連載
#22 WEB編集者の教科書
スローガンは「少年ジャンプを超える」 少年ジャンプ+の嬉しい誤算
「売上に直結しない」けど、できるだけ多くの読み切りを載せる理由
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」の仕事も多種多様になりました。新聞社や出版社、時にテレビ局もウェブで情報発信し、一方、ウェブ発の人気媒体もどんどん登場しています。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも、もはや珍しいことではありません。
情報が読者に届くまでの流れの中で、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画として、『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタートしました。当連載の第22回に登場いただいたのは、集英社「少年ジャンプ+」編集長・細野修平さんです。
紙雜誌において日本一の発行部数を誇るマンガ誌『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)の看板をかかげ、2014年にスタートしたマンガ誌アプリ『少年ジャンプ+』。『週刊少年ジャンプ』デジタル版の販売のみならず、最新話の閲覧数が100万閲覧を超えるオリジナル連載作品の配信など、新たなヒット作や作家が続々と生まれ、存在感を強めています。デジタルの媒体でもヒットを創出し続けられる才能の「発掘」と「育成」の仕組みとは、いったい何なのでしょうか。(取材・執筆=黒木貴啓、編集=鬼頭佳代/ノオト)
少年ジャンプ+編集長・細野修平さんの極意
・新人作家の挑戦の場を作り、オリジナル連載でヒットを目指す
・「週刊少年ジャンプが読める」以上の付加価値で定期購読者を増やす
・「好きになる力」は編集者の武器になる
『少年ジャンプ+』(以下、ジャンプ+)は、集英社より『週刊少年ジャンプ』系列のマンガ誌アプリとして2014年9月に立ち上がりました。
「創刊時のキャッチコピーは『少年ジャンプを超える』。創刊時は、週刊少年ジャンプ編集長がジャンプ+の編集長を兼任。専属スタッフは4人だけでしたね」
そう振り返るのは創刊メンバーの1人であり、現少年ジャンプ+編集長の細野修平さんです。
とはいえ、長年築いてきたやり方を抜け出し、新しい場所から“ヒット作品を生む”のは至難の技。ジャンプ+では、そこをどう乗り越えてきたのでしょうか。
従来のジャンプ系編集部の新人発掘のきっかけは、作家による編集部への持ち込みがほとんど。マンガ賞への応募作品や、マンガ家を目指す学部や学科のある専門学校や大学の巡回などもしていたものの、始まったばかりの「ジャンプ+」に作家が集まるかは未知数でした。
また2010年代前半は、個人サイトやブログなどデジタルの場で作品を発表した作家さんが頭角を現している時期でした。「デジタル界では、ジャンプは作家さんとの窓口をうまく作れていないんじゃないか」と危機感を抱いていた細野さんたちは、ジャンプ+を『デジタル界のジャンプの出島』のような存在にすることを目標に掲げ、次の打ち手を検討していきます。
結果、ジャンプ+と同時に2014年に立ち上げたのが、マンガ投稿・公開サービス『ジャンプルーキー!』です。
『ジャンプルーキー!』は単なる作品の投稿場所ではなく、編集者がいいと思った投稿作品にスタンプを押したり、作家へ直接フィードバックを送ったりすることも可能。編集者から評価がもらえる場所として認知を広げていきます。
これまでに各ジャンプ系マンガ誌で読み切り作品を掲載した『ジャンプルーキー!』出身の作家は156名。ジャンプ+で連載したのは63名、『週刊少年ジャンプ』で掲載したのは9名と、多くの作家がデビューしてきました。
作品投稿数は右肩上がりで、2020年には月平均の投稿数が3000話に到達。ここまで多くの作家が集まる理由は、従来多かった「マンガで食べていきたい」欲求とは別のモチベーションに起因するのではないかと細野さんは分析します。
「作品数が増えてきたタイミングで作家さんにアンケートを取ってみたところ、意外にも『自分の作品をできるだけ多くの人に読んでもらえることが目標』という声が多かったんです。『ジャンプルーキー!』は、ヒットやお金を目標とする人の陰に隠れていた、作家さんの『作品を読まれたい』というモチベーションに合っていたのかなと思います」
