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連載

#6 ゴールキーパーは知っている

「サッカーの母国」で教わったGKの醍醐味 イングランド代表の育て方

〝苦労人コーチ〟が一番大事にしていること

イングランド代表でユース世代のGKを指導するサム・ミーク氏(左から2人目)=本人提供
イングランド代表でユース世代のGKを指導するサム・ミーク氏(左から2人目)=本人提供

目次

駐在するロンドンには、サッカーの最高峰と言われ、世界中から選手が集まるイングランド・プレミアリーグがある。現地でずっと聞いてみたいと思っていたのが、ユース世代の育て方だ。限られた人数しか試合に出られないゴールキーパーは特に関心があった。イングランド代表はどのようにして世界に通用する代表GKを育てているのか。その秘密を探りに、金の卵を預かる代表コーチに連絡を取った。(朝日新聞欧州総局・遠田寛生)

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有望な人材多いイングランド

イングランド代表で「最強GKは誰」と聞かれたとします。あなたは誰を思い浮かべますか?

筆頭は1966年ワールドカップ(W杯)優勝メンバーのゴードン・バンクスだろうか。抜群の安定感から「バンク・オブ・イングランド(イングランド銀行)」と呼ばれていた。

70年から90年まで活躍し、歴代最多125キャップ数を誇るピーター・シルトンも候補だろう。

ポニーテールの髪形とひげが印象的で、80年代から2000年代序盤まで活躍し、「セーフハンド(安心な手)」とも呼ばれたデービッド・シーマンも忘れられない。

今のGKを推す人もいるのではないか。現在のイングランドは有望なタレントが多い印象を受けている。

27歳のジョーダン・ピックフォード(エバートン)は、18年W杯ロシア大会で1990年以来となる4位に貢献した。ほかにもニック・ポープ(バーンリー)やディーン・ヘンダーソン(マンチェスター・ユナイテッド)、サム・ジョンストン(ウェストブロミッジ)……。先発争う立場の選手は20代が多く、伸びしろの期待もある。

きりがないので紹介はここまでにするが、次々と名前が浮かんでくる。サッカーの母国でGKは人気のポジションなのだろうか。

イングランド代表で育成世代を預かるGKコーチのサム・ミーク氏(右から5人目)=本人提供
イングランド代表で育成世代を預かるGKコーチのサム・ミーク氏(右から5人目)=本人提供

苦労人コーチが語るGK像

4月、オンライン上でサム・ミーク氏(31)を取材する機会に恵まれた。19年から代表GKコーチの仲間入りを果たし、17歳以下など主にユースを担当している。

疑問の答えだが、ゴールを決めるポジションの方がGKより、やはり人気があるという。ただし、こうも付け加えた。「自分がサッカーを始めた20年前ぐらいと比べると、随分人気が出てきたと思う」

理由はGKに求められるニーズの変化だ。

「今では足元の技術に自信がある選手が重宝される。試合への関わり方が増えたことで、人気が出てきているのではないか」

GKと言えば、ミスが許されないと言われる過酷なポジションだ。トップ選手になるには、タフな精神力が必要とされる。

ミーク氏が求めるのは「常に準備できるメンタリティー」だ。

「チームを救える役割も楽しい」と選んだGKでプロを目指したミーク氏は、16歳ごろまでは常時試合に出場できていたという。だが、ボルトン(現在は4部)のアカデミーに進むとベンチを温める日が続いた。

結果、ボルトンではプロ契約はもらえなかった。諦めきれずに下部のノンリーグ(セミプロ)でプレーしたが、プロ選手としての夢はかなわなかった。ボルトンからコーチ契約のオファーが舞い込み、指導者の道に進んだ。

控えや試合に出られない苦しさは痛いほど分かる。だからこそ言う。「それでもいつチャンスが巡ってくるかは分からない。準備を怠れば、わずかな絶好機を逃してしまうかもしれない。自分はいつもそう思って準備に励んでいた」

