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連載

#15 発達障害とパパになる〜子育て苦闘の7年間

子育てしながら向き合う発達障害、そこにコロナが 限界直前に娘は…

娘が枕元に置いてくれた水とメモ「のんでいいよ」(写真はいずれも筆者提供)
娘が枕元に置いてくれた水とメモ「のんでいいよ」(写真はいずれも筆者提供)

目次

子どもが生まれたあとに分かった発達障害、うつ病、休職……。ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如・多動症)の当事者でライターの遠藤光太さん(31)は、紆余曲折ありながらも子育てを楽しみ、主体的に担ってきました。娘は昨年、小学校に入学しましたが、新型コロナウイルスの影響で、登校できない日々が続きます。その間の遠藤さんの身に起こったことは……。自身の小学生の娘、妻との7年間を振り返る連載15回目です。(全18回)

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連載】「発達障害とパパになる〜子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1)

コロナで登校ができない娘をサポート

2020年、娘がコロナ禍で小学1年生になりました。進学した小学校も一斉休校のただ中です。

入学しても登校ができず、娘は自宅で家庭学習に励んでいました。学校から週ごとにオンラインで時間割や先生お手製の動画が配布され、それらを見ながら毎日取り組んでいました。

3人家族のうち、僕の仕事はフリーライターで、妻の仕事は保育士、そして娘は家庭学習です。妻は緊急事態宣言になってもほとんど変わらずに通勤し、預けられる子どもたちの保育を続けていました。

社会を支えるエッセンシャルワークであることが明らかになったにも関わらず、待遇は昔から低いまま……という愚痴はさておき、在宅で仕事をしていた僕が娘の学習サポートをすることになりました。

しかし、小学1年生に「やっておいて」と言っても到底無理です。消しゴムの使い方、座る姿勢、習慣づけなど、時間割に載らないサポートがたくさんありました。

ときを同じくして、国では「9月入学」が検討され始め、「そうなった場合、また保育園に戻るのか?」「今必死でやっている家庭学習は無駄なのか?」と不安を抱きながら、日々のニュースに親子で振り回されていました。

家庭学習をサポート
家庭学習をサポート

仕事ができない

個人的には、ライターの仕事が軌道に乗り始めていた時期でもありました。ありがたいことに、取材記事やコラム、書籍のレビューの仕事を安定して請け始められた頃です。一斉休校の当初は、娘のサポートをしながら、並行して仕事に取り組もうとしました。

しかし、試みはすぐに砕け散っていきました。ひらがなの練習、足し算、植物の観察、音楽、体育。その他いろいろな活動を、つきっきりで行わなければなりませんでした。

私は途中から「仕事をしながらサポートする」ことをあきらめて、時間割を全て終えるまで学習のサポートだけに専念することにしました。登校が始まるとき、スムーズに学校での学習ができるよう、親として手を抜けないと思いました。

しかし、それだけでは終わりませんでした。子どもが家にこもって慣れない勉強をさせられると、エネルギーが有り余ってきます。勉強が終わってから、娘の要望に応じて一緒に公園へ行きました。

途中からは1人で行かせてみたりもしたが、まだ小学生の遊び方にも慣れていないため、泣いて帰ってきました。結局、僕が出動することになり、仕事の時間を確保できなくなりました。もどかしい気持ちで満たされ、予定が立てられず、メンタルが崩れていきました。

妻にも「そろそろ限界」と何度か言っていましたが、切実さが伝わっていないようでした。妻も、先行きが見えないまま感染リスクを抱えて仕事に通っていたため、余裕がなかったのかもしれません。

想定外の対応に予定が崩され、僕はうつに近いような状態になっていましたが、そんな日々でも救われる思いになることもありました。家庭学習のサポートをしていて、体調が悪く寝坊してしまったある日、娘が「のんでいいよ」と枕元に水を置いておいてくれていました。その優しさと、毎日一緒に練習してきて上達したひらがなに感動しました。

娘が枕元に置いてくれた水とメモ「のんでいいよ」
娘が枕元に置いてくれた水とメモ「のんでいいよ」

結果的には6月から娘が学校に通い始めたことで僕のメンタルも回復していきました。子どもと家庭学習をしていた頃を振り返ると、家族以外のつながりが希薄で、僕は精神的に孤立していたと感じます。

フリーランスで働いていると、仕事上、帰属する場がありません。余裕がなくなったときこそ、「しんどい」とひとこと言える場がほしい。家族だけでなく、複数の「居場所」が必要だと痛感しました。

経験を踏まえて、今ではライター仲間でコミュニティを作っています。週に1回はオンラインで顔を合わせ、忙しいときには「大変」と一言漏らすことのできる場になっています。

また、自分の兄弟と定期的にオンラインで話す機会も設けるようになりました。こうしたつながりは、精神的な孤立を防いでくれていると思います。

娘の「主体性」を尊重すればそれでいいのか?

