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謎レシピ「ケヅレー」に届いた新情報 進化を続ける戦前の家庭料理
「奇天烈な感じはまったくない」
1941年の新聞に掲載されていた謎レシピ「ケヅレー」を追った記事を配信したところ、たくさんのお便りをいただきました。魚の種類を変えてチャレンジしてくれた人、ルーツとなった料理の母国、イギリスからエアメールまで…。1本の記事から広がった集合知を記事にして届けるべく、再びフライパンを手に立ち上がります。
きっかけとなった記事は、1941年5月16日東京朝日新聞に掲載されていました。ケヅレーという聞き慣れない異様な語感の謎料理ですが、朝日新聞5万号の記念企画として再現に挑戦したところ、意外にうまかった。
そんな記事を配信したところ、実際に作ってくださった読者の方からお便りが届きました。元記事は魚の種類すら特定していませんが、ということは作り手の工夫次第でいろいろな可能性があるということ。千葉県市川市の山﨑朋絵さん(59)は紅鮭を使ったそうです。
「緑と赤がきれいで、とても華やか。でも味はシンプル。これからも魚を変えて作ってみようと思います」
緑はグリーンピース、赤は紅鮭。なるほど、映えますね。魚の身もボロボロになりにくいし、油との相性もいい。すばらしいアイデアです。塩鮭なら、薄味に仕上がりがちな問題点も解決できますね。
こうなると私も何か工夫してみなければ。おさらいを兼ねて、ケヅレーに再挑戦です。元レシピの一番の問題は、そのまま作ると味が薄すぎること。でも味の濃い魚って何だろう・・・紅鮭は、あらかじめ塩が加えられているのが役に立つわけですが。
それでハタと思いつきました。味が濃すぎて使いづらく、でも腐らないので我が家の戸棚に積み上がっているもの。サバ缶です。
もともとケヅレーはそれほど難しい料理ではないのですが、これでさらに工程がシンプルになります。まずはタマネギとニンジンをみじん切りにして、ニンジンは別途茹でます。フライパンに油を引いてタマネギを炒めた上で、ニンジン・サバ缶を投入、ある程度サバがほぐれたら、ご飯も投入し、炒めていきます。
サバ缶の汁でご飯がムラなくキツネ色に染まったら完了。魚臭さが気になるようなら酒をふりかけるのもいいです。たぶん塩は不要ですが、お好みでコショウを振るのもいいでしょう。
キツネ色の地肌にも、紅ショウガとグリーンピースを散らせば華やかになりますし、サバのしつこさを和らげる役に立ってくれます。今回は、私たちの「知恵袋」、お料理記者歴28年の長沢美津子・本社編集委員が試食係です。
「奇天烈な感じはまったくなくて、とてもおいしかったです。サバ缶がよいアクセントになっておりました」
とのこと。ぜひ皆様もお試しあれ。とても簡単ですし、ローコストでごちそう感も出ます。
ところで、このケヅレーという妙な名前はどこから出たんでしょう。どうやらイギリス料理のケジャリーが元ネタらしいというお話は、前回も書きました。
残念ながら日本では定着せず忘れ去られてしまいましたが、なんと英国在住読者(!)中井由紀子さんからエアメールをいただきました。びっくりの展開です。中井さんもケジャリーのことはよく知らなかったそうで、たまたま地元の雑誌で紹介記事を見つけ、送ってくださいました。
見たこともない食材名が多く、苦労しましたが、元英語教師の妻の奮闘のおかげで、なんとかレシピが分かりました。感謝。
英国在住・中井さん直伝のケジャリー材料
このあたりはケヅレーとほぼ同じ。紅ショウガの代わりに牛乳とカレーパウダーを使う感じでしょうか。かなりしっかりカレーパウダーを振らないと、生臭いです。ただ、塩抜きしてもタラはかなりしょっぱい。思いがけない異文化体験でした。
助けを求めて、英国の中井さんにメールで聞いてみました。その後、何度か作られ、結構おいしくできているそうです。なんと、英国のスーパーにも、あるんだそうです。パックご飯。それを使うのだとか。
「お魚は、わたしはスモークドマッカレル(さば)のハニーローストを使います。ほかのは、辛かったり、塩辛かったりするのですが、ハニーローストは、塩気が強くありませんので、お湯やミルクで塩抜きする必要もありません」
なるほど。やはり魚次第。しかし日本ではなかなか手に入るものではありませんね。長澤編集委員にレシピを示して、助言をもらいました。タラの水をこまめに代えること、調理時に日本酒を加えることで、ましになるかも、とのこと。
やはり本場のケジャリーは日本では幻なんでしょうか。ところが、日本でもケジャリーが食べられるお店があるというんです。東京・阿佐ケ谷駅前にある英国カフェ「マグノリアカフェ」から連絡をいただきました。お客さんから「新聞で紹介されている」と教えてもらったそうです。
不定期ながらメニューとして出しており、そのたびにあっという間に売り切れるほど好評なのだとか。同店の福田育子さんによると「スパイスを利用し、日本では入手しづらいイギリス特産品キッパーを使うことが多いように思います。コリアンダーとゆで卵は必須アイテムで、バターをたっぷり使うと香りと味が良く仕上がります」とのこと。
残念ながら食べに行くのは難しいご時世ですが、本場のレシピを教えていただき、自分でも作ってみました。
英国カフェ「マグノリアカフェ」直伝のケジャリー材料(2~4人分)
香菜もなかなか手に入らず、瓶詰めの粉末で代用。本当は長粒米が良いそうですが、普通の日本の白米に。思えば玄米など良かったかも。それでも、ローリエが効いたようで、魚臭さがなく、洋食の味わいが出ました。
「見た目はエキゾチックだし、魚とご飯がよく合う」と、試食した同僚からも好評でした。
「マグノリアカフェ」店主のショーン・アンダソンさん(56)によると「週末の朝食やブランチを思い浮かべる、ロンドンの生活に密着した本場の味」として思い入れが深いのだとか。今年も夏休み期間中の週末にどこかで出す予定だそうです。逃さず食べたいという方は、公式サイトでぜひチェックを。取り置きもしてくれるそうです。
なかなか奥深いケジャリー。もともとはインド料理キチュリに由来するそうで、こちらはカレー粉を使わず、汁気が多いものも少ないものもあるらしい。
さらには、別のルートをたどったエジプト料理のコシャリなんてものもあるんだとか。これは中東風のそばめしで、肉が使われないので、近年ヴィーガン料理として注目されているそうです。
いわばケヅレーの親戚というところでしょうか。次はこれも取り上げてみたいですね。
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