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「はらぺこあおむし」が食べたパン・足形アート…SNSであふれた感謝
「無名の絵描き」がもらった色彩
世界中から愛される絵本を生み出した米国の絵本作家、エリック・カールさんが先月、亡くなった。代表作「はらぺこあおむし」は子どもの頃に図書館で何度も借りた。結婚し長女を出産したとき、友人がお祝いにくれたのは、この絵本だった。2年後、次女を出産したときにお世話になったベビーシッターさんとも、この絵本について話したことがある。人生のいろんな場面で、エリックさんの作品は共にあった。思わずツイッターで「エリック・カール」と検索したら、自筆のイラストなど、思い思いにエリックさんを悼んでいるツイートがたくさん見つかった。どんな気持ちで投稿したのだろう。ツイッター上で、追悼の旅に出ることにした。
「ご冥福をお祈りします」の言葉とともに、はらぺこあおむしが描かれた瓶入りジャムと、小さな丸い穴を開けたライ麦パンの写真を投稿したのは、パンライターのパンラボ池田浩明さん(50)だ。パンの穴は「あおむしが食べた跡」という。
昨年4月、コロナ禍で初めて緊急事態宣言が出たときのこと。仕事であり日課でもあったパン屋通いができず、自宅に閉じこもって原稿を書いた。妻も、慣れない在宅勤務が始まり、長男(14)は中学が休校。当時2歳の次男は保育園が休園となり、友達と会えず不機嫌な日が増えた。「遊ぼう」と寄ってきて仕事がはかどらず、家族全員それぞれストレスがたまっていた。
そんなある日、妻がスーパーで、はらぺこあおむしが描かれた瓶入りのリンゴジャムを買ってきた。
何か、子どもが喜ぶことができないか。
朝ご飯の時間に、ピーラーの先をライ麦パンにあててくるっと回し、穴をあけてみた。
ジャムを塗って2枚重ね、ジャムサンドにした。
「ほら、はらぺこあおむしが食べた跡だよ」
ジャムサンド、はらぺこあおむしに食べられた〜w
— パンラボ池田浩明 (@ikedahiloaki) May 27, 2021
エリック・カールさんのご冥福をお祈りします。 pic.twitter.com/Yc8E8Y92Xd
家族みんなが笑顔になった。
次男はうれしそうにほおばった。
長男も次男も、「はらぺこあおむし」の絵本が大好きだ。昨夏には、立川の美術館で開かれていたエリックさんの作品の展覧会に行った。
「あおむしが成長して、きれいなチョウになる姿に、子どもは自分の成長を重ねるんだと思う」
エリックさんが亡くなったというニュースを聞き、昨年作ったジャムサンドを思い出し、哀悼の意を込めてツイッターにアップした。
「色使いもすばらしく、楽しい世界を見せてもらった。もう新しい作品を読めないと思うと、さみしい」
『はらぺこあおむし』の著者エリック・カールさんが亡くなった。はらぺこあおむしは自分が子供の頃に読んでもらい、同じ本を自分の子供達にも読んであげた。思い出の絵本です。息子の足形を使ってこんな作品を作ったりもしました。
— ギャズ (@novuhide0816) May 27, 2021
ご冥福をお祈りします。 pic.twitter.com/BFYQORkpRV
都内の会社員、ギャズさんは、赤ちゃんの足形アートではらぺこあおむしを描いた作品をツイッターにアップした。
ギャズさん自身が幼かった頃、寝る前に布団で両親から「はらぺこあおむし」や「パパ、お月さまとって!」、「だんまりこおろぎ」を読んでもらっていた。
色合いの美しさや立体感に魅了された。
その後、絵本は実家の押し入れの奥にしまってあったが、4年前に長男が生まれるのを機に段ボールに詰めて自宅に持ってきた。
購入してから、30年近く経つ。親子2代で読めば、セロハンテープで直した跡は数えきれず、ページの一部は破れて、なくなった。ページをめくると音が鳴るしかけは、壊れてもう鳴らない。それでも、長男(4)と長女(1)は「読んで」と繰り返しせがんでくる。
親になって読み聞かせをしていると、ふと、自分の両親はどういう気持ちで読んでくれていたんだろう、と思うことがある。
