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志村けんさんの驚くべき身体能力 忘れられた「動きの笑い」の価値

「子供向けじゃない、子供にもウケる笑い」

志村けんさんの銅像制作費を募るクラウドファンディングのポスター(クラウドファンディングはすでに終了)
志村けんさんの銅像制作費を募るクラウドファンディングのポスター(クラウドファンディングはすでに終了)

目次

志村けんさんが亡くなって1年あまりがたちました。あらためて過去の映像を振り返ると、最先端の映画やファッションを取り入れていたセンスを持っていたことに気づかされます。笑いの舞台で見せた身体能力の高さ。「子供向け」ではない「子供にもウケる」笑いを貫いた志村さんについて、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)を書いたお笑い評論家のラリー遠田さんと、『志村けん論』(朝日新聞出版)を書いたライターの鈴木旭さんが語り合いました。

「この人の芸を目に焼き付けたい」

対談したのは、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)を書いたお笑い評論家のラリー遠田さんと、『志村けん論』(朝日新聞出版)を書いたライターの鈴木旭さんです。

ラリー:鈴木さんの『志村けん論』を拝読しました。個人的な感想としては、とにかく鈴木さんの志村さんに対する「熱」がすごいな、と思いました。「まえがき」のところでも書かれていますが、鈴木さんにとって志村さんは特別な存在だったんですよね。 

鈴木:そうですね。特に、1996年に志村さんの番組が全国ネットのゴールデンタイムから関東ローカルの深夜帯に移ったじゃないですか。その少し前くらいから「この人は牙城を守っている」「この人の芸を目に焼き付けたい」という意識で見ていたので、すごく影響を受けていました。

ラリー:その時期にそう思っていたというのは、むしろその前の時期に夢中になって見ていたからこそ、ということですよね。

鈴木:もちろん、小さい頃は『8時だョ!全員集合』や『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』を楽しみに見ていました。『志村けんのだいじょうぶだぁ』の中期あたりで中学生になったんですけど、その頃から同級生が志村さんから離れる人と離れない人に分かれていったんです。

ちょっとませた子は、志村さんのギャグを鼻で笑うような風潮もありましたからね。僕はそう感じるのもわかるし、それだけじゃないと思うところもあるから見捨てられなくて(苦笑)、学校では話題を出さずに隠れて見ていたところはあります。

ラリー:鈴木さんは1978年生まれですよね。私も1979年生まれでほぼ同世代だから、その雰囲気はよくわかります。私たちの世代は物心ついた頃から『全員集合』を見ていて、小学生の頃に加藤(茶)さんと志村さんの『加トケン』が始まり、しばらくして志村さん単独の『だいじょうぶだぁ』が始まるから、ずっと志村さんを見て育ってきたようなところがあるんですよね。

鈴木:完全にそうですね。

ラリー:もうちょっと上の世代の人は、ドリフで加トちゃん(加藤茶)がエースだった頃を知っているんですよ。そこから志村さんがメンバー入りして、徐々に人気が出てくるという過程を見てきている。でも、自分たちの世代にとっては志村さんが最初から絶対的なエースなんです。

鈴木:そうですね。志村さんがやっぱり面白いと思っていたし、実際に面白かったです。

鈴木旭『志村けん論』(朝日新聞出版)
 

「当時はむしろ最先端で格好良い」

ラリー:『加トケン』が始まった頃は小学校低学年くらいだったので、仲の良い友達と毎日「加トケンごっこ」をやって遊んでいました。

鈴木:『全員集合』は公開生放送でしたけど、『加トケン』は2人が探偵役を演じるコントをやっていて、ドラマ仕立てだったじゃないですか。当時のTBSってドラマが強かったので、たぶんそれも関係していると思うんですよ。僕は『うちの子にかぎって…』や『ママはアイドル』のようなホームコメディー的なドラマが大好きだったんです。そういうのに似た、ちょっと温かい雰囲気とお笑いが組み合わさった世界観がすごく好きでしたね。

