連載
#9 Key Issue
SNSに走るホスト「虚像より素」歌舞伎町から考える「推し」の未来
お客さんと築く相互関係「リアルな価値」見直すきっかけに
特定のひいきのため多額のお金を費やすホストの世界の「推し」「推される」という相互関係は、SNSによって大きく変化したといいます。濃密な「推し推され」が繰り返される歌舞伎町から「推し」の未来について考えます。
ひいきのホストに会うため、お店に通うだけなく、売り上げのランキングを上げるためさらにお金を落としていく。ホストと接点のない人から見たら不思議な世界です。一方、その関係は「総選挙」の順位を争うAKBグループのアイドルとファンに重なります。
長くアイドルやタレントは雲の上の存在で、「トイレにも行かない」と思われるほど、私生活はまったく表に出てきませんでした。もちろん、本気で信じられていたわけではないのですが、芸能事務所やテレビ局だけでなく、ファンの方でも、そういう世界をあえて壊さない暗黙の了解がありました。
それは、アイドルの「推し」要素が凝縮されたホストの世界も同じでした。もともとホストの世界は「ホスト=漢(おとこ)」というイメージが強く、ある種の虚像を貫くことが魅力になっていました。お客さんも、それをわかった上で同じ世界観を共有していたのです。
ホスト出身で現在は歌舞伎町でホストクラブを中心にバー、美容室、介護事業などを展開する手塚マキさんは、それを「相互関係」と呼びます。
「もともと、一方的に推す、推される関係ではない、相互関係で成り立っていたのがホストです。お客さんもサービスを受けるだけでなく、ホストの世界の参加者の一人になって楽しむ。結果、その人との関係性でしかわからないものが生まれて、だから、なんでこの人が売れっ子なんだろう、というホストはけっこういましたね」
ところが、ホストが雑誌やテレビに出だし、風向きが変わります。お店でしか会えなかった存在が身近になり、さらにSNSが登場したことで演出された虚構の姿よりも、リアルな姿が求められるようになっていきました。
ホストの世界の変化は、そのままアイドルにも重なります。その象徴がAKBです。2005年に「会いに行けるアイドル」というキャッチフレーズとともに誕生し、身近な存在であることをアイドルの魅力に変えてしまいました。
ファンとの交流がSNSで公開されるのと同じように、ホストの世界でも、それまでタブーだったお客さんとのプライベートな関係がSNSで〝さらされる〟ようになりました。むしろ、それが素の姿として好意的に受け止められるまでに変わってしまったのです。
手塚さんは、その変化を「お客さんとの相互関係が、お客さんが一方的にホストを支持する関係に変わってしまった」と受け止めています。
矢野経済研究所の調べによると、アニメやアイドルなどの「オタク市場」は年々、拡大を続け、2019年にはアニメが3千億円(前年度比3.4%増)、アイドルが2610億円(前年度比8.8%増)に達しています。
SHIBUYA109labの調査からは、Z世代と呼ばれる若年層の中では、もはやオタク(ヲタ活)にネガティブなイメージはなく、自分の個性の一つとしてとらえていることが見えてきます。
様々な価値観が認められる時代の現れとも言えますが、その姿はコロナ前は「右肩上がり」で200店舗はあったという歌舞伎町のホストクラブの活況にもつながります。
2018年にあった石井光太さんとの対談で、手塚さんは「市場はどんどんふくらんでいっています。おおよそですが、1店舗あたりの売上は、指折りの人気店なら1カ月1億円くらいいきますが、平均して1000万円ほど。そうすると歌舞伎町全体で20億円から30億円。年間で300億円以上になるのです」と分析しています。
空前のホスト人気は、お店・ホスト・お客さんの「相互関係」を揺さぶりました。
「出会い方が違うものになりました。お客さんがSNSを通じてホストに触れられるようになり、逆に一人のホストが〝ワンオブゼム〟の存在になってしまった。一方で、推される側のホストもお客さんが不特定多数のフォロワーの一人のような感覚になり、人間関係における想像力が働かなくなってしまったのです」
それは、結局「誰ともつながっていない状態」だと、手塚さんは指摘します。
今ではホストの世界でも必須のツールとなったSNSですが、中には過激な発言で注目を集めようとするホストも少なくないそうです。
1997年に社会学者のマイケル・ゴールドハーバーは「アテンション・エコノミー(関心経済)」という概念を提唱しました。関心を集めることが、そのまま売れる売れないに直結する現代特有の状況を表した言葉です。
ネットが生活インフラになり、そこに膨大な情報があふれかえっている今、「アテンション」を巡る争奪戦は苛烈さを増しています。
いつしか、手段が目的化し、再生数だけ増えればいいという極端な手法が「迷惑系ユーチューバー」のような社会問題となって現れているなら、アイドルやホストにとっても、その負の側面からは無関係でいられないのかもしれません。
新型コロナウイルスは、これまでの暮らしを一変させました。中でも歌舞伎町の〝夜の街〟は必要以上にフォーカスされ、手塚さん自身、歌舞伎町商店街振興組合常任理事として、感染拡大防止のため新宿区との調整役として奔走してきました。
「不要不急」と呼ばれた産業が軒並み打撃を受ける中、歌舞伎町の飲食店も時短営業などを強いられ苦しい状況が続きます。
そんな中、エンタメの世界では、「投げ銭」と呼ばれる課金システムが広まり、バーチャル空間で「推し」を応援できる仕組みに期待する声も出ています。
しかし、手塚さんは「現時点で、デジタルの世界と水商売は別物」と言い切ります。
「VRやARの世界は、そこにかじを切るなら本気でやるしかない。それはそれで増えていくかもしれないけど、水商売とは全然、違うもの」
コロナを経験したからこそ、手塚さんが大事にしているのがリアルで会うことの価値です。
「コロナ後を見据え、歌舞伎町という街自体をコンテンツにしていきたい。中の人も外の人もここで出会えるような、リアルな世界での多様性を作っていきたいです」
そこには、何でも数字で可視化されやすい風潮への問題意識があります。
「わかりにくいものはわかりにくいままでいいと思いませんか? SNS上で店側が『推しメン』を作って炎上しても構わないという手法もあるかもしれませんが、それだと水商売の良さを失ってしまう気がするんです。人間関係の中で価値を生みだしていくことの大切さを、あらためて思うようになりました」
2020年11月、手塚さんは『新宿・歌舞伎町』(幻冬舎新書)を出版しました。
自身で本屋も経営するほどの読書好きで知られる手塚さん。最初は社会学などの理論を使いながら論を組み立てようとしたそうですが、結局、様々なエピソードを並べる構成に落ち着いたそうです。
「読んだ人の解釈に委ねる部分があった方がいいと思ったんですね。ネットでは、短くわかりやすい記事が多いかもしれませんが、読者のための余地を残しました」
前述の矢野経済研究所の調査には2020年度の予測値も触れられています。
右肩上がりだった「アイドル」は相次ぐイベントの中止によって、前年度比42.5%減の1500億円になると見込まれています。「推し」市場を揺さぶったコロナですが、それはリアルの価値の存在感をあらためて浮き彫りにしたとも言えます。
手塚さんが強調するのが、歌舞伎町の持つ多様性です。成功した人もそうでない人も、歌舞伎町で様々な人の生き方に触れてきた手塚さんの姿勢からは、単純に数値化、可視化できない価値への思いが伝わってきます。無数の防犯カメラにより都内の繁華街ではむしろ安全な街だという歌舞伎町のコンテンツ化。厳しい状況の中だからこそ生まれる新たな化学反応に期待したいです。
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