故障や出場停止など、想定外はときに起きる。子どもたちには準備する心構えを常に説いてきた。

それは最終的に、正GKを含めたクラブや代表チーム全体のレベルを上げる効果も期待できる。最近では国際試合に選ばれた選手たちに、よくこんな言葉をかけるという。「今日は第1GKでも、次の日は第3GKになるかもしれない。代表に選ばれ続けるには、どの立場でもこなせるメンタリティーが必要なんだ」

アストンビラ在籍時、試合でベンチから戦況を見守るサム・ミーク氏(前段、左から2人目)。ピッチ横でコーチ陣と話し合うディーン・スミス監督(前段、左から5人目)=本人提供
アストンビラ在籍時、試合でベンチから戦況を見守るサム・ミーク氏(前段、左から2人目)。ピッチ横でコーチ陣と話し合うディーン・スミス監督(前段、左から5人目)=本人提供

リーグと代表選手の活躍が人気に直結

今、GKに注目が集まるのは、人々が普段からよく目にするプレミアリーグ、イングランド代表におけるGKの活躍も大きい。

ミーク氏は、例としてマンチェスター・シティーのエデルソンとリバプールのアリソン(ともにブラジル)の名前を出した。

「攻撃のビルドアップに大きく関わる彼らの姿は、見ていてワクワクする。しかも、マンチェスター・シティーのグアルディオラ監督とリバプールのクロップ監督は彼らを戦術に不可欠な存在として話をする。頻繁に取り上げられることで、価値が高まっている」

イングランド代表でもサウスゲート監督の意向から、ビルドアップにGKが加わる。そこにピックフォードやヘンダーソンら、ユース代表を経験した選手が代表で定着したこともプラスに働いているとみていた。

「効果的に動けるか」が鍵

A代表に安定して人材を上げていくのは、容易ではない。大事な役割を任されているミーク氏だが、人材を見極める上で「どれだけ効果的なプレーができているか」という点を大切にしていた。

「選手は異なるスタイルを持つことが多い。だから、どちらのチームがボールを持っていても、最大限に力を発揮できるかをみている。それは16歳でも17、18、19歳でも変わらない」

足元の技術が高ければ攻撃のビルドアップ。スピードがあり広範囲のスペースを守る能力があれば、守備ラインを高めに設定できる。長所を高い精度で出せているかが大事だという。

そのために練習では実戦形式を多く採用している。守備面はもちろん、攻撃が得意な選手はパスの選択肢やスペースの使い方も学べる。「試合に近い感覚で、どうやったら一番効果的になれるのか。それを覚えてもらいたい」と話す。

身長や体形も目安ではあるが、あくまで一つの指標と言い切る。「絶対の判断基準とラベルを貼ってはいけない。昔よりも今は運動能力が高い選手が求められているのだから」

アストンビラ在籍時、主にアカデミーの選手を担当したサム・ミークGKコーチ=本人提供
アストンビラ在籍時、主にアカデミーの選手を担当したサム・ミークGKコーチ=本人提供

指標「Save of the Match」

では、練習や試合を見て選手をどう評価しているのだろうか。

世界同様、イングランドでもデータは重要にしていた。攻撃では「パス」を細分化している。

ショートやミドル、ロングなど、距離によって蹴った本数や成功率をつける。パスを出す状況も重要な要素になる。「相手から激しいプレスをかけられた時に、狙ったターゲットにパスを供給できているか。成功率はどうか」

守備では当然セーブが大事になるのだが、数だけでなく成功率も注目している。シュート機会に対して、止めないといけないシュートを何本防げたかだ。

それだけではない。「ビッグセーブ」という項目もあるという。枠内に飛び、ゴールになってもおかしくないシュートへの対応だ。「『Save of the Match』、つまり試合を救うようなセーブがどれだけあったかも見ている」。存在感を測る指標と言っていいだろう。

一方で、データに偏りすぎないことにも気をつけていた。数字だけでは、見えないこともまだある。参考にしつつも、プレーの前後の状況などの映像を振り返りながらチェックを重ねている。

データ以外という点では、コミュニケーション能力を大事にしていた。ミーク氏は「connect(つながる)」という言葉を使って表現する。

「どれだけ技術があり、戦術眼が優れていても、仲間と十分なコミュニケーションがとれなければうまく機能できない。逆に相手につけいる隙を与えてしまう。コミュニケーターとしての資質があって、守備陣とつながられるか。それが重要な鍵を握る」

