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連載

#30 金曜日の永田町

改ざん前夜、財務省内で交わされたメール「ことが終わったら…」

削られていった昭恵さんの名前

「私や妻が関係していれば、首相も国会議員も辞める」と答弁した衆院予算委員会での安倍晋三首相(当時)=2017年2月17日
「私や妻が関係していれば、首相も国会議員も辞める」と答弁した衆院予算委員会での安倍晋三首相(当時)=2017年2月17日 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.30) 2021.6.29】
6月16日に閉会した通常国会では国会軽視が相次ぎ、官僚たちの保身や不祥事の隠蔽が目立ちました。民主主義社会の基盤を掘り崩していくそうした政治の在り方の源にあるのは――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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国側が答えなかった「公益性」

「公益性」とは何かを問う訴訟の判決が6月21日、東京地裁でありました。

映画『宮本から君へ』に対する助成金を、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」が一転して不交付にしたことをめぐり、製作会社のスターサンズが取り消しを求めたものです。

この助成金は、2019年3月に1千万円の交付が内定し、製作会社に通知されていました。ところが、出演者の一人、ピエール瀧さんが麻薬取締法違反で執行猶予付き有罪判決を受けると、振興会側は同年7月になり、「公益性の観点から適当ではない」といって不交付を決めたのです。これに対し、スターサンズが同年12月、「専門家の審査を経て内定した助成金を、『公益性』というあいまいな言葉で不交付にするのは、表現の自由を保障する憲法21条に違反する」と提訴していました。

映画の内容は薬物使用と全く無関係で、ピエール瀧さんの出演時間は全129分のうち約11分。それにもかかわらず、振興会側は、「助成金を交付したら、国が薬物濫用に寛容である、といった誤ったメッセージを発信したと受け取られ、その結果、違法薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれがある」といって、助成金不交付の正当性を主張しました。

しかし、東京地裁の判決は次のように指摘しました。

「公益性は多義的な概念である上、具体的にどのような場合であれば公益に反するのかの判断も個別の事案や価値観等によって分かれ得ることから、公益性を理由に交付内定の取消し又は不交付決定をすることは、その運用次第では、特定の芸術団体等に不当な不利益を与え、あるいはその自主性を損ない、ひいては芸術団体等による自由な表現活動の妨げをもたらすおそれをはらむものであることを否定することができない」

振興会が「公益性」という概念を持ち出した危険性を指摘したうえで、「裁量権の範囲の逸脱または濫用にあたり違法」と判断。振興会に不交付の取り消しを命じたのです。

『宮本から君へ』に対する不交付が決まった2019年夏は、スターサンズが公開した別の映画作品が話題になっていた時期でした。安倍政権下で起きている森友・加計学園問題や、準強姦事件のもみ消し疑惑などをとりあげ、のちに日本アカデミー賞を受賞した『新聞記者』です。様々な臆測が飛び交い、表現の萎縮を生みかねない状況がつくられました。

文化芸術表現の未来のために、「萎縮」の連鎖を断たないといけない――。スターサンズ代表の河村光庸さんのそうした思いが込められた訴訟でした。

「勝訴できて、よかったですね」

スターサンズの新作映画の試写会が行われた6月23日。受付で見かけた河村光庸さんに声をかけました。7月末から公開が始まる今度の作品は『パンケーキを毒見する』。菅義偉首相の素顔を、シニカルな視点で映し出した政治バラエティ映画です。

「ありがとう。ほんと、よかった。でも、国側は、文化芸術における『公益性』とは何かについて、最後まで答えなかったんだよな…」

映画「宮本から君へ」の助成金不交付の取り消しが命じられた判決後、記者会見に臨む製作会社スターサンズの河村光庸社長(中央)ら原告団=2021年6月21日、東京・霞が関、小峰健二撮影
映画「宮本から君へ」の助成金不交付の取り消しが命じられた判決後、記者会見に臨む製作会社スターサンズの河村光庸社長(中央)ら原告団=2021年6月21日、東京・霞が関、小峰健二撮影 出典: 朝日新聞

