連載
#10 ゴールキーパーは知っている
一度も出番がなくても常に横断幕「どんな選手?」GK松井謙弥の流儀
準備は怠らない、ケガはしない「いつ出番が来るかはわかりませんから」
サッカー元日本代表の大久保嘉人や清武弘嗣――。私は現在、タレントが多く所属する、J1セレッソ大阪を担当している記者だ。そんなチームの中で、今季一度も試合に出ていないけれど、気になって仕方ない選手がいた。39歳のFW大久保に次ぐチーム年長者の35歳、GK松井謙弥だ。(朝日新聞スポーツ部記者・高岡佐也子)
試合前やハーフタイム時、松井は声を張り上げながら、大きな身ぶり手ぶりで試合に出る選手を送り出す。チームの得点時は、自分が得点したわけでもないのに、なぜかチームメートに、もみくちゃにされる。ムードメーカー的な存在であることは、端から見ても明らかだ。スタンドには「謙弥の部屋」と書かれた横断幕も掲げられている。
「一体どんな選手なのだろう」と、取材するたびに思っていた。
実は、今季、松井の出番はまだない。なぜなら、セ大阪には、5月15日にJ1出場300試合を迎えた韓国代表GKで、「不動の守護神」金鎮鉉(キムジンヒョン)がいるからだ。
松井と金の2人は2010~12年にもセ大阪でチームメート。当時も正GKは金で、松井は3年間で15試合だけリーグ戦のピッチに立った。
その後、川崎フロンターレや、当時はJ2だった徳島ヴォルティスなど4クラブを渡り歩いた。昨季はJ2水戸ホーリーホックで21試合に出場している。
「選手にとって、試合に出ることは重要なのでは?」と、当たり前のように思っていた記者。プレータイムがなくなったわけでもないのに、古巣とはいえバリバリにプレーするライバルがいるチームへの移籍をなぜ決断したのだろう。チームに取材の機会をもらい、率直に疑問をぶつけてみると……。
「チャレンジする環境が好き。それに、安泰のポジションに身を置いていることが、あまり好きではないんです」
返ってきた言葉に、ぐぐっと引き込まれた。
「サッカー選手でいるなら、上のカテゴリーでやりたい。もちろん、J2がダメだと言っているのではないです。チャンスがあるなら上を目指したい。それは常に思っていました」
答えを聞けば、プロであれば当然のことだと納得した。ただ、いざ古巣に戻り、リーグ戦が始まると、ピッチに立つのは金鎮鉉ばかり。J1広島戦があった23日現在、松井はベンチを温め続けている。
そんな現状を、どう受け止めているのか。「繊細なことを聞いて申し訳ない」とわびながら答えを待つと、松井からは「全然繊細じゃない。試合に出ないGKの方が多いですよ」と明るい声が返ってきてほっとした。
もちろん、「それでいい」と思っているわけではない。「現状は受け入れた上で、試合に出るか出ないかにかかわらず、自分のするべきことをするだけ。シーズンは長いし、選手も人間。いつ出番が来るかはわかりませんから」
ケガをしないことも、松井のこだわりだという。予防のために、毎日アップの前に行うストレッチはゆっくり20分ほどかける。プロテインは飲まない主義で、自然の食べ物にこだわり、コンディションを整える。
そんな松井のことを、前回所属した時から知る、武田亘弘GKコーチは「常に前向きに取り組んでくれる。プレーだけでなくメンタル面でもチームは助けられている」と語る。
試合時は、ロッカールームの空気を感じ取りながら、盛り上げたり、気合を入れたりして、試合に出る選手たちの気持ちを高める。
GKは、守備の最後のとりで。守備の細かな動きを、全体がよく見える後方からアドバイスすることも求められる。
武田コーチは言う。「経験値も高く、チームメートに自らアドバイスもしてくれる。特に日本人のディフェンダーは勉強になっていると思う」と、ピッチ外での貢献も、高く評価する。
ピッチ外といえば、気になっていたスタジアムに掲げられる「謙弥の部屋」の横断幕だ。聞けば、「松井謙弥の部屋」と題したブログを開設しており、横断幕は前回セ大阪に所属した際、ファンが作ってくれたものだという。
ブログはいつも「ごきげんサンバ」というあいさつから始まる、ゆる~い雰囲気。チームメートとのオフショットを交えながら、日常を紹介しているほか、時に選手としての思いをつづっている。
残念ながら、インスタグラムを始めた時期の2018年6月を最後に更新は止まっている。「気にはなっていたんですけど…。何ごとも継続することは、とても大切ですが、それが一番難しい」。ブログの話から、プロにも通じる教訓を語ってくれた。
きっと誰かが見てくれている――取材を終えて
ベストを尽くしても、認められないときがある。夏場を迎え、中学や高校では集大成の大会を控える部活動も多いだろう。
レギュラーになれず、悩んでいる人にこそ知って欲しい。競技に真剣に取り組む姿勢は、試合に出ていない松井がチームから必要とされているように、きっと誰かが見てくれている。
納得のいかない現状に腐るのではなく、できることに全力で取り組むことは、必ずチームに好影響を与える。
プロサッカー選手としての心構えを知り、いつかその出番が来たとき、「必ず活躍してくれる」と、思わずにはいられなくなった。
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