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連載

#3 アップリンクのいない渋谷

アップリンク渋谷の閉館 老舗館が認める先見性「過去形ではない」

相次ぐ閉館「街は変わっていくもの」

「アップリンク渋谷」の劇場内。「あえて色や形をバラバラにしている」という椅子が並ぶ
「アップリンク渋谷」の劇場内。「あえて色や形をバラバラにしている」という椅子が並ぶ

目次

世界的な映画の街・渋谷でも、ひときわ異彩を放ってきた映画館「アップリンク渋谷」が閉館します。 アップリンク渋谷から最も「ご近所」で、渋谷のミニシアターをまとめたフリーペーパー『渋谷ミニシアター手帖』も発行した老舗ミニシアター「Bunkamuraル・シネマ」に聞きました。(朝日新聞記者・田渕紫織)

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300メートルの距離、対称的な客層

ル・シネマはアップリンクから300メートルほどしか離れていませんが、客層も規模もかなり違います。アップリンクは若者中心。ル・シネマは、他の多くの老舗ミニシアターと同様、中高年中心。各スクリーンの客席の数を見ても、アップリンクは50席前後でル・シネマの約3分の1です。

ル・シネマは1989年からある老舗文化施設「Bunkamura」の中にあります。隣接する東急百貨店本店は2023年の春以降に解体すると発表されたばかりです。

近くにある事務所で、渋谷のミニシアターをまとめた『渋谷ミニシアター手帖』の編集した番組編成担当の野口由紀さんと、開館した32年前からル・シネマの番組編成に関わる中村由紀子さんが応じてくれました。

以前から言われていた「もう映画の街では…」

ーー渋谷って他の映画の街と比べても際立っているんでしょうか。

 野口「渋谷には今、いわゆるミニシアターが8館あって、こんなに集まっているエリアは、例えばパリやニューヨークと比べてもなかなかないと思います」

ーーただ、道玄坂にあった「シネセゾン渋谷」、スペイン坂にあった「シネマライズ」と、近隣の映画館は過去10年で次々に閉まって、そのうえアップリンクが閉館して、すっかり変わってしまったように思えます。

野口「実は渋谷って、かなり以前から、5年周期ぐらいで『もう映画の街ではない』って言われ続けているんですよね」

ーーそうなんですか!

野口「はい。今挙げた2館が閉まった時もそうですし、2007~08年に(大型シネコンの)『新宿バルト9』や『新宿ピカデリー』が開いて映画を見る人の流れが新宿に移った時も。私が東急文化村に転職した2015年も、『今からミニシアターの仕事するの?大変だよ』と周りから心配されましたし」

中村「『シネマライズ』が閉まった時はすごい喪失感でしたね。今回のアップリンクのように(渋谷の映画館は閉まっても)吉祥寺や京都があるということでもないですから。
よく、地方から東京に来た若者がまずシネマライズに行くことを『ライズ詣で』と言ったぐらい、かっこいいものの象徴で、一時代を牽引してましたし」

野口「でも90年代のアップリンクは、シネマライズよりさらに一歩アンダーグラウンドで、『超エッジ』というか、さらにコアで、クラブに行くような人たちが行くイメージがありました。着ていく服もどうしよう、と迷うような」

「Bunkamuraル・シネマ」も、緊急事態宣言を受けて一時休館。5月14日に再開した
「Bunkamuraル・シネマ」も、緊急事態宣言を受けて一時休館。5月14日に再開した

「見逃した映画特集」の新しい価値

ーーたしかに私も学生時代、アップリンクに行く時はとても緊張した覚えがあります。

中村「館内にある、あえてバラバラな色や形の椅子ですとかアンティーク家具ですとか、昔は人を選んだんですが、時代とともに文脈が変わってきましたよね。
アップリンクの一帯は今でこそ『奥渋谷』と呼ばれていますが、そんな言葉があるはるか前から立地していて、先見の明がありましたよね」

