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連載

#37 Busy Brain

「ああ障害者だからね」に小島慶子さんが感じたモヤモヤとは……

「人生をADHDで説明することなんてできないです」

小島慶子さん=本人提供
小島慶子さん=本人提供

目次

BusyBrain
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40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です!
今回は、障害者が何をしても「ああ障害者だからね」と思われてしまうことの誤解と、そのしんどさについて綴ります。
(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)

「ADHDって、ほんとに遅れるんですね。でも大丈夫です」

 私は「うっかり村」の住人なので、スケジュールのうっかりミスに悩んでいます。ですから、とても用心して対策しています。それでもうっかりしてしまうのが、困ったところです。

 そんな村、出ていけばいいじゃないかというでしょう。残念ながらうっかり村は私の脳みそそのものなので、一生引っ越すことができないのです。

 しかし、もちろんうっかりしない日もあります。ちゃんと早めに家を出て20分前に着くこともあるし、電車の乗り換えもバッチリで最短時間でたどり着けることもあります(本人的には快挙)。

 また障害とは関係ない理由で遅れてしまうこともあります。例えば予約したタクシーが私ではない人を乗せて走り去ってしまったとか、全然違う建物で待機していたとか、新しいトンネルを使って銀座に着くはずがまさかの池袋に出たとか、発車前に私が運転手さんにナビの使い方をナビする必要があったとか、ナビに忠実に走り過ぎて目的地のビルの裏のものすごく狭い歩行者専用の道にはまり込んでドアが開けられなくなったとか、目的地まであと少しなのに、昔のラジオDJのオープニングナレーションの物真似をフルでやり終えるまでノロノロ運転で走り続けたとか(どれも実話です)。

 つまりこの世には、うっかり村の愉快な仲間がたくさんいるのです。

 そんなわけでなるべく時間の読める電車を使うようにしていますが、タクシー移動せざるをえない時には、交通事情で遅れることも。実は以前、かなり早めに出たにもかかわらず高速の事故渋滞で遅れてしまったときに、こう言われました。

 「やっぱり遅刻しましたね! 小島さんの密着、テレビで見ました。だから今日も遅れてくるかなーと思ってたんですけど、ADHDって、ほんとに遅れるんですね。でも大丈夫です、怒っていませんよ。わかってますから安心してくださいね」。きっと、恐縮している私に気を遣ってくれたのだと思います。障害だから仕方ないよね、理解しているよと。

 だけどなかなか複雑な気持ちでした。うーん、確かに私はADHDの特性の影響で時間に間に合わないことがあって困っているけど、今日はそれとは違う理由なんだよなあ。でもそう言ってもきっと、言い訳だと思われるのだろうな。遅れたこと自体がビジネスマナー的にダメなのだから、この人にとって理由は関係ないだろうしな。職場で「ADHDの小島慶子、ほんとに遅れて来たのよ!」とか話すのかもなあ。なんだろうこのモヤモヤした気持ち……。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

「障害の社会モデル」とは

 ADHDなどの発達障害は、周囲を困らせる障害だと思われているんじゃないかと思います。他人に迷惑をかけていることを自覚できない障害だと。だから「ああこれが発達障害ってやつですね、わかってますよ」と許してあげる。みんなを困らせている「困った人」を受け入れてあげるのが、障害を理解することだと考える人もいるでしょう。

 もちろん、理解しようとする気持ちは大事です。でもね、実は、本人も困っているのです。困っている人に「許してあげる」っていうのは、理解したことになるのかな。障害を持つ人と接したときに、その人の存在が周囲の人にとって障害だと考えるのか、その人が社会で生きていく上で色々な障害にぶつかっていると考えるのか。後者の捉え方を障害の「社会モデル」と言ったりします。

 車いすの人もADHDの人も、色々な理由で時間に遅れることがあります。車いすで上がれるスロープがなかった、時間の認識が上手にできなかったという場合もあれば、道路の渋滞や、電車の遅延に巻き込まれることや、集合時間の連絡が間違っていたなんてことも。障害者が遅刻したらそれは障害のせいと決まっているわけではないのです。