大切にされていたんだな――。
両親への感謝の気持ちが芽生えたという。
ツイッターに投稿した足形アートを作ったのは4年前、長男が生後1~2カ月だった頃だ。
「赤ちゃんの足ってかわいいな」と思っていたところ、ネットで「はらぺこあおむし」の足形アートのキットを見つけて、自分で作った。
今は額に入れて、子ども部屋に飾ってある。
「世界中で愛されていたから、みんなそれぞれに思い出があると思う。足形アートは僕の個人的な思い出だけど、誰かと共有できたらうれしいと思ってつぶやいた。素敵な作品を残してくれてありがとうございました、と伝えたい」
イラストレーターになる直前。
— ちばしげ/イラストレーター (@shigenowi) May 26, 2021
何度も貴方の作品を真似て描き続けた日々を昨日のことのように思い出します。
私の根幹にいる人。
今はただ、ただただ、
ご冥福をお祈りいたします。
私の人生を色彩に満ちたものにしてくれて、本当にありがとう。
今、絵描きで居られて本当に幸せです。 pic.twitter.com/TqkFi0OqLG
札幌市在住のイラストレーターちばしげさんは、10年以上前に描いた自作のイラストをアップした。デザインの専門学校に通っていた20歳くらいの頃に、「はらぺこあおむし」で使われている技法をまねて練習した作品だ。
イラストレーターになるにあたり、どういう絵を描こうかと思ったときに浮かんだのが、子どもの頃から好きだった「はらぺこあおむし」だった。大人になって改めて読み返すと、難しい印刷技術を駆使して作られていることや、色や形の豊かな表現に深く感動した。
当時はイラストの技術書を買うお金がなく、「はらぺこあおむし」だけ買って技術書の代わりにした。
いつでも手に取れるよう作業机に置き、絵の具を何色も使ってまねをしながら、描いては捨て、描いては捨て、を繰り返し、納得するまで練習を重ねた。
「何のつてもない、無名の絵描き」だったが、今ではLINEアプリのキャラクターや日用品のパッケージ、文具のイラストなどで生計を立てられるようになった。
もう何度めくったかわからない「はらぺこあおむし」の絵本は、角が丸くなり、絵の具がこびりついて、全体的に黒ずんでいる。とても人には見せられないが、自分にとっては「人生の1冊」だ。「エリック先生がいなければ、イラストレーターにはなっていなかった」
エリックさんが高齢なのは知っていた。いつか亡くなるときがきたら、きっと泣き叫んで、仕事が手に付かなくなるだろう。ツイッターのトレンドに「死去」の言葉があがるたび、もしかして…と怯えながら過ごしてきた。でも、エリックさんの訃報を知った5月27日、不思議と悲しみよりも、感謝の気持ちでいっぱいになった。
絵本はなくならない。
これからもずっと読み継がれていくんだ、と思えた。
ツイッターには、こう書き添えた。
イラストレーターになる直前。
何度も貴方の作品を真似て描き続けた日々を昨日のことのように思い出します。
私の根幹にいる人。
今はただ、ただただ、
ご冥福をお祈りいたします。
私の人生を色彩に満ちたものにしてくれて、本当にありがとう。
今、絵描きで居られて本当に幸せです。
取材を通して、ツイッター上でエリックさんのファンと出会い、温かな気持ちになれたことを感謝したい。パンに「はらぺこあおむしが食べた穴」を開けてみたパンラボ池田浩明さんからは、ユーモアの心を教えてもらった。
ギャザさんと話をしてみて、私もエリックさんの作品との思い出を誰かと共有したかったのだと、気づいた。
ちばしげさんの「私の人生を色彩に満ちたものにしてくれて、本当にありがとう」。この言葉に、とても慰められた気がした。
今度エリックさんの作品を子どもが「読んで」と持ってきたとき、私は涙ぐまずに読めるだろうか。やや、自信がない。
それでも、思い出を大切にしながら、これからも読み継いでいきたいと思う。
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