連載
#33 金曜日の永田町
政治家から飛び出る性暴力への偏見 放置か厳罰か、問われる責任
「男尊女卑リベラルおじさん」の危機感
【金曜日の永田町(No.33) 2021.7.18】
東京五輪・パラリンピックの開幕を前に、新型コロナウイルスの感染者数は急増し、政府の対策も迷走しています。「違憲」「違法」と指摘された対策が次々と撤回に追い込まれるなか、政治家たちが自らの政治責任を取ろうとしない政治でいいのか――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるために、政府が新たに打ち出した飲食店への締め付けのような対策が総崩れの状態になっています。
これらの飲食店対策は、コロナ対策の特別措置法や緊急事態宣言の基本的対処方針にも書かれていない、法的根拠に乏しいものです。主に西村康稔経済再生相が発表してきましたが、のりを超えた私権制限に、野党や専門家から「違憲」「違法」の指摘が相次ぎました。
西村さんが金融機関を通じた働きかけなどを打ち出した当初、その発言を「承知していない」と記者団に語った菅義偉首相も、事前に5大臣会合で方針を聞いていたことが明らかになります。閉会中審査が開かれた7月14日の衆院内閣委員会では、立憲民主党の今井雅人さんがこの点を追及しました。
「菅総理がいらっしゃる関係閣僚会議で事務方が『こういう対応しますよ』と説明して、異論が出なかった。了承されたということ。(方針は)菅総理が責任を持って発出したということになりますが、それでよろしいですか」
西村さんは「事務方から(会議で)触れた」と認めた上で、「要請の具体的な内容については議論していない」と主張。「具体的なその内容につきましては私の責任で、内閣官房のコロナ対策室が関係省庁と調整の上で決めた」と答弁しました。
重ねて問われても、「私の責任」と繰り返す西村さんに対し、今井さんは「それであれば大臣が責任を取ればいい。こんなものを出してしまった責任は重い。やはり大臣を辞任された方がいいと思いますがいかがですか」と問いただしました。
しかし、西村さんは「私の責務はこの感染拡大を何とか抑えること。その後の経済回復、しっかりやらなきゃいけない。厳しい状況のかたがたにも目配りしながら、機動的な経済対策を打っていかなきゃいけない。このことが私の責務でございます。コロナの感染を何としても抑えていく。そのために全力を上げることで責任を果たしていきたい」と述べ、引責辞任を否定しました。
こうしたやりとりが続くなか、耳目を集めたのが、麻生太郎副総理兼財務相の発言です。
麻生さんは、西村さんが担当する内閣官房のコロナ対策室と連名の通知を準備していた金融庁や国税庁を所管しています。海外出張中で、この問題の報告を受けたのは西村さんが発表した翌日の7月9日でしたが、金融庁の担当者に、「違うんじゃねぇ。言っていることが分からないから放っておけ」と言ったと、自ら明らかにしたのです。
7月16日の記者会見で、麻生さんは記者から「金融庁所管大臣として『おかしい』と思ったなら『やめろ』と言わなければいけなかったのでは」と問われましたが、以下のような反論を重ねるばかりでした。
「言われなきゃ止められないなんて役所は、そんなレベルかねぇ。それほど金融庁はレベルの低いところと君は思ってる?」
「大臣として『おかしいのでは』『やめた方がいいのではないか』と…」
「おかしいと言われたら、ふつうやめるんだよ」
関係閣僚会議で方針を共有していた首相は「承知していない」。政権で意思決定の中核を担う副総理も「おかしい」と感じながら「放っておけ」――。こうした言動は、この数年、財務省による公文書改ざんや、数々の国会での虚偽答弁が発覚しても、政治家が引責辞任することはなかった「政治家が責任をとらない政治」の帰結です。
そうした国会において、立憲民主党が7月13日、国会議員の処分に踏み切りました。党の会合で成人と中学生との性行為を肯定する発言を繰り返した本多平直衆院議員を1年間の党員資格停止とし、次期衆院選の公認内定も取り消す方針を決めたのです。
本多議員の発言をめぐっては、6月7日に福山哲郎幹事長が厳重注意。本多議員も撤回・謝罪をしています。しかし、発言が表面化した当初、「本人がその言葉については『言い過ぎた』というということで『撤回だ』と言っているので、それでいいのではないか」と擁護しようとした男性中心の立憲執行部のあり方も含めた批判が党内外から高まり、党は外部有識者でつくる「ハラスメント防止対策委員会」に調査を依頼していました。
本多議員は枝野幸男代表の秘書出身で、予算委員会などの論客として一定の存在感がありました。第三者による委員会が「お手盛り」にならず、機能するかについてはやや懐疑的でしたが、7月13日に公表された報告書は、発言の根深さに切り込む内容でした。