接待官僚の退場

河村さんは訴訟を闘うなかで、「憲法は国民を制約するものではない。多くの官僚、政治家を規制し、制約するものだ」とよく口にしていました。民間に対して、「公益性」という言葉を幅広く解釈して、制約をかけてくる一方、「公益性」を担う政府内のモラルが崩れています。

6月25日、経済産業省のキャリア官僚2人が詐欺容疑で警視庁に逮捕されました。

コロナ禍で売り上げが減った中小企業の関係者を装い、国の「家賃支援給付金」を約550万円だまし取っていた疑いです。この給付金は、中小企業や個人事業主の倒産を防ぐために同省が打ち出した施策で、迅速な給付を優先するため審査を簡素にしていました。自らの役所がつくった制度を悪用するという異常な事態です。さらには、経産省は同じ25日、国会内のトイレで発覚した盗撮で、同省職員が「重要参考人」になっていることも明らかにしました。

総務省でもこの日、高額接待を受けていた幹部3人の辞職が発表になりました。

吉田真人総務審議官、秋本芳徳・前情報流通行政局長、内閣官房に出向していた奈良俊哉・内閣審議官の3人です。いずれも放送関連会社「東北新社」などから高額接待を受けて国家公務員倫理法違反の懲戒処分を受けていました。

東北新社の部長だった菅さんの長男らによる総務省幹部への違法接待が発覚したのは今年2月。東北新社は同月26日、社長の引責辞任や接待に関わった執行役員や取締役の解任・辞任を発表しました。

また、総務審議官時代に菅さんの長男らから1人7万円超の接待を受けていた山田真貴子・内閣広報官が3月1日、「体調不良」を理由に辞職。菅さんの「懐刀」と呼ばれ、次の総務次官候補だった谷脇康彦・前総務審議官も同社などからの接待で停職3カ月の処分が決まった3月16日に辞職しました。

6月25日の定期異動で発表された3人とあわせると、東北新社からおごられた5人の官僚が辞任をしたのです。

しかし、役人たちの上に立つ政治家の責任は希薄です。

武田良太総務相に対して、野党が3月31日、衆院に不信任決議案を提出しましたが、菅さんは「武田大臣には総務省の事案について、徹底した調査をしていただいて、是非立て直しをしていただきたいと思っています」と続投させました。

「放送行政が歪められたことは全く無い」と大見えを切りながら後に撤回したり、国会で答弁席に向かう総務省幹部に「『記憶がない』と言え」と声をかけたりする真相解明に後ろ向きな姿勢が繰り返されているにもかかわらずです。

そして今月、東北新社の外資規制違反問題を検証した第三者委員会が、野球チケットなど6万円相当の接待を受けた担当課長が同社から相談を受け、違反の事実を認識した可能性が高いと認定、「行政をゆがめたとの指摘を免れない」と結論づけた時も、武田総務相は、職員が否定していることを理由に「断定できない」として処分を見送りました。

第三者委員会の報告書は、本来保存されているべき公文書も提出されず、職員から合理的な説明もなかった総務省の対応への不信がにじんでいます。「自ら行った決裁や決裁手続きに向けた準備でありながら、多くの職員が『覚えていない』との発言を繰り返した。残念な結果と言わざるを得ない」と指摘していました。

こうした真相解明に背を向けて、国民の代表が集まる国会をも軽視する姿勢は、総務省に限りません。6月16日に閉会した通常国会では、目に余る国会軽視が相次ぎました。

菅さん肝いりの「デジタル改革関連法」では、国会に提出した法案の参考資料に45カ所の誤りがあることに気づいていたにもかかわらず、政府は法案審議入りの日まで野党側に伝えていませんでした。

また、自衛隊基地や原子力発電所の周辺などで、土地の利用を規制する「土地規制法」の審議では、野党側が規制の対象地域のリストを提出するよう求めました。

「国境離島の島のリスト自体、既存のものがないと承知してます」(5月21日)
「(防衛関係施設の)リストは今、作成の途上にありまして、完成したものはない」(5月26日)

内閣官房や防衛省の幹部はこのようにリストは「ない」と答弁していました。ところが、野党の追及を受けるなか、衆院での委員会採決の日になってリストの存在を認めたのです。それでも政府側は「安全保障上の理由」を盾に公開はしませんでした。