ラリー:2人が探偵をやっていて、同棲しているという設定なんですよね。部屋には2段ベッドみたいなものがあって、一緒に寝起きしたりする。あの男同士の自由な生活が、子供心に格好良いなと思って憧れていました。

鈴木:憧れましたね。ああいう生活様式って都会では普通だったのかもしれないですけど、やっぱりアメリカのコメディー映画とかの影響が大きかったのかなという気はします。モダンな感じというか。

ラリー:そう、当時の志村さんってモダンなんですよね。そこがドリフとの違いだと思うんです。『全員集合』では学校の設定とか多かったじゃないですか。木造のボロボロの校舎のセットが組まれていて。『全員集合』の美術の人が言っていたんですけど、あれってわざと昔ながらの古臭いイメージにしていたらしいんですね。その方がみんなが見て懐かしいと感じられるから、って。たぶんああいうのがいかりや長介さんが好きな世界観なんですよ。

でも、志村さんはいかりやさんよりも若いし、最新の映画とかもいっぱい見ているじゃないですか。だから、ちょっと新しい感覚を取り入れたりしているんですよね。『全員集合』から『加トケン』になったときに、志村さんが完全に好きなようにできるようになって、その趣味が出たんだと思います。

鈴木:『だいじょうぶだぁ』でもちょっとバブルっぽいスーツを着たりしていますからね。

ラリー:当時の最先端で、いま見るとめちゃくちゃダサいやつね。平野ノラさん的な。『加トケン』も『だいじょうぶだぁ』も面白かったけど、ただ面白いだけじゃなくて格好良かったですよね。小学生男子が見て憧れる世界観があった。

そこはもっと言っていかないといけないと思うんですよ。やっぱり今は志村さんが「古典」になっちゃっているから「昔ながらのベタな笑いをやる人」みたいなイメージもあるじゃないですか。でも、当時はむしろ最先端で、新しくて格好良いことをいろいろやっていたんですよね。

鈴木:それに関して言うと、本当に晩年までTikTokを取り入れたギャグをやりたいと言ってたみたいですから。昔からそういう流行にはすごく敏感な方だったと思います。

ただ、コントそのものについては原始的なところに落とし込むのが好きというか、誰にでもわかるものが好きだったので、そのイメージが強いのかもしれないですね。

ラリー遠田『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)
 

原点に三木のり平さん、由利徹さん

ラリー:志村さんのキャラとかギャグの多くにはネタ元があるじゃないですか。鈴木さんの本にも書かれていましたけど、「変なおじさん」のメロディーは「ハイサイおじさん」で、ネタの大枠は植木等さんの「お呼びでない?」だったりとか。志村さんはあらゆる演芸や映画や音楽の要素をつまみ食いして、それをアレンジして自分のものにしているんですよね。

その中にはすごく古いものもあれば、最先端のものもあって。志村さんのフィルターを通すことで、そこからオリジナルな世界観が生まれているんです。

鈴木:これは本でも書きましたけど、志村さんの原点には三木のり平さん、由利徹さんなどの喜劇役者の世界があると思うんですね。ドリフの前に由利さんに弟子入りを志願して断られたという経緯もありますし。もちろん音楽好きということもあって、ドリフに入って音楽を使ったコントもやってますけど、最終的には原点に向かったのかなという気はします。

由利さんもそうですけど、座長公演をやるような方は晩年に人情喜劇へと傾倒するケースが多いんですよね。志村さんは『だいじょうぶだぁ』の時期に、一度はそっちに行こうとしていたんだと思います。ただ、それが時代の空気と合わなくて、当時のバラエティーとの乖離を早めた気がするんですよ。

ラリー:たしかに『だいじょうぶだぁ』でも丸々1本そういう回がありましたよね。ほとんど笑いがない悲しいドラマが始まって、最後に死んでしまって終わる、みたいな。子供心に「なんだこれ?」って思って見ていました。