問題となった党性犯罪刑法改正に関するワーキングチーム(WT)における「50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」という外部講師に対する発言や、「外部講師に非礼を超えた不快感や嫌悪感、暴力的とも言われる威圧的な対応」を認定したうえで、以下のような経緯を指摘しています。
つまり、すでに報道で明るみに出た発言の問題にとどまらず、ときに威圧的な対応で、性暴力被害者たちが求めている刑法改正の党内議論の妨げになってきた疑いが明らかになったのです。
第三者委は「相手の意見を封じるような言動はそもそもありえない。本多議員は、政策論争のつもりというが、本人が感情的になって記憶がないと言うほどの場面もあり、議論の体を全くなしていない場面もみられる。こうした点からは、立法府の一員としての資質自体が大いに問われる」という見解を示しました。
「さらに問題視されなければならないことは、本多議員があまりに高圧的であったがゆえに、その場にいた多くの関係者が誰もそれを制止しなかったこと、できなかったことである。毅然とした対応がない限り、党内での開かれた議論はもちろん、民主的な議論などまったく期待できないことになる」
報告書はWT運営の問題にも触れた上で、第三者委が党内外から聞き取った以下のような厳しい指摘が並んでいます。
報告書は、「問題になった発言は、日本の社会が抱えるジェンダー差別の本質を浮き彫りにすることになった」としたうえで、「国会議員は国民全体の代表者である」と立憲の各議員に自覚を促しています。末尾の「提言」は、党執行部や候補者擁立におけるジェンダーバランスの改善にまでは踏み込んでいませんが、「党としてのジェンダー問題への毅然とした対応が求められており、ジェンダー平等を公約として掲げていることについて、代表が改めて毅然とした姿勢を示すことが大切である」などと求めました。
「フラワーデモ」の主催者らが立憲に申し入れた内容は党の体質改善で、本多議員に対する処分ではありません。その上で、「衆院選の公認内定取り消し」という処分方針に、立憲内には不満がくすぶっています。
処分方針を決める7月13日の常任幹事会の直前には、本多議員の妻や同僚議員が「処分は不適当」と訴える文書が党内に回りました。
「本件は、党内からの情報漏洩というルール違反の出来事に端を発しています」
「一方的な処分は、自由闊達な党内論議を阻害し、党内に禍根を残す大問題です」
「処分は、マスコミに無用な報道機会を追加で与え、事態の沈静化をさらに大きく遅らせることになりかねません」
文書にはそうした反対理由がつづられています。
しかし、そうした主張を展開する人たちは、以下の自民党で起きた問題については、どのように考えるのでしょうか。
いずれも本多議員の発言と同じ、非公開の党会合で行われたものです。
とくに性暴力被害者への偏見を助長する杉田議員の発言に関しては、枝野さんが当時の記者会見で、「杉田議員を公認し、こうした発言を容認してきている自民党のあり方が問われている」と批判しています。
自民党は「政調会長による注意」という軽い対応で済ませ、杉田議員に辞職を求める13万人以上のネット署名の受け取りすら拒否しました。立憲はその後も政調会長の泉健太さんが衆院代表質問で「この発言は、非公式の場だったとか、文脈とかの問題ではありません」と杉田発言を問題視。菅さんに「自民党総裁として、党に署名を受け取り、対応を講じるよう指示すべきではないか」と迫っていました。
立憲で本多議員の処分方針を決定したメンバーのひとりは、「今年2月、女性蔑視発言で、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が辞任した。ジェンダーに関する発言で公人がきちんと責任を問われるようになり、社会が前に進んだ。本多発言の責任をうやむやにしては、今後、森発言のようなことが起きたときに、きちんと批判し、改めさせることができなくなってしまう」と危機感を語っていました。
「ジェンダー平等」を党の綱領に掲げ、これからの政治・社会の選択肢を提示しようとめざす立憲にとって、本多議員が自ら出処進退を明らかにしなかった以上、自民と同じような対応を取る選択肢はなかったのです。
責任をとる。処分をする。痛みを伴う行為です。立憲の党内はしばらくギスギスした状態が続くでしょう。しかし、責任や処分をうやむやにする政治は、社会の公正さをむしばみ、問題を温存し、社会のアップデートの妨げになります。国会議員一人一人に、改めて「国民の代表」としての責任のあり方についてかみしめてもらいたいと思います。
南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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