また、法務省では、スリランカ人女性が入管施設で死亡した事案について、容体を懸念した医師が「仮放免」を勧めていた事実を盛り込まずに中間報告を国会に提出。事実と食い違うことが明らかになった後、野党が真相解明のために、施設内のビデオ映像の開示を求めましたが、法務省は「保安上の理由」などとして開示を拒み続けました。2003年に刑務所内での死亡事案で国会にビデオが開示された前例があるにもかかわらずです。

国会軽視が役人の保身、不祥事の隠蔽にも広がり、歯止めがかからなくなっているのです。

衆院予算委で立憲民主党の後藤祐一氏の質問に挙手する山田真貴子内閣広報官(当時)=2021年2月25日午前10時12分、恵原弘太郎撮影
衆院予算委で立憲民主党の後藤祐一氏の質問に挙手する山田真貴子内閣広報官(当時)=2021年2月25日午前10時12分、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

「ことが終わったらおごります」

こうした源にあるのが、安倍政権下で起きた森友学園問題をめぐる公文書改ざん問題です。首相や財務大臣など、政治家は誰も責任を取らず、官僚たちも刑事責任を問われることはありませんでした。

6月24日、改ざんを苦にして自死した財務省近畿財務局職員、赤木俊夫さんが改ざんの経緯を残していた「赤木ファイル」が国会に提出されました。

近畿財務局が学校法人「森友学園」に、近隣国有地の10分の1の価格で国有地を売却し、「原則公表」の売却額すら非公表にしている。森友学園がこの土地に開校する小学校は「日本初で唯一の神道の小学校」を掲げ、安倍晋三首相の妻・昭恵氏が名誉校長を務めている――。

朝日新聞が森友学園問題を報じたのは2017年2月9日。そして、同月17日の衆院予算委員会で、安倍さんが初めて国会で質問を受けています。提出された赤木ファイルの中には、この前夜の2月16日に財務省内で交わされていたメールが入っています。

送信主は、財務省理財局国有財産企画課の課長補佐とみられます。

安倍さんへの質問準備をしていた福島伸享さん(当時民進党衆院議員)から求めがあった森友学園に関する決裁文書について、「(野党)議員に持っていくつもりはまったくなく、秘書に電話で、契約主体は近畿財務局長でした!と伝える」「仮に物を出せと言われたら、近畿(財務局)に探させているけどなかなか……と引き取る(実害がなさそうなら、追って提出)」などと書かれています。課長補佐個人の判断ではなく、「課長了」と添えられており、「●(※黒塗り)からの深謝及びことが終わったらおごりますとお伝えください」という記述まであります。

翌17日の衆院予算委員会で、安倍さんが国有地売却について、「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と答弁。財務省内で2月26日から公文書の改ざんが始まり、昭恵さんの名前などが削られていきました。

ファイルには、当時の佐川宣寿理財局長から「国会答弁を踏まえて修正するよう指示があった」という記述もありました。

「議員の質問権を妨害するものだ」
「ウソを述べてから、それに合わせて資料が作られることになると、国会質疑は意味をなさなくなる。国会の機能を根底から覆す問題だ」

24日、非公開の衆院財務金融委員会理事懇談会で野党側から追及された財務省幹部は「反論できません」と非を認めざるをえませんでした。

衆院予算委での証人喚問で挙手する佐川宣寿・前国税庁長官=2018年3月27日、竹花徹朗撮影
衆院予算委での証人喚問で挙手する佐川宣寿・前国税庁長官=2018年3月27日、竹花徹朗撮影 出典: 朝日新聞

赤木さんの手記との落差

赤木ファイルをめぐっては、野党は昨年4月、国政調査権の一種である「予備的調査」を使って、政府に提出を求めてきましたが、政府は遺族との訴訟中を理由に、ファイルの存否すら明らかにしない対応を繰り返してきました。衆院調査局によると、訴訟を理由に、予備的調査の要求を初めて拒んだという異例の対応です。

大阪地裁が国に存否を明らかにするよう求めたことで、国会にもようやく提出されることになりましたが、提出された6月24日、安倍さんが産経新聞のコラムの写真を添えて、ツイッターで次のような投稿をしました。

