性などについてもしっかりと対応をしていると考えております」

記者の質問は、五輪開催中の感染爆発という異常な事態にもかかわらず、「午後4時45分」の新規感染者数の発表を待たずに退庁し、コロナ対策と五輪開催の両方の責任を有する小池さんが先頭に立とうとしない姿勢への疑問をぶつけたものです。とくに、7月27日の東京都の対応は、説明した福祉保健局長が「医療提供体制がにっちもさっちもいかなくなって、死者がばたばた出ることは現状ない」「いたずらに不安をあおるようなことはしていただきたくない」と語り、問題になっていました。

そして、小池さんも菅さんと同様、五輪開催が感染抑止につながるという認識を示しています。

7月30日の記者会見では「オリンピックはステイホームに一役買っている」「人流を下げるなどの効果が出てくる」と強調。記者から「オリンピックの開催が外出を呼び起こす要因になっているのではないかという(専門家の)指摘に対してはどう思うか」と問われましたが、「それはむしろ分析していただければと思います」と専門家たちの懸念に向き合いませんでした。

首相官邸でグータッチする東京都の小池百合子知事(左)と菅義偉首相=2020年9月23日、恵原弘太郎撮影
首相官邸でグータッチする東京都の小池百合子知事(左)と菅義偉首相=2020年9月23日、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

「事実上の棄民政策」

菅さんと小池さんの言動は、大会組織委員会の強気の姿勢を支えています。

組織委の武藤敏郎事務総長は8月1日の記者会見で、コロナ対策について、「今まで想定内のレベルで対処できている」と主張。五輪開催が、東京の過去最多の感染者数に与えた影響について問われると、「総理は、因果関係はないだろうと否定されていると聞いている。また、小池都知事は五輪による人流増加を否定している。総理、知事の考えとまったく同じ立場で考えている」「国を代表する総理と、主催者を代表する知事が言っている。これ以上の立場の方はおられない。その考え方に同調するということです」と述べました。

五輪開催の足元で、8月1日に都が発表した重症者数は100人を超えました。しかも、東京都の重症者数は「人工呼吸管理又は体外式心肺補助(ECMO)を使用している患者」に絞って計上しています。国の基準にある「集中治療室(ICU)等での管理」は含まれていません。

「重症者の定義をどうするかということで東京都と様々議論を重ねてきていますが、まさに『中等症』とよばれる方々が、いわゆる高流量の酸素吸入を必要とするということで、『実質重症』に近い状態になっている。医療はかなり厳しい状況になってきているという認識をしております」(西村経済再生相、7月30日の参院議院運営委員会で)

政府も都が公表している数値以上に厳しい状況になってきていることを認めています。

そのように医療供給体制が逼迫するなかで、菅さんが8月2日に打ち出したのが、入院を重症患者や重症化リスクの高い患者に限るよう都道府県に求める方針です。中等症や軽症の患者は「自宅療養」を原則とするというのです。

政府はオンライン診療の推進などで患者への健康観察を強化するといっていますが、罹患経験者からすると、机上の空論に感じられます。

私も今年5月、東京都の宿泊療養施設でオンライン診療を受けましたが、「酸素飽和度」が低下し、入院が必要な水準より悪化していても、「これは時間が解決する。体のなかのウイルス量が減っていくのを待つしかない」といって薬の処方すらされませんでした。「大丈夫ですか」と繰り返し問われ、つらさを訴えても、「様子を見ましょう」と言われるだけ。その結果、2日後にCTの検査をしたところ、肺炎になっていました。感染爆発で保健所の業務も追いつかなくなっているなかで、一人一人の健康観察までできるとはとても思えません。症状の悪化を訴えても、なかなか医療を受けられないという状況が加速すると思います。

野党から「自宅療養者のケアもできていないのに『原則自宅』とするなら、事実上の棄民政策になりかねない」(共産党の小池晃書記局長)という指摘が出ていますが、同感です。

「国民の命と安全を守るのは私の責務ですから、そうでなければできないということを私申し上げているんじゃないですか。守るのが私の責任であります。守れなくなったらやらないのは、これ当然だと思いますよ」

菅さんはコロナ禍の五輪開催の是非を問われた6月9日の党首討論でこう約束していました。それに反するように開会式に突入し、感染爆発状態で開催を続けています。そして、感染拡大を封じ込めるのではなく、国民・市民の医療へのアクセスを封じ込めようとしています。

菅さんと小池さんには、連帯責任があります。一刻も早く、「国民の命と安全を守る」という本来の政治のあり方に立ち返り、方針転換すべきだと思います。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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