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お金と仕事

「保母」と呼ばれた男性、19歳で保育の道…見つめ続けた社会の縮図

真顔で聞かれた「オムツ替えられる?」

「もっと高くジャンプ」とねだられた入舩園長。キャッキャと園児の笑い声が響いた
「もっと高くジャンプ」とねだられた入舩園長。キャッキャと園児の笑い声が響いた

目次

娘が通う東京都内の保育園は、30人中10人が男性だ。娘のクラスの担任も、園長も、男性。子どもたちは無邪気に先生に飛びつき、抱っこしてもらって、性別を問わず大好きな先生に甘えている。そういえば、保育士はかつて「保母」と呼ばれていたんだっけ……? 園長の入舩益夫先生(67)は、男性が資格をとることができなかった時代に、19歳で保育の道に入ったという。「紅一点」ならぬ「黒一点」で働いてきた先生。どんな風に社会を見つめてきたのだろう。(朝日新聞記者・大坪実佳子)

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オムツの交換に男女差?

<1973年、保育園に就職した。約30人いた職員のうち男性は入舩先生だけだった>
 

新聞の求人に載っていた「保母募集」の案内を、母が見つけて勧めてくれたんです。高校卒業後、一般企業に就職しましたが、馴染めず半年で退職。会社をやめた負い目もあり悩んでいた時でした。

子供の頃は、盆や正月に年下のいとこが7人くらい集まるのでおんぶして世話をしていて、帰ってしまうのが寂しくずっと一緒に遊んでいたいと思っていました。母はそんな私をよく理解してくれていたのだと思います。電話で男性でも応募できるか尋ねて、面接を受けに行ったのが始まりです。

「男性はだめ」と言われていたら、この仕事をしていなかったかもしれません。

更衣室やトイレが女性用しかないのには困りましたが、年上の女性ばかりだったのである意味かわいがられましたね。職場の理解があったので、仕事上は特に男女を意識することはありませんでした。

ただ、他の保育園の先生が集まる研修に行くと、女性の保母から「オムツはどうやって替えているんですか」「ミルクはどうやって飲ませるんですか」と真顔で聞かれて驚きました。オムツの替え方やミルクのあげ方に男も女もないのに、何でそんなことを聞くのだろうと思いました。「男の人だから、司会をやってください」とふられることも。目立つと損だなと感じました。

1976年の保育園の様子。朝日新聞の写真説明には「保育園児たちの食事の世話をする保母さん。腰痛の一因となる中腰姿勢が多い」とあった
1976年の保育園の様子。朝日新聞の写真説明には「保育園児たちの食事の世話をする保母さん。腰痛の一因となる中腰姿勢が多い」とあった 出典: 朝日新聞

「保育界のパンダ」

<77年、児童福祉法施行令が改正され、男性も保母の資格を取れるようになった>

養成機関に夜間に通って資格を取得しました。ただ、当時はあくまでも正式名称は保母だったので、卒業した時にもらった書類には「保母に準ずる」とありましたね。全国的にも珍しい「男性の保母」を目当てに、マスコミの取材も多く、まるで「保育界のパンダ」でした。どう言われようが、自分自身が子どもと楽しく関わることを1番としていましたが、保育の世界で男性を見る目ってそうなんだなと思いました。

だから、「婦人警官」や「女社長」、「女医」などの言葉を聞くたび、なぜわざわざ性別を強調するのだろうと腹立たしかったですね。

結婚し、共働きで子どもを3人育てました。当時から料理や洗濯も、生活を回すために必要なことは分担していました。特別ではなく当たり前と思っていましたから、小学校の給食着について、子どもが友達に「うちはお父さんがアイロンをかけているよ」と言うととても驚かれたと聞いて、私も驚きました。世間一般とは違ったんだなと。

でも、仕事がスムーズにいくかどうかに性差が関係ないのと同じで、家の営みをどうするかに、男も女もないんです。父親が離乳食を作ったり縫い物をしたりすると「すごいですね」と言われますが、女性は褒められもせず普通にしていることなので、大きな声で主張することではないと感じています。

1976年7月6日の朝日新聞紙面。「男性保母」を認めるよう働きかけがあったことを伝える記事が掲載されている
1976年7月6日の朝日新聞紙面。「男性保母」を認めるよう働きかけがあったことを伝える記事が掲載されている