《この赤木氏は明確に記している。
「現場として(森友学園を)厚遇した事実はない」
この証言が所謂「報道しない自由」によって握り潰されています。》
@AbeShinzo

たしかに、518ページにわたる「赤木ファイル」には、以下のような記述があります。

<本省において、議員説明(提出)用に、決裁文書をチェックし、調書の内容について修正するとの連絡受。本省の問題意識は、調書から相手方(森友)に厚遇したと受け取られるおそれのある部分は削除するとの考え。現場として厚遇した事実もないし、検査院等にも原調書のままで説明するのが適切と繰り返し意見(相当程度の意思表示し修正に抵抗)した>

安倍さんが強調した「現場として厚遇した事実もない」という記述については、朝日新聞をはじめ、主要な新聞が報じている内容であり、「報道しない自由」によって握り潰されているということはありません。

そのうえで考えたいのは赤木さんが生前最後に書き残していた手記の記述です。

<本件事案は、国有地の管理処分等業務の長い歴史の中で、強烈な個性を持ち国会議員や有力者と思われる人物に接触するなどのあらゆる行動をとるような特異な相手方で、これほどまで長期間、国会で取り上げられ、今もなお収束する見込みがない前代未聞の事案です>
<森友事案は、すべて本省の指示、本省が処理方針を決め、国会対応、検査院対応すべて本省の指示(無責任体質の組織)と本省による対応が社会問題を引き起こし、噓に噓を塗り重ねるという、通常ではあり得ない対応を本省(佐川)は引き起こしたのです。この事案は、当初から筋の悪い事案として、本省が当初から鴻池議員などの陳情を受け止めることから端を発し、本省主導の事案で、課長クラスの幹部レベルで議員等からの要望に応じたことが問題の発端です>

近畿財務局という「現場」ではなく、「筋の悪い事案」に応じた「本省」の主導で、売却から改ざんまでが行われた様子が浮かび上がる記述です。

近畿財務局の現場が、当初、森友学園への売却に難色を示していたことは、改ざん発覚後に開示された交渉記録からもうかがえます。

たとえば、2014年3月4日の大阪府私学・大学課と近畿財務局のやりとり。

<(私学・大学課)建物の計画図等は提出されており、建物の規模等は概ね適切な内容であると考えている。問題は資金計画と健全な経営ができるかということで、内容について説得力に欠ける状態。また、小学校名「安部(※ママ)晋三記念小学校」として本当に進捗できるのか、取扱いに苦慮している。
(財務局)状況は理解したが、本件は当局としても対応に苦慮している案件であり、引き続き相談させていただきたい>

また、同年4月15日の記録には、近畿財務局の担当者が学園側に対する不信をこのようにつづっています。

<国の対応の非難及び自己の主張の妥当性を一方的に述べるのみであり、今後も、当方指示に真摯に対応することは期待し難いという印象>

そうした経緯をたどりながら、当時の学園理事長が昭恵氏と一緒に撮影した写真を示し、「夫人から『いい土地ですから、前に進めてください。』とのお言葉をいただいた」と近畿財務局の担当者に伝えたとされる同月28日を境に、特例を駆使した貸付や売却の話が進み始めているのです。ターニングポイントと目される14年4月28日の財務局と学園側の交渉記録は「作った記憶があるという者がございます。ただ、いくら調べてもどうしても発見できなかった」(太田充・財務事務次官)として、いまだに明らかになっていません。

赤木さんの手記などを所収し、赤木さんの妻・雅子さんと元NHK記者の相澤冬樹さんがまとめた『私は真実が知りたい』には、このほかにも近畿財務局の「現場」が土地売却で抱いていた疑問や違和感を示す証言が紹介されています。しかし、政府は赤木ファイルが出てもなお、再調査に応じない考えを示しています。

<安倍首相は2017年2月17日の国会の発言で改ざんが始まる原因をつくりました。麻生大臣は墓参にきてほしいと伝えたのに国会で私の言葉をねじ曲げました。この2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場にないと思います>

これは『私は真実が知りたい』にある雅子さんの言葉です。安倍さんには、赤木ファイルの都合のいい一節だけをとらえるのではなく、赤木さんが残したものの総体に向き合って欲しいと思います。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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