「覇気」みたいなものが尋常じゃない

ラリー:話を戻すと、私が小学生の頃は『加トケン』と『だいじょうぶだぁ』があって志村さんの全盛期だったんです。それで、小学校の5~6年のときに『加トケン』の裏番組として『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』が始まるんです。そこで『加トケン』から『やるやら』に乗り換える人が周りに増えてきたんです。

鈴木:そうでしたね。

ラリー:私は、最初は『やるやら』は見ていなかったんだけど、みんながあまりにも言うから『やるやら』を見始めて、『加トケン』をビデオで録画してあとから見るようになるんです。でも、ウンナンが面白すぎて、『加トケン』がちょっと古臭いなと思い始めるんですよ。それで、録画はするけど見ないという状態になって、最終的には録画もしなくなったんです。

そこで志村さんの番組を見なくなって「志村離れ」をするんだけど、大人になるとこれがもう1回ひっくり返るんです。やっぱり志村さんはすごいんじゃないか、って。私は2010年くらいに志村さんの舞台の『志村魂』を見て衝撃を受けました。

ずっとテレビで見ているから、志村さんがどういう動きをする人なのかっていうのは何となく知ってるじゃないですか。でもやっぱり、存在感とか動きのキレがすごくて。『ONE PIECE』で言うところの「覇気」みたいなものが尋常じゃないんですよ。全身がコメディアンという感じで、ちょっと動くだけの仕草でも自然に目が行ってしまうんです。上島(竜兵)さんにツッコむときに、足を高く上げて足の裏で上島さんの顔面を蹴ったりしていて。あれができる人って若手でもそんなにいないんじゃないですか。

鈴木:あれって何なんですかね。たぶん運動能力とはちょっと違う気がするんですよ。酔っ払いコントの動きひとつにしても、前傾姿勢で千鳥足になって歩いたり、階段を一段ずつつまずきながら上がっていくのってアスリートが鍛える筋肉じゃない。「あれこそが芸だ」というような動きがあって、しかもわかっているのに笑えるっていうのがすごいですよね。

鈴木旭さん(左)とラリー遠田さん
鈴木旭さん(左)とラリー遠田さん

子供向けじゃなくて子供にもウケる笑い

ラリー:動きの笑いと言葉の笑いの二つがあるってよく言いますけど、今は完全に言葉の笑いの時代じゃないですか。だから、動きの笑いがちょっと軽く見られているところはある。でも、やっぱり動きの笑いのすごさというのもあって、それは本当にできる人の動きを見てみないとわからないんですよね。今はそれができる人があんまりいないから、動きの笑いがすごいということすら伝わっていない気がします。

鈴木:しかも、そういう芸的なものってテレビとはあまり相性が良くないんですよね。やっぱりトークとか漫才の方が地に近いから。2000年代の「笑いの基準」って(島田)紳助さんと松本(人志)さんによって作られたという気がするんですよ。

『M-1グランプリ』が象徴的だと思うんですけど、お笑いを競技化したことで大会が特別なものになった。若手芸人は、審査員のお二人を笑わせるために新しい型を生み出していった。酷評される緊張感も含めてすごくテレビ的だったし、そのフォーマットは『IPPONグランプリ』なり何なりでいまだに支持されてますよね。

ラリー:逆に言うと、志村さんはテレビを生の舞台のように感じさせてくれる人だったのかもしれないですね。テレビの前で子供たちが「志村、後ろ!」って叫ぶのもそういうことじゃないですか。

ドリフや志村さんの笑いは子供向けだとよく言われることがありますけど、実際には誰にでもわかる笑いを追求していたと思うんですよね。子供向けじゃなくて子供にもウケる幅広い笑いなんです。

その後、ダウンタウンが出てきて、松本さんが「誰にでもわかる笑いは本当にレベルが高い笑いではない」というようなことを言い出したでしょう。そこが時代の境目だったと思うんですよね。どっちが正しいということではないんだけど、「レベルの高い笑いというものが存在する」という考え方を打ち出したことで、一気にみんながそっちに染まっていった気はします。

(構成・ラリー遠田)

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