ーー一方で、アップリンクは近年はだいぶ間口が広がっていて、公開から時間が経った大作もよくやるようになっていました。15年ほど前に通っていた当時のイメージからすると、結構衝撃です。

野口「2010年代から『見逃した映画特集』を始められて、例えば『ラ・ラ・ランド』などのハリウッド大作をやられるようになってからですね。
 実は私はあまり衝撃はなくて、封切り(新作)で上映するということは昔はもっと価値をもっていたかもしれませんが、コアなアート映画も同時にかけていて、新旧大小を問わずお客さんがいま見たい作品を、フラットにミックスしているという印象を持っています」

ーーアップリンクに限らず、他のミニシアターでも、多かれ少なかれ同じ傾向の変化を感じます。

中村「旧作と新作の隔たりはなくなってきましたよね。リバイバルも増えました」

野口「最近のミニシアターは割とそういう傾向にあります。
もちろんコロナ禍では、新作を予定していても(完成や公開が)延期になって、劇場として対処しなければならないという状況があります。
ル・シネマでも今年、(台湾のエドワード・ヤン監督の名画)「ヤンヤン 夏の想い出」をかけました。往年のファンはもちろん、若いお客さんもたくさん来ましたよ」

「アップリンク渋谷」のロビーには、古いカラフルな椅子が並ぶ
「アップリンク渋谷」のロビーには、古いカラフルな椅子が並ぶ

「記憶から簡単に消えるものでもない」

――渋谷からアップリンクの拠点がなくなってしまうことに、寂しさはないですか?

野口「シネマライズが閉館した跡は、今はライブハウスになっていますが、あのとがった特徴的なビルを通るたびに思い出しますし、みんなの記憶から簡単に消えるものでもないんですよね。渋谷に限らず街は変わっていくものなので、悲しいことばかりではないと思います。
映画のラインナップにしても、シネマライズがあったらうちでかけてないだろうなという(先衛的な)作風の作品をかけることもありまし、必ずどこかで(他の館が)引き継いでいく部分もあると思います」

中村「このコロナの状況下で、どこの劇場さんも非常に苦しい状況は深く理解します。でもアップリンクは、会社としての強度や存在感がありますから、また時代に即した活動をされるんだろうなと思います」

野口「最初、(記者が出した)取材依頼のメールに『渋谷に足跡を残したアップリンクの~』と書かれていましたけど、過去形ではないと思いますよ。いつか渋谷のどこかでもまた面白いことをやっているような気がします」

何年か後に引き継ぐ館を――取材を終えて

渋谷のミニシアターには、中高生時代はお小遣い、大学生時代はバイト代を握りしめ、片田舎から電車に乗って通っていました。

アップリンクの1館がなくなる分、日本で公開される映画は年間何本も減ります。渋谷の中でも抜けた穴を埋めるのは、簡単なことではないと思います。

くしくも吉祥寺の伝説的なミニシアター「バウスシアター」が7年前に閉館し、3年前にオープンした「アップリンク吉祥寺」が人気を集めています。
何年か後になって、アップリンク渋谷の存在感を引き継ぐ館が現れたら、とても幸せです。

アップリンクとは

1987年、映画の配給会社として設立。
1995年、渋谷・神南にイベントスペース「アップリンクファクトリー」を開設し、映画も上映。2004年、宇田川町に「日本一小さな映画館」と銘打って「アップリンクX」を開設。CNNで取り上げられる。2006年、二つを統合した映画館「アップリンク渋谷」を開く。
2018年にアップリンク吉祥寺、2020年にアップリンク京都を開設。
2020年、元従業員の男女5人が、在職中に代表の浅井隆代表からパワーハラスメントを受けたなどとして、浅井代表とアップリンクを相手どり、損害賠償請求を求める訴訟を東京地裁に起こし、同年、和解した。
アップリンク渋谷は、映画設備の老朽化などを理由として、2021年5月20日に閉館。
コロナ禍による観客の激減も重なった。
配給した映画は、黒沢清監督の「アカルイミライ」やグザヴィエ・ドラン監督の「わたしはロランス」、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」など、国内外で多数。

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