連載
#10 Key Issue
運動ギライを動かす「推し」 ファンビジネス化するフィットネス
スポーツ庁は、「スポーツの実施状況等に関する世論調査」を毎年、実施しています。この世論調査は18〜79歳男女の登録モニターを対象にウェブでアンケートを行うもの。2万件の回答を元に結果がまとめられています。
令和二年度版の調査によると「現在運動・スポーツはしておらず今後もするつもりはない」と答えた回答者は13.2%いました。
前年度から2.0ポイント減少していますが、逆に言えば、強固な無関心層も一定数、存在することが可視化されたと言えます。
このような無関心層のうち、病気などの理由などで運動ができない場合を除く、運動が好きでない人を「運動ギライ」と言い換えます。実はこの「『運動ギライ』をいかに動かすか」という問題は、社会疫学という医学の一分野の重要なテーマです。
社会疫学では、運動不足の人に「もっと運動するべきだ」と言うだけでは効果がないことがわかっています。人の健康は、例えば残業が多い労働環境や、人間関係のトラブルによるストレスなど社会の影響を受けやすく、個人の行動を促すアプローチだけでは守れないからです。
そこで近年、注目されているのが「ナッジ理論」。ナッジとは提唱者であるリチャード・セイラーさんがノーベル経済学賞をとったことで有名になった「そっと後押しする」ことを意味する行動経済学の言葉。社会疫学では「本人に自覚がなくてもいつの間にか健康になっている状態」を目指す取り組みのことです。
そして、フィットネス業界でも「運動ギライ」の無関心層を顧客として獲得するために、このナッジを取り入れた業態が発展しているのです。
好き嫌いが分かれやすい「運動」について、もう少し掘り下げてみます。人が体に良い行動をする可能性を高める要因として何があるかを示す考え方を「健康行動理論」と言います。それによれば、運動を続ける要因には以下の7つがあります。
①運動をすることが自分にとって本当に「良い」ことだと思うこと
②運動をうまく行えるという「自信」があること
③このままでは「まずい」と思うこと
④運動をする上で「妨げ」が少ないこと
⑤「ストレス」とうまく付き合っていること
⑥運動をする上で周りから「サポート」が得られること
⑦健康になれるかどうかは社会的要因や運もあるが、自分の「努力」によっても左右されると思うこと
以上と照らし合わせながら、フィットネスにおける「推し」の効果を分析してみます。
まず、運動をすると推しに会えて、ダンスなどのパフォーマンスを観ることができるわけですから、ファンにとってそれは「本当に『良い』こと(①)」でしょう。逆に、運動をしないと推しに会えないため、「このままだと『まずい』(③)」のも明白です。
ここで、推しはそもそもフィットネスのインストラクターなので、「運動をする上での『サポート』(⑥)」がむしろ本業です。日々のコミュニケーションで「運動をする上での『妨げ』(④)」を発見し、それを解消する方向に導きます。
また、推しの指示に合わせて強度の高い運動をすることで、「『ストレス』とうまく付き合う(⑤)」=発散することができるのも、大きなインセンティブです。
それだけでなく、ファン(=フィットネスの利用者)の経時的な変化にも注目し、レッスン毎に褒めたり、励ましたりといった推しからのサポートは、「運動をうまく行えるという『自信』(②)」にもつながります。
こうして通い続ければ結果的に「健康」に近づいているため、「自分の『努力』によっても左右される(⑦)」という自信もつきやすくなります。
「『努力』は『夢中』に勝てない」という名言がありますが、「運動ギライ」を動かすには、この「夢中」の状態をいかに作り出すかがカギになります。
「夢中」は推しという概念とも親和性が高いもの。暗闇フィットネスの事例は、「健康」のように個人の努力だけでは行き詰まってしまう難題に対して、推しが突破口になる可能性を示唆しています。
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