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神社のさい銭箱に「寛永通宝」タヌキのお礼? 宮司のツイートの真相
金融機関で「また入っていますよ」
宮城県にある熊野那智神社のさい銭箱には、1年前ほどから、謎の「寛永通宝」が入れられるようになりました。まさかタヌキのお礼? 宮司に話を聞きました。
熊野那智神社は、宮城県名取市にある900年近い歴史のある神社です。氏子の数は250戸ほど。地域に密着しつつ、広く門戸を開いています。
宮司の井上幸太郎さんは、SNSで神社の魅力を発信していますが、先日、こんなつぶやきを、江戸時代に広く流通していた「寛永通宝」の画像とともにツイッターに投稿しました。
《お賽銭を数えていると毎月必ず1枚入っているのですがなぜなんでしょうか…
昔の宮司さんが助けたタヌキとかが今も律儀にお礼に来てるんじゃないと子どもたちは話あってます、子どもは心がキレイ。
汚れちまったお父さんは今日も現代のお金でお願いしますとお山に祈ってます(笑)》
この投稿には「素敵」「過去から投げ銭されているのでは」「タヌキ御礼説を支持したい」などの反応があります。
お賽銭を数えていると毎月必ず1枚入っているのですがなぜなんでしょうか…
— 熊野那智神社 (@takadatenati) June 16, 2021
昔の宮司さんが助けたタヌキとかが今も律儀にお礼に来てるんじゃないと子どもたちは話あってます、子どもは心がキレイ。
汚れちまったお父さんは今日も現代のお金でお願いしますとお山に祈ってます(笑)#寛永通宝 pic.twitter.com/YgPf039BHL
井上さんに「素敵な話だと思って、お話聞かせてほしくて…」と電話で取材をお願いすると、柔らかい笑い声とともに「素敵な話じゃないっちゃ」と一言。
「使えるお金がいいなと思ったって話ですよ」と、ユーモアを交えて軽やかに話してくれました。
とはいえ、江戸時代の貨幣が令和の現代においてさい銭箱に入っているとはなんとも不思議なこと。詳しく聞くと、寛永通宝を見かけるようになったのは去年あたりからだといいます。月に1回程度入っているそうですが、井上さんが宮司になった5年前にはなかったことです。
「いろんな形で入っていますよ。さびて土がついているものありましたけど、今回はきれいなものでしたね」
熊野那智神社を訪れる参拝客は月に2千人ほど。「さすがに私もタヌキだとは思ってませんよ。きっと2千人の中の誰かなんでしょうね」と笑います。
とはいえ、具体的な心当たりがあるわけではなく「氏子さんなりなんなりが、使いようのないお金をお参りのたびに入れているのかなと思っています」。
ちなみに、さい銭箱には他にも、使われた痕跡のない、きれいな状態の1円札や5円札が入っていることもあるそう。それらが入っていることはまれで、寛永通宝ほどの頻度ではないそう。
おさい銭を金融機関に預けに行った際、昔の貨幣が紛れ込んでいると、窓口の人に「また入っていますよ」と言われることもあるそうで、見つかった昔の貨幣については境内で保管しているそうです。
熊野那智神社は元々、閖上からあがってきた神様「羽黒飛龍大権現」を祭った「羽黒飛龍権現社」を始まりとします。平安時代の後期に「和歌山県・那智の神様をもらい」、現在の熊野那智神社となった、900年近い歴史のある神社です。
そんな神社は、標高200メートルに位置し、眼前には名取市内にある金華山や福島県・相馬の火力発電所などの先に、海が広がります。「満月もきれいに見えるんです」
250戸の氏子の多くは高齢者ですが、氏子以外の人たちからも親しまれる神社で、若者たちが境内でワークショップを開いたり、「ライブ奉納」として音楽を披露したりする場となっています。
「本当に奉納する気持ちがあるかどうかは別として」と笑いつつ、井上さんはこんな思いを話してくれました。
「ご利益があるかどうかというより、気持ち良く帰れるかどうかだと思っています。ライブをやった人も聴いた人も「おもしろかったね。そういえばここの神様ってなんだっけ?」と思ってくれればいい。第一印象がよければ、2回目、3回目もあるでしょ?」
そんな井上さんは、神社の場所としての意義について、こんな思いを持っています。
「神社って、昔に比べて格式が高くなってしまっているでしょ。でも私たちが子どもの頃は、神社でボール投げをして宮司さんに怒られたりもしていた」
「神社はかしこまる場所じゃなくて、集まる場所だと思っているんです」と井上さん。
その思いもあって、青空市や季節ごとのイベントのために場所を提供することも多くあります。
「おとといは水引(祝儀などの飾りに使われる帯ひも)のワークショップやってたなあ」と優しく見守っています。
訪れる人も様々で、市内外はもちろん、県外からやってくる人もいるそう。「遠くの人が来ることに抵抗感はないんですよ」
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