連載
#31 「きょうも回してる?」
「鉄壁のハコガメ」ガシャポンでまたヒット 開発者が経た〝回り道〟
2018年にカプセルトイの常識に風穴をあけた出来事がありました。それは、バンダイのガシャポンの「だんごむし」の発売です。
3~4年前では、商品価格は200~300円が中心で、それ以上は売れないとさえ言われていました。とくに、オリジナル(ノンキャラクター)商品は300円でさえ、売るのが難しいと言われているなか、だんごむしの価格は、それを上回る500円で大ヒットしました。
このコラムでも以前に紹介しましたが、だんごむしはガチャガチャのコレクション性を高める方向性ではなく、商品単体の魅力をとことん追求し、生き物のリアルさを徹底的に再現したことで、異例の大ヒットを記録します。
その後、バンダイはいきもの大図鑑シリーズとして、だんごむしのほかに、数々の虫や生き物を発売します。7月時点で全134種類、33ラインナップを展開し、シリーズ累計580万匹を売り上げるほど、ガチャガチャ業界で「生き物の商品」という新たなジャンルを築き上げました。
いきもの大図鑑シリーズの生みの親である、ベンダー事業部で企画・開発担当の誉田恒之さんは、「買った人が何かしら驚く要素を必ず入れていないと、ヒットには結びつきません。要素は多くを詰めすぎず、ポイントを一つに絞った方が伝わります」と企画・開発をする上で大切なことを話します。
この発言の裏側には、誉田さんが入社してから叩き込まれた、ひとつの言葉がありました。
「あれもできる、これもできるは、できないと一緒」
この言葉は、バンダイの創業メンバーの方が残したもので、誉田さんが大切にしている信念となっています。
20年以上ガシャポンに携わる誉田さんの開発者としての歩みは、決して順風満帆ではありませんでした。
誉田さんは入社3年目に念願の企画・開発担当になりました。
当時の誉田さんは「自分はもっと面白い商品が作れる」という自信を誰よりも持っていましたが、頭の中で描いた面白さは、商品になるとピントがボケたものばかり。考えた「面白さ」を形にすることができませんでした。
そして、誉田さんはわずか1年で営業へ異動します。開発者としての挫折とも言える経験から長い間営業を経験したのち、海外営業を希望し、香港に行きます。
香港では中国工場を管理する生産部門の人手が不足しており、生産部門で新たなスタートを切りました。ここが誉田さんにとって、ターニングポイントになったそうです。
中国工場で玩具に使用する材料の使い方、金型、製品の見積もり方法などを学んだという誉田さん。「今まで玩具開発に必要な知識を何もわかっていなかったと痛感しました」と振り返ります。
「中国工場で働いた最初の一年間で玩具に対する基礎知識をしっかりと身につけたおかげで、あの時、なぜ自分の頭のなかで描いた面白さを形として作れなかったのかを理解することができました。当時わからなかった答えがすべて工場にありました」
9年間の中国での経験から、企画・開発におけるコスト感覚を身につけた誉田さんは、その後フランスに3年間赴任した後、日本で企画・開発の担当に返り咲きました。
企画・開発、生産、営業などをすべて経験した誉田さんだからこそ、だんごむしは1円でも安いコストで高い付加価値を生みだすことに成功し、大ヒットに結びついたのだと私は思います。
だんごむしの大ヒットは予想を超えて1年経っても売れ続けました。誉田さんは「ここまで売れ続けるのは単なるブーム商品ではなく、何か重要なものが隠れているのではないか」と感じ始め、「生き物の生態がわかるものは普遍的に、みんなが興味があるのではないか」と構想を膨らませます。
そして、だんごむし以外の虫や生き物にシフトしていき、いきもの大図鑑シリーズを立ち上げました。
今回紹介するのは、7月第1週に発売されたいきもの大図鑑シリーズ「かめ04」です。
かめ04には、ハコガメをラインナップしています。誉田さんは「ハコガメは第1弾から設計していましたので、第2弾で発売したいと思っていました。しかし、ギミック的に当時は難しく、ようやく第4弾で出すことができました」と話します。
ハコガメの最大の特徴は、腹部側の甲板の真ん中に蝶番があり、この腹甲を可動させることで上側の甲羅との間の隙間を完全に閉じる点です。
この特徴をリアルに再現するために、今までのカメシリーズでは骨組みを甲羅側につけていましたが、下の甲羅に変更。下の甲羅が開くと同時に、中身が動くようにしました。
また亀について詳しい人に、亀の足が薄いことを教えてもらい、改めて生態に合わせ、足を薄く作ることで甲羅の中に入りやすくしました。その結果、腹側の甲羅の隙間を完全に閉じ、外敵や乾燥から防御するハコガメの構造をリアルに再現することに成功しました。
誉田さんは「ハコガメは下の甲羅で頭と脚が蝶番でぴったり閉まるということは、亀について詳しい人は当然知っていますが、一般の人はそこまで知りません。私も知りませんでした。ハコガメのような亀もいるということを、まずはおもちゃから知ってもらうと、実際にその生き物を見た時に、構造を知らなかった時より愛着がわくと思います。生き物に興味をもってもらう機会になればうれしいです」と話してくれました。
かめ04には、前回人気のあったワニガメもあります。ここまでこだわるのかと、驚く箇所がありました。ワニガメの目です。
「亀について詳しい方から、ワニガメの目は星の形状になってくることを教えてくれました。前回は知らなくて目を丸くしました。亀好きな人は両方集めてもらい気づいてもらえばと思っています。また顔の先端部分も作り直し、さらにリアルに再現しています」と笑って話してくれた誉田さん。ひょっとしたら誰もワニガメの目に気づかないかもしれません。しかし、そこは誉田さんのこだわりが見て取れました。
人気の出る商品の傾向の一つとして、こだわればこだわるほど、コアな購入者の声がより大きく聞こえることがあります。ただ、誉田さんは、そのコアな購入者の期待に応えつつ、これから入ってくるライトな層にも興味をもってもらえるように、全体を見つつバランスをとっているそうです。
いきもの大図鑑シリーズには、商品とともにミニブックが入っています。かめシリーズには「かめ新聞」というタイトルでハコガメの遊び方が記載されています。さらに興味をもらってもらえるよう、二次元コードをつけることでいきもの大図鑑のホームページに飛ぶ工夫が。そこは、生き物の知識が学べるページになっています。
ガシャポンの魅力について、「サイズやコストの制限のなかで、いかに面白いものを作っていくか」と語る誉田さんには、ひとつのこだわりがありました。
「ガシャポンを作る上で、ヒットさせつづけることは必須です。ヒットさせることが出来ないと量を売ることができなくなり、驚きのある商品は作れなくなります」
開発者としての情熱が伝わる言葉です。
いきもの大図鑑シリーズの将来について誉田さんは「何年かかるかわかりませんが、メジャーな生き物から誰も知らないけど、すごくユニークな生き物までを商品化していきたい」と話します。誉田さんの生き物に対する飽くなき挑戦はまだまだ続きます。
◇
かめ04は、セマルハコガメ、マレーハコガメ、ハコガメ(リューシスティック)、ワニガメ(新色 黒ver.)、ワニガメ(リアルカラーver.)の5種類。1回500円。
※ガシャポンはバンダイの登録商標です。
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