コミュニケーションを磨く一環として、GKにはほかのポジション、ほかの選手たちには逆にGKを練習で試すやり方を提案した。「それぞれのポジションを経験することで、どう声をかけたら通りやすいか、対応したらいいかなどが見えてくる。それに純粋にお互いへのありがたみも沸いてくると思うよ」

プロ契約には届かなかったと語るサム・ミーク氏。アストンビラなどで指導し、現在はイングランド代表のGKコーチに=本人提供
プロ契約には届かなかったと語るサム・ミーク氏。アストンビラなどで指導し、現在はイングランド代表のGKコーチに=本人提供

自信喪失は「世界の終わりじゃない」

成長する選手を見て喜ぶのと同じぐらい、伸び悩む子たちも見てきた。そんな子たちにはどんなアドバイスが有効なのだろうか。

ミーク氏は一呼吸置いてからこう言った。

「若いころは特に自信を失い、苦しむことがあると思う。でも、覚えておいてもらいたい。それが世界の終わりじゃない」

「一番最悪なのはそこで止まってしまうこと。自分が望む考えやスタイルを挑戦し続けてほしい。そして自分の形を模索して、続けていることに自信をもってほしい。成長に一番大事なのは、たくさんプレーしていくことなのだから」

挑戦したからこそ見えてくる景色がある。たとえ、どんな結末になっても。その姿勢が本人やサッカー界のためになる。そう信じている。

 

Sam Meek(サム・ミーク)
1989年生まれ。2019年からイングランド代表コーチに就任。17歳以下などユースのGKを担当。ボルトン(今季4部)とバーミンガム(同2部)、アストンビラ(同プレミアリーグ)でGKコーチを務めた。
 

ミークさん、希望与える存在――取材を終えて

英国に来てから、機会がある度に色々な人に尋ねている。「サッカーはどうしてこの国の人々の生活の一部として浸透できているのだろう」。

コロナ禍になる前に取材したプレミアリーグのアーセナルの試合が忘れられない。おばあさんと4、5歳の孫が、2人並んで仲良く応援していた。隣にはおじいさんと娘と思われる40代ぐらいの女性が、ある選手のプレーをめぐり口げんかしていた。同じ選手のユニホームを着ながら、だ。でも、誰も止めに入らない。むしろ周りは楽しんでいるようにも見える。

英国の大学教授にそんな話をすると、「サッカーは宗教のような物。祖父母や親などの影響が強く、生まれた家によってひいきにするクラブが決まることも多い。一度は誰もが通る道と言ってもおおげさではない」と教えてくれた。なぜ人気があり、強くなるのか。理由が少し分かった気がした。

そんな国が敷く育成現場を知りたかった。注目度の高さから、指導側へのプレッシャーは計り知れないはずだ。「サッカーの母国」イングランドでは、どんな考えや方針で進めているのかな、と。

コロナ禍で現場を見られなかったことだけが心残りだが、ミークさんに話を聞けたのは貴重な経験だった。「どれだけ効果的に動けているか」などGKを評価する指標は分かりやすい。

おかげで、自分の見方も変わった。5月15日にプレミアのサウサンプトン対フラムを取材したが、気づけば、いつも以上にGKのプレーを意識して見ていた自分がいた。

ペナルティーエリア外のどの範囲までカバーに出ているか。攻撃の一歩として機能できているか。ゴールキックやパントが味方にわたる成功率はどうか……。

「プロの視点」に沿って見ていると、試合を楽しめる要素がまた一つ増えた。現場の人たちの声を広く届けることの大切さをあらためて学んだ。

そして、ミークさんの存在は、多くのサッカー関係者や選手に希望や励みを与えているとも感じた。残念ながら選手としてはプロのピッチには立てなかった。だが理論を持ちキャリアを積めば、強豪イングランド代表で指導できるのだ。

もちろん簡単ではないことは理解している。厳しい競争が待ち受け、一握りの人たちしか到達はできない。それでも夢半ばに終わった子たちの新たな目標になれる。その事実を証明してくれている。

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