もう一つ、新人発掘の原動力となっているのが、多様なマンガ賞の開催です。一般マンガ誌のような月例賞に加え、紙とペンだけで描いた作品だけをあえて募集する「アナログ漫画賞」や、作品テーマを"お仕事”のみに絞った「お仕事漫画賞」など、新しいマンガ賞を年に4、5回行っています。
「新しいマンガ賞を作ると、新しい投稿者が生まれ、作品の多様性につながるんです。例えば、『アナログ漫画賞』には、意外にもデジタルネイティブ世代の若い作家さんがたくさん応募してくれたんです。よく考えるとデジタル機材をそろえるにはお金がかかります。その点、紙とペンは買い揃えるハードルが低い。まだまだアナログ画材は廃れてないんだな、と発見がありました」
「掲載を確約している」マンガ賞を数多く開催できるのもデジタル媒体ならでは。入賞作品を発表するスペースに限りがある紙面に対し、デジタルはその制限がありません。
賞をとった作家のさらなる成長の場として、ジャンプ+は読み切り作品を載せることにも力を入れています。その数は年間150本、マンガ賞の入賞作品などもあわせると200本以上。『週刊少年ジャンプ』の年間50~70本ほどと比べると圧倒的です。
「読み切りを載せるくらいなら連載した方がいいのでは、という意見も最初はありました。けれど、やはり新人を育てるには読み切りをたくさん描かせるのが一番いい。編集部としても何も考えずに載せているわけではなく、作家と担当編集がしっかりチャレンジしている作品かどうかを大事にしています」
読み切りを描く意味は作家によって異なります。画力や構成力をあげるためにたくさん描くことが大事な時期の人もいれば、連載の種を見つける時期の人、連載が終わって次にどうすべきか考えるために描いてみる作家もいます。
とはいえ、ジャンプ+の読者は連載を追いかけている人が大半で、読み切りはそこまで読まれないというシビアなデータも。さらに話売りもコミックス販売もできないので売上にも直結せず、「正直に言うと、読み切りを載せるほどコストは増えてしまう」といいます。それでも、読み切りを載せ続けるのは、将来を見据えてのことでした。
「我々にとって、作家さんそれぞれのステージに合わせた挑戦と失敗を重ねられる機会を提供するのは、一番大きな将来への投資なんです。これからも、ずっと続けていくつもりです」
そんな挑戦を続けるうちに、ジャンプ+の読み切りがTwitterやはてなブックマークなどで話題になり、多くの読者の目に留まる作品も出てきました。
「最近は『ジャンプ+の読み切りだから読んでみよう』といった、ブランドへの信頼感が出てきている印象があります。嬉しい誤算ですね」
マネタイズの面を見ると、ジャンプ+の収益源は大きく4種類。もっとも大きな部分を占める『週刊少年ジャンプ』デジタル版の販売、そしてオリジナル連載作品のコミックス販売、話売り、広告収入です。
『週刊少年ジャンプ』デジタル版の定期購読者数は『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の最終回が掲載された2020年5月ごろにピークを迎え、一度は下がったものの、コロナ禍を経て再び増加傾向に。2021年3月時点では過去最高を更新しているといいます。
「『鬼滅の刃』読者の中には、定期購読をきっかけに『ジャンプにはほかにも面白い作品が載っている』と気づいた方もいるんじゃないでしょうか。例えば、最近はアニメ『呪術廻戦』(原作・芥見下々)が大人気です。『原作はジャンプで連載されてるんだ』と気づいて、コミックスを最新刊までたどって、ジャンプを読みはじめる。こういう盛り上がりが生まれたとき、デジタル版だとすぐ手を伸ばせていいのかなと思っています」
このほか定期購読者を増やす戦略として、『週刊少年ジャンプ』を読める以外の“付加価値”を高める施策にも取り組んでいます。現在は、ジャンプ関連の2.5次元舞台作品のチケット先行販売や、限定グッズの応募者全員サービスなどを実施。それらに加えて、増刊『ジャンプGIGA』や定期購読者限定の作品を読むことができます。
「以前、デジタル版の担当者が『子どもの頃から紙のジャンプを読み続けている人は、すでにジャンプ自体がライフスタイルに組み込まれている』と話していました。デジタル版でもサブスクリプション会員になっていることが、生活におけるステータスになるといいな、と。今後は、過去の連載作品のグッズが買えるなど、ジャンプコンテンツを楽しめる幅を広げていきたいです」
またジャンプ+には、連載中のオリジナル作品が“各作品一度は全話無料で読める”画期的なシステムも用意。『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』といった話題作も、アプリをダウンロードすれば最新話まで無料で追いつけてしまいます。
