IT・科学
アイデンティティが大好きな社長が踏み切った「定額お笑い配信番組」
「無料と有料、両方が成長していく」芸人とネットの親和性、勝算は?
個人や少数のライブ配信が主流を占める中、“定額制サービスのネタバトル番組”という珍しい形態に挑戦しているのが「お笑いジャッジ」だ。太田プロダクションの芸人、タレントが多数出演するこの番組は、2021年3月から動画コミュニティプラットフォームOPENREC.tvでスタートした。なぜ今、お笑い番組のライブ配信を行うのか。「無料と有料、両方が成長していく」。自身もお笑い好きだという運営会社の社長に〝勝算〟を聞いた。(ライター・鈴木旭)
話を聞いたのは、番組の企画・制作を手掛ける株式会社CyberLiG 代表取締役社長・夏川登志郎さんです。
――まずは「お笑いジャッジ」が立ち上がった経緯を伺えますか?
私たちは動画系のサブスクリプションサービスや、タレントさんのDX(デジタルトランスフォーメーション)であったりと、いわゆる「デジタル分野にシフトする」ことを手がけてきました。
このコロナ禍で通常行っていたライブ、ファンとの交流の機会っていうものがなくなってきている。単純にタレントさんの活動の場が失われていると思いました。そこで、「ITの力を使えば全国の人たちに発信できますよ」ってことをご提案して、新たなエンタメ事業を構築できないかと考えたんです。
――数ある芸能事務所のうち、なぜ太田プロダクションだったのでしょうか?
もともと親会社のサイバーエージェントグループとして、太田プロさんと関わり合いがあったんですよ。せっかくならネット事業に関心がある事務所さんとちゃんとした物作りをしたい。その思いでお声掛けしたのが一つめの理由です。
それともう一つ、僕はアイデンティティさんがめっちゃ好きで(笑)。よく彼らのYouTube動画を見て笑ってるんですよ。そんな面白い芸人さんがいる事務所ということもあって、太田プロさんにご提案してみようとなりました。太田プロさんも「ニーズがあれば」というお話だったので、一度お試しでやってみましょうという流れになったんです。
――2021年3月から月2回のペースでお笑いジャッジの配信を行っていますが、実際にスタートしてみて反響はいかがですか?
最初に見るのは、今までライブにきていた方ですね。最初は、ネットとのギャップみたいなものがあったと思いますが、世の中が変わりつつあって、何度か配信しているうちにネットのお笑いライブも定着してきたなという感じはします。
少しずつコロナ禍の状況も変化しているので、そこは創意工夫が必要かもしれません。ほかの番組を立ち上げるにしても、少し観覧のお客さんを入れたりするなど、やり方はいろいろあるかなとは思いました。
――ライブ配信というと、少数の出演者だからこそ濃いファンを獲得できるイメージがあります。お笑いジャッジは複数の芸人さんが出演する“番組”ですが、そのあたりの不安はありませんでしたか?
お笑いジャッジ以前から、OPENREC.tvで番組系の配信はあったんですよ。ただ、やっぱり個人チャンネルの方が熱量の高いファンがつく。そっちが主流になっている中で、「番組形式でいかに熱量を高くできるか」っていう方向に振り切るのは一つの挑戦でもありました。
僕自身の話をすると、過去にライブ配信プラットフォームの運営もやったことがあるんです。その中で感じたのは、“THE 番組”みたいな形をとると、ファンの方とのコミュニケーションが減ってしまうということ。これにどう対応できるかを探る意味でも、お笑いジャッジはメリットがあると考えています。
もちろんタレントさんを起用するわけですからブランディングが必要になります。そことユーザーのコミュニケーション、どこで折衷案をとっていけばいいんだろうとなった時に、やっぱり番組がいいんじゃないかなと。太田プロさんからも「若手の成長のためにもなる場がほしい」というご要望があったので、だったら番組をチャレンジしてみようとなりましたね。
とくに今は、半ば強制的に人と会えない時代。インターネットの番組としてはチャンスだと思いました。やるなら今だという気持ちでスタートさせたところはありますね。
――同じサイバーエージェントにはAbemaTVがあり、そのほかツイキャスやSHOWROOM、17LIVEもライブ配信で人気を博しています。その中、OPENREC.tvを選んだのはどんな理由からですか?
もちろん同じサイバーエージェントグループってこともあります。ただ一方で、LINELIVE、SHOWROOM、17LIVEとも提携させていただいていて、それぞれのよさがあるんですね。
たとえばSHOWROOMならアイドルさんに特化している。17LIVEなら一般ユーザーが有名になる傾向があって、LINELIVEはティーンズ系の方が人気になりやすい。そういうプラットフォームの色がある中で、OPENREC.tvはタレントさんのブランディングをすごく大事にしていたんです。それで、お笑いジャッジをOPENREC.tvで配信しようとなりました。
――各プラットフォームで個性が出ているのは面白いですね。どんなふうに特色が決まっていくんでしょうか?