子どもたちから分けてもらう幸せ

<99年に児童福祉法施行令が改正され、名称が「保母」から「保育士」に統一された。ただ、男性保育士は未だに少ない。2020年末に独立行政法人福祉医療機構が、全国で保育所や認定こども園などを運営する法人(818法人、855施設)に行ったアンケートによると、保育業務に携わる職員のうち男性は3.8%、女性は96.2%だった。また、年齢別では30代以下の職員が54.4%を占めており、保育に携わる職員は圧倒的に「若い女性」が多いことがわかる>
 

若い頃に、「男性がいると、子供に活発な遊びをさせてあげられていいですね」と言われたのは忘れられません。年齢を重ね体があまり動かなくなったら、自分は男として保育ができなくなるのかと、不安がずっとありました。

60歳をこえた今、足や腰に痛みが出て体力的に厳しいと感じることもありますが、毎日、子供と一緒にいられて、楽しませてもらって、幸せです。
子どもは、何をしてもかわいい。

男性保育士は増えたとはいえ、まだまだ全体としては少ないですね。保育士という仕事が社会的に認められていない。社会的地位の低さや、賃金の低さなどが背景にあるのだと思います。

園長を務める港区立東麻布保育園は認可園で、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)が運営を担っています。園内に男性保育士が多いのは、ワーカーズコープの「誰もが地域にかけがえのない存在として、お互いの価値と多様性を認め合う」という方針に基づいているからです。

「あ、ヘリコプター!」とお散歩に行く園児に声をかける入舩益夫園長
「あ、ヘリコプター!」とお散歩に行く園児に声をかける入舩益夫園長

「あなたを受け入れる」気持ちで

子どもたちを見ていると、子どもたちの方が、選ぶ色や遊びに固定的な受け止めをしている気がしますね。「そのリボンかわいいね」と言うと「先生は男なんだから付けないでしょ」。「私は~…」と話すと「『私』は、女の子が使う言葉でしょ」と、指摘されます。

それを否定はしませんが、なるべく日常の中で男女を分けないよう、差別を植え付けないよう気を配っています。性別も、国籍も関係なく、「あなたを受け入れる」という気持ちで向き合いたいです。保育園は社会の縮図ですから、園の職員には、老若男女、様々な人がいてこそと感じています。

子どもと一緒に散歩していたら、「何歳ですか」「うちは…」と会話が弾み、見ず知らずの人と親しくなることがあるでしょ? 子どもの存在を通して、人は幸せを共有することができるんです。保育園では、ただ預かるだけでなく、これだけ子どもが愛しい存在なのだということを発信していきたいですね。

入舩園長の思いが溢れた園だより。保護者からの反響も大きかったという
入舩園長の思いが溢れた園だより。保護者からの反響も大きかったという

多様性ってなんだろう――取材を終えて

保活のときに近隣の保育園を見学すると、圧倒的に女性の職員が多かった。
「女性」と一口に言っても経験や経歴はさまざまで、「女性職員しかいない園=多様性がない」とは思わない。
ただ、保育士の仕事が男性にも門戸が開かれて40年以上経つのに、未だに9割以上が女性というのは、率直になぜ? とも感じる。

2017年に千葉市が、男性保育士が働きやすい環境をつくろうと「男性保育士活躍推進プラン」を策定したところ、男性保育士が女児の着替えや排泄などの世話をすることをめぐり、ネット上では議論が起きた。
男性シッターによる性犯罪が相次いだとして、大手のシッター仲介サイトが男性シッターの新規予約の受け付けを停止したこともあった。
性犯罪の恐れがある保育者を排除する仕組みづくりが必要なのは、言うまでもない。同時に考えたいのは、「男性」というだけで多くの男性の保育者に肩身の狭い思いをさせてしまう偏見の怖さだ。

愛情を持って真面目に子どもたちと向きあっている男性保育士がいることを、私は伝えたい。
家庭での男性の育児参加が当たり前になった時代、男性の保育者はもっと増えていいはずだ。

「保育園は社会の縮図」。先生のその言葉の意味を、考え続けている。

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