家庭学習のサポートをしながら、僕は迷っていました。学習に慣れていない娘は、当然ながら途中で投げ出したり、泣き始めたりします。それも当然だと捉えて「やらなくてもいいよ」と声をかけるのか、それでも登校が始まる未来で学習に遅れないために「やりなさい」と指示するのか。

できるだけ娘の「主体性」を尊重したいと思っていても、果たして「主体性」を尊重するだけでは不十分ではないか。親は、意識していてもいなくても、構造的に子どもを支配しているのではないか。そんな問いを持ち続けています。

例えば名前。主に親が、子どもに名前を授けます。僕は24歳の頃、23歳だった妻とよく相談し、「こんな人になってほしい」と願いを込めて、娘に名前を授けました。

23、4年しか生きていない人間が、100年以上使う可能性のある名前を子どもに授ける責任に、応えられる気がしませんでした。それでも、親のエゴなのかもしれないと思いつつも、覚悟を決めて名前を授けました。

他にも、ランドセルを購入するときには、入学前の娘が「今」好きな色を尊重するだけで十分なのか、と考えました。「6年生になる頃にはこっちの色が好きになっているかも」と親が先回りして選ばせることも、ときには必要なのではないか。親は、どうしても子どもの未来を想像し、道筋を広げたり狭めたりしまうことを、あきらめて受け入れなければならないのではないか。

そんなことを考えていくと、究極的には、親にとって大事なことは、“ごきげんな状態で子どものそばにいること”ではないかという考えを持ち始めました。

子育てを始めるとき、最初は気負って全速力で走っては息切れして倒れていました。発達の特性にもまだ気づけていません。だからこそ、うまくいかない自分に腹を立て、不機嫌に過ごし、視野が狭くなっていたと思います。

しかし、時間をかけて「これはマラソンなんだ」と気づき、長く走れるゆっくりのスピードを意識し始めました。今では「別に止まっててもいいんだ」と気づき、“ごきげんな状態で子どものそばにいること”を重視し始めています。

子どもの主体性を尊重するためには、親が自分の主体性も尊重することが大切で、「今ここ」に止まっていれば、視野を広げて、家族全員にもともと備わっている「主体性」を発揮させ合える。


「親はこうあるべき」「父親だから」といった意識をなるべく剥いで、ごきげんな状態の自分で子どもの側にいて、その都度、最善の選択を考える。コロナ禍の環境や発達障害、うつなどによって難しいときもあるのですが、言葉にするとたったこれだけのことなのかもしれません。

視覚化してわかりやすく。夜にはカードゲームの「うの(UNO)」をしていた
視覚化してわかりやすく。夜にはカードゲームの「うの(UNO)」をしていた

うつで「育休」を取っていた経験が役に立つ

夏休みの娘は学童に通いますが、学期中や保育園のときとは異なり、給食が出なくなります。親子にとってはじめてのお弁当生活が始まりました。

僕は娘が0歳の頃、うつで体調を崩し、なだれ込むようなかたちで育児休暇を取得しました。独身だった頃、家事は得意ではありませんでしたが、育休時に少し回復してきたときには全ての家事を担うようになり、対応できるようになっていました。

コロナ禍でも止まらない保育園に妻を見送り、お弁当をつくって娘を送り出し、仕事の合間に食器洗いや洗濯を済ませる僕は「兼業主夫」です。

僕たちにとっての「安定」は、父親が稼いで母親が家庭を守るような「普通」ではないかもしれません。しかし、初めての夏休みを迎えた娘が、家事を担う僕に言ってくれた一言が、オリジナルな家族のかたちに自信を持たせてくれました。

遠藤光太

フリーライター。発達障害(ASD・ADHD)の当事者。社会人4年目にASD、5年目にADHDの診断を受ける。妻と7歳の娘と3人暮らし。興味のある分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。Twitterアカウントは@kotart90

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遠藤光太さんの連載「発達障害とパパになる〜子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1)は、原則毎週水曜日に配信予定です。全18回でお送りします。
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