「普通、面白くなるところまでは無料で読めて、続きは有料ですよね。ジャンプ+のオリジナル作品に関しては、まずはたくさんの人に読んでもらってファンを増やすことを重要視していて、マネタイズはその後からでいいというスタンスです」
「マネタイズを優先するなら、無料で読ませない方がいいのかもしれません」と苦笑する細野さん。それでも、単行本が大きな売れ行きを見せている背景については、両作品の読者の年齢層が幅広く、クレジットカードを持たない低年齢層も購入しているのではないかと分析します。
「テレビに近い発想ですね。視聴者は無料で番組を見て、人気と共に視聴率があがったら広告料が増える。同じように、マンガは無料で読んでもらい、人気が出たらコミックスやグッズが売れたり、メディアミックス化されたりと別の手段でマネタイズできます。そこにうまくはまってきた印象がありますね」
これからのWEB編集者のキャリアについて尋ねると、「マンガ編集者も名前を出して仕事をしていくケース」が増えていくのではないか、と見立てています。
例えば、『青の祓魔師』(加藤和恵)や『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)、『チェンソーマン』(藤本タツキ)といった人気作品の連載を立ち上げたジャンプ+の編集者・林士平(りん・しへい)さん。敏腕編集者として一般の読者から注目され、Twitterのフォロワー数は9万人を超えています。立ち上げから担当していた『チェンソーマン』については、林さんの意味深な予告ツイートがたびたび話題となっていました。
『チェンソーマン』最新96話「こんな味」本日発売の週刊少年ジャンプに掲載。
— 林士平(りんしへい) (@SHIHEILIN) December 6, 2020
奪命…
決着…⁉︎
死が
終末を彩るーー…
次週、最終回です。
どうか最後まで読んで頂けたら幸いです。
次号、重大発表もございます。
また今週、それとは別の「嬉しいニュース」もあります。
どうぞ、ご期待下さい。 pic.twitter.com/0k4wgBfL87
「作品を紹介するときに、担当編集が林であることをアピールポイントとして捉えてくださるメディアさんもあるくらいです。これからの編集者には、自分の名前で仕事していくことを目指す道もあるなと感じています」
一方で、従来のジャンプ編集部のように、マンガ編集者個人が黒子として媒体のブランドづくりに徹し、集まってきたさまざまな作家と仕事をしていくやり方もある、といいます。
「これからも『ジャンプ』のブランドのもとにさまざまな作家さんが集まってくれれば、多様な作品が生まれるでしょう。しかし、編集者が個人で仕事をすると、一人の価値観だけになってしまう。その状態で、幅広い作品を生み出しつづけるのは大変なこと。だから編集者には黒子として、媒体のブランドを高めていく役割を担っていくやり方もあると考えています」
編集者個人としての露出を増やしながらも、媒体のブランドづくりにも徹せられる、ハイブリットな編集者も活躍していくかもしれません。
最近では新たに、デジタルを使った新しいマンガビジネスにも挑戦。2017年からは、外部のパートナーとともにアプリ開発コンテストを実施しています。
2020年には、斬新なアイデアを持つスタートアップ企業や起業家と協力し、新しいマンガビジネスを生み出す事業共創プログラム「マンガテック2020」を開始。編集者の新たな役割として、ビジネスを立ち上げることも求められ始めています。
最後にWEB編集者に求められるスキルを尋ねたところ、「スキルとはまた違うのですが、"好きになる力”が強いことでしょうか」と答えが返ってきました。
「何かにドハマリしていたり、好きなものを人に自信を持って勧めたりとか、好奇心を持ってどんどんハマっていける人は強い。周りにいるヒットを飛ばしているマンガ編集者には、作家さんの才能に惚れ込む力があるんです。本人は力とかスキルとかじゃなく純粋に好きだと思っているだけなんでしょうけど(笑)。そういうことが、結果に返ってきている気がします」
少年ジャンプ+編集長・細野修平さんの極意
・新人作家の挑戦の場を作り、オリジナル連載でヒットを目指す
・「週刊少年ジャンプが読める」以上の付加価値で定期購読者を増やす
・「好きになる力」は編集者の武器になる
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