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売れないアイドルを経て人気作家に、大木亜希子さんを救った読書体験
「ジャケ買いOK、若い人こそ本を買って」
ネットを使えば手軽に無料で情報が得られます。特に、お小遣いをやりくりする小学校や中学、高校の子どもにとって、お金を出して本を買うきっかけが作りにくい時代です。そんな中、熱心に読書をすすめるのが俳優やアイドルを経て作家として活躍する大木亜希子さんです。「ジャケ買いOK、あなたが悩んでいることはすでに本にある」。ネット時代、あえて読書をすすめる理由を聞きました。
ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で俳優デビューした大木さん。アイドルグループSDN48のメンバーとして紅白歌合戦にも出ました。アイドル引退後、会社員生活を経て、ライターとして活動。最近では小説も発表しています。
14歳で芸能界に入った大木さんですが、アイドル時代は自身の置かれた環境と本当の自分との間にあるギャップに悩んだと言います。
そんな時、救ってくれたのが、本でした。
「吉本ばななさん、さくらももこさんのエッセーを繰り返し読みました。本を読むことで、正しい自分を思い出せたんです。音の振動数を測る音叉(おんさ)のような存在でした」
移動中のバス、メンバーの中で1人、本を開いていたそうです。
「選抜メンバーに入れるかどうか、常に競争にさらされる大変な環境でした。でも本を開けば、その世界に行けました。旅行のエッセーを読みながら、比喩レベルではなく本当に書かれている場所に〝飛んで〟いけたんです」
アイドルを辞めた後は、ウェブメディアでライターをしていたこともある大木さん。ウェブの便利さをわかっているからこそ、若い人には「本を買ってほしい」と訴えます。
「作者が命をかけて書き、編集者や校閲の手を経て出来上がるのが一冊の本です。何重ものフィルターによって砂から砂金が選ばれているようなもの。こんなに便利なツールはありません」
大木さんが本のよさとしてあげるのが「文脈」があることです。
「本の中身は部分的に切り抜けません。全部を読んではじめて伝わるメッセージがある。検索は便利ですが、ピンポイントの情報だけでは得られない価値が本にはあります」
大木さんは、今年3月から始まった岩波書店「岩波ジュニアスタートブックス」の新刊『ミライを生きる君たちへの特別授業』(7月28日発売)では、昨年、大木さんが中学校で講演した際の採録が掲載されています。
大木さんのテーマは「生き方はひとつじゃない」。様々な苦労をして、新しい道を見つけるまでの経験がまとめら書かれています。
「売れないアイドル」だったとしても、その経験を「第二の人生」でいかせればいい。そんな思いから『アイドル、やめました。』(宝島社)を出すまでにいたった経緯が語られています。
アイドルを辞めて清掃の仕事をしたり、会社員として営業に出たりする慣れない日々に悩み続けた大木さん。そんな時、力になったのが読書でした。
中でも2008年に亡くなった飯島愛さんが書いた『PLATONIC SEX』(小学館文庫)は活字の力を教えてくれた一冊だったといいます。
「生きているような息づかいを感じられる。亡くなっている人も息を吹き返す。本は、いつでもその人に出会えるんです。本でなければ、吸収できない魂の軌跡を受けとることができました」
『ミライを生きる君たちへの特別授業』を出版する「岩波ジュニアスタートブックス」編集長の山本慎一さんによると、これまで岩波書店では子ども向けに「岩波ジュニア新書」がありましたが、どちらかというと「読書に熱心な子」向けで、学習マンガや図鑑のあとに読むシリーズがないという課題があったそうです。
そのため、「岩波ジュニアスタートブックス」は大きさはB6判と、新書より一回り大きく、ページ数もジュニア新書の208~256ページ程度の半分にしています。
「読書好きで本をたくさん読みたい、という子じゃなくても、興味のあるテーマに手が伸びるような本を目指しました。このシリーズで広く社会に触れ、多様なものの見方や考え方に出会ってほしいと思っています」と山本さんは説明します。
まさに「多様な生き方」を体現してきた大木さん。読書に接点がなかった人には「ジャケ買いでも全然いい」と呼びかけます。
「ネットの評判をうのみにせず、表紙のさわり心地だったり、タイトルの響きだったり、帯の文言でもいい。外観でピンときた本なら、そんなに失敗はないですよ(笑)」
失恋してどん底にいた時、大木さんは、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)について書かれた本を読むことで、「どう処理していいかわからない感情」に対処できたそうです。
「あなたが悩んでいることすでに本にある。人生に対応できないと思ったことは、全部本に書いてあるんです」
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