 障害は、その人の一番目立つ特徴かもしれませんが、その人の全てではありません。何をしても「ああ障害者だからね」と思われることを、しんどく感じている人もいます。私もやることなすことADHDと関連づけられると、正直うんざりします。人生をADHDで説明することなんてできないし。

 でも遅刻しておいて「いやこれは事故渋滞が理由で、私の障害のせいではないのですよ」と言うのも気が引けます。障害のせいと思った相手に悪気はないのだから、まあ「ありがとうございます」と言っておくかと思っています。

 こんなことを書くと、障害者のくせに生意気だ、感謝が足りないと思う人もいるかもしれませんね。では障害のない人に「体調が悪くて遅れたんでしょ? わかってるよ」と言ったら「いや、遅れたのは電車が止まってたから。体調は関係ないですよ」と言われた時にも「生意気だ、感謝が足りない」と思いますか。思うにしても思わないにしても、なぜなのかを掘り下げてみるといいでしょう。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

「障害探し」に気を取られてしまった母に……

 発達障害は目に見えない障害なので、傍目(はため)には本人が何に困っているのかがわかりません。だからつい、目に見える証拠を探そうとして「あ、この行動はきっと障害の表れだ」と思ってしまうのだと思います。

 私の障害について知ろうと関連する本を読んだ母は、いっとき、会話している時に「あ、今のは過剰よ慶子、それが障害ね!」「ほら、今のもきっと」などと言うようになりました。

 「ねえママ、私は前からこういう私だよ。障害があると知った途端に、私のどこが障害なのかばかり言うようになったのは悲しいよ。どこが障害でどこが障害じゃないかなんて私にはわからない。全部私だよ。前と変わらずママの目の前にいるんだよ」という話をしたことがあります。今ではそんなことは言わなくなった母ですが、やはり最初は、自分の娘が障害者だというのがピンとこなくて、「障害探し」に気を取られてしまったのだと思います。

 人が行動するときには、その人の持つ様々な要素と、身体やメンタルの状態、周囲の環境とが影響しあっています。だから「遅れる」ということひとつとっても、原因は単純ではありません。障害が影響しているのかもしれないと考える視点は大事ですが、それが全ての原因ではないと知っておくことも大事です。

 なんだよ、障害を知ってくれというからわかったといえば、いやそこは違うとか全部がそうじゃないとか、うだうだ言ってめんどくせえ! お前の気に入るようになんか理解できないよ! 私は誰にも理解されてないけど、それで文句を言ったりはしないよ? 障害者だけが特別に理解してもらって当たり前みたいなこと書いて、何様だよ……と思ったあなた。あなたが誰にも理解されないことと、障害者が障害について知ってほしいと言うことに因果関係はありません。あなたの孤独は、障害者のせいではない。

 障害者は何かと世間から気にしてもらって、ずるいと思うのかもしれませんね。

 それには長い排除の歴史の中で、障害を持つ人たちが偏見や差別と闘いながら声をあげてきた経緯があるのです。そして今も、自分の体験を語ることで、そうした偏見をなくしていこうとする人たちがいます。私も、せっかく小島さんの体験を書いてくださいと機会をもらったのなら、読んで良かったと言ってくれる人がいたらいいなという気持ちがあります。

 もしもあなたが、障害者ばかりかまってもらってずるい、自分は誰にも大事にされていないのに! と思うなら、悩みを安心して話せる場があればいいなと思います。気持ちを吐き出して、弱みを見せられる相手がいればいいなと思います。

 私は菩薩(ぼさつ)様ではないので、今ムカつきながらこれをうっかり最後まで読んでしまったあなたの苦しみを癒やすことはできないし、どんなに八つ当たりされても受け入れてあげようなんて全く思わないけど、あなたの身近なところに誰か一人でも、話を聞いてくれる人がいますようにと、遠くから願っています。

(文・小島慶子)

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

小島慶子(こじま・けいこ)

エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。

 
  withnewsでは、小島慶子さんのエッセイ「Busy Brain~私の脳の混沌とADHDと~」を毎週月曜日に配信します。

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