各社が意図的に方向性を決めたというよりは、有名配信者が出てきた時に「どういう分類に当てはまるか」によって文化が形成されている感じですね。もちろんプラットフォーム自体の狙いもあるでしょうけど、スタート後にどんどんPDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクト)を回してやってるので、結果的に配信者や視聴者の色にならざるを得ないというか。
今のところ、OPENREC.tvのように、ゲーム配信とタレントさんの配信に特化しているところはあまり多くはない。そう考えると、国内ならOPENREC.tvが一番やりやすいのかなっていうのはあります。
――ここ3年でYouTubeに参入する芸人さんが激増しました。夏川さんは、ネットとお笑いの相性についてはどう考えていますか?
やっぱり動画って自宅でテレビ越しにじっくり見るというよりは、移動中とかのスキマ時間で気軽に見てクスッて笑えるのが大事だと思うんです。YouTubeやTikTokをやっている芸人さんたちも、割と短い動画を上げる方が多いんですよね。ネタなら3分ぐらいだったりしますし。
「見やすい」「クスッと笑える」「共感できる」っていうところを考えても、お笑いとネット動画の親和性はとても高いと考えています。“THE YouTuber”の方たちって編集をしないとコンテンツにならないみたいなところがあるんですけど、アイデンティティさんの動画はほとんど撮って出しの状態なのにすごく面白い。そういう意味でも、お笑い芸人さんの動画参入は画期的だったと思います。
――YouTubeは無料のライブ配信が一般的です。今後、無料コンテンツと有料コンテンツのどちらが主流になっていくのでしょうか?
無料とサブスクリプションの両方でしょうね。僕はよく半分で分けた三角形のパネルで考えているんです。下層部の「認知」の部分はYouTubeだったりっていう無料のコンテンツ、一番上の小さな三角形はファンの熱量が高いクローズドなコンテンツ。認知を広げる施策と熱量を上げる施策、それぞれまったく別物として大きくなっていくと思います。
たとえばキングコングの西野(亮廣)さんって、無料で見られるYouTubeチャンネルとは別に、オンラインサロンっていうクローズドな座組に出られていますよね。そこでは、明け透けには言いにくいこととか、本当は言いたいけど言えないみたいな情報を提供したり共有したりしている。
無料でやるとアンチもつきやすいし、ずっとそういう方たちと付き合うのって大変ですからね。じゃあ熱量の高いファンにどう発信するかと考えた時に、一段ハードルの高い有料コンテンツが生きてくる。わかりやすい仕切りができるわけです。今後も不特定多数に向けたものとは別軸で主流になっていくと思います。
――今まで動画にしろ、音楽にしろ、定額サービスのよさって量だったと思うんです。その中、同じサービス形態で「今だからこそ見られる」というライブの価値が定着するのは時間が掛かりそうな気もします。
コンテンツの幅が広がるってことは、どれを見たらいいかわからない状態でもありますからね。ただ、結局はそこで受け入れられるようなコンテンツがトップにくる。だから、「受け入れられるコンテンツとは」って定義をどんどんつくっていきたいなと思っています。
つい半年前に人気だった動画コンテンツと今のものとではぜんぜん違いますしね。とくにTikTokが顕著なんですけど、今流行(はや)ってる楽曲が3カ月後には廃れてたりする。サイクルがめちゃくちゃ早いんです。そういう波をつくっていかないといけないし、流行ってるものに合わせてコンテンツもつくっていかないといけない。ネットは、サイクルが早いほうがサービスも活性化していくんですよね。
――そうした状況の中で、お笑いジャッジをどんなふうに盛り上げていきたいと考えていますか?
インターネットから何かを発信すること自体は、主流になってきているとは思うんです。ただ、発信したものをたくさんの人に見てもらうとか、お金を払って見てもらうところの定着化みたいなものがまだ進んでいない。
そういうところを今回のお笑いジャッジやほかの番組を含めて発信していきたい。ネットを通じて、さらにいろんなユーザーさんがつくような文化を拡大していけたらと思っています。
お笑いのライブ配信というと、吉本興業の「FANY」が真っ先に思い浮かぶ。ライブごとのPPVだけでなく、「FANYチャンネル」では劇場公演に加えて、関西ローカル/地方局の番組、オリジナル番組も提供する定額制サービスを行っている。“お笑いの総合商社”たる強みが遺憾なく発揮された形だ。
一方のお笑いジャッジは、そうした後ろ盾がない中での番組。日々知恵を絞りながら、ライブ配信の定石を更新しようとしている。ただ、いつの時代もこうした小さな挑戦こそが明日の常識につながっていったはずだ。数年後、番組系のサブスクリプションが盛況し、その起点に立ち会ったという未来を秘かに期待している。
1/3枚