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話題

ゴールキーパーの「ゴッドファーザー」なぜ日本に?本気で壮大な夢

「GKも攻撃の第一歩に」名選手を育てた理論

GKコーチを務めたマンチェスター・ユナイテッド時代、チームメートだったFWウェイン・ルーニー(左)と談笑するフランス・フック氏=2015年2月、英マンチェスター、Lee Smith・ロイター
GKコーチを務めたマンチェスター・ユナイテッド時代、チームメートだったFWウェイン・ルーニー(左)と談笑するフランス・フック氏=2015年2月、英マンチェスター、Lee Smith・ロイター

目次

サッカーで、「ゴールキーパー(GK)のゴッドファーザー」と呼ばれる人がいるのをご存じだろうか。欧州の名門クラブや代表チームなどで30年以上指導にあたる一方で、欧州サッカー連盟(UEFA)でGK指導の指針を作り上げた中心人物である。そんな大物は現在、日本サッカーに大きく関わっていた。そして目標は「世界一のGK」を日本から生み出すことだという。(朝日新聞欧州総局・遠田寛生)

日本出身のGKをレギュラーに

言葉に迷いやためらいは一切ない。日本サッカー界での目標は具体的に描かれていた。

「世界トップになれる人材を見つけ、育成の道筋をつくる。そのためには地域との連携と世界への挑戦が不可欠だ。そして理想は10年後に、日本出身のGK5人が欧州5大リーグでプレーし、15年後にはその中でも強豪クラブでプレーする。最終的には5大リーグ全ての国の上位クラブに選手を送り込みたい」

語ってくれたのは、元プロ選手でオランダ出身のフランス・フック氏(65)だ。現在は日本サッカー協会(JFA)のGKプロジェクトのテクニカルアドバイザーを務めている。

4月上旬、オンラインで話を聞く機会に恵まれた。

欧州5大リーグとは、イングランドのプレミアリーグやスペイン、ドイツ、イタリア、フランスの1部リーグを指す。今季所属している日本選手で言えば、フランスのストラスブールにいる川島永嗣だけだ。

世界中から逸材が集まる狭き門に、日本出身のGKが本当に何人もレギュラーとして活躍できるのか。夢物語に思える、という意見も聞こえそうだ。

だが、フック氏の経歴を知ると期待がもてる。

1999年、優勝カップを前に記念撮影をするスペイン1部バルセロナの選手やGKコーチのフランス・フック氏(上段、右から5人目)。リバウド(上段、左から5人目)、ルイス・フィーゴ(下段、右から5人目)らが中心選手として在籍していた=1999年6月、バルセロナ、ロイター
1999年、優勝カップを前に記念撮影をするスペイン1部バルセロナの選手やGKコーチのフランス・フック氏(上段、右から5人目)。リバウド(上段、左から5人目)、ルイス・フィーゴ(下段、右から5人目)らが中心選手として在籍していた=1999年6月、バルセロナ、ロイター

数々のタイトル獲得に貢献

サッカーにのめり込む前は柔道に明け暮れていた。12歳でオランダの大会で優勝した実力者で、後にサッカーにもいきたと笑う。

受け身を学んでいたおかげで、横っ跳びはへっちゃらに。個人の駆け引きにも慣れており、1対1で前へ飛び出す「勇気」が自然と身についていた。16歳でプロになり、オランダのフォレンダムでGKとしてプレーした。

故障により1985年に引退したが、そこで人生の道が開けた。すぐさまコーチとして声がかかった。しかも打診してきたのは、オランダが生んだ至宝、ヨハン・クライフ氏だった。

物事を調べ、分析することが好きだったというフック氏は現役中、「オランダでは初で、欧州でも初めてかもしれない」というGK指導の教書を執筆。GKのトレーニング教室なども開いていた。

その本をクライフ氏は読んでいたという。「大変気に入ってくれたみたいで、名門アヤックスにコーチとして誘われた。彼は私にとっても特別な存在だ。断る理由なんてなかったよ」

主にGKを担当し、強豪を支えた。クライフ氏が去った後も、数々のタイトル獲得に貢献し、クラブは94~95年シーズンは欧州チャンピオンズリーグ(CL)制覇、95年にはトヨタカップで優勝している。

その後はバルセロナ(スペイン)やバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)などを渡り歩き、複数の代表チームにも招聘された。

マンチェスター・ユナイテッド時代、プレミアリーグの試合後にGKダビド・デヘア(左)に声をかけるGKコーチのフランス・フック氏=2016年5月、英マンチェスター、ロイター
マンチェスター・ユナイテッド時代、プレミアリーグの試合後にGKダビド・デヘア(左)に声をかけるGKコーチのフランス・フック氏=2016年5月、英マンチェスター、ロイター

大御所はなぜ日本に来たのか

ビッグネームも多数指導してきた。アヤックスではオランダ代表として長く活躍し、一時期は世界トップの呼び声もあったエドウィン・ファンデルサールを教えた。

バルセロナではともにスペイン代表でも活躍したビクトル・バルデスとホセ・マヌエル・レイナ。マンチェスター・ユナイテッドでは、現スペイン代表のダビド・デヘアがいた。

95年からはUEFAにも関わり、GKの指導ライセンスのプログラムを発足させた中心の1人だ。

ワールドカップ(W杯)で記憶に残る出来事を起こした人物でもある。オランダのコーチだった14年ブラジル大会の準々決勝、コスタリカ戦。延長でも決着がつかずPK戦にもつれると、オランダはPK戦から投入した第2GKクルルが2本を止めて勝利をつかんだ。「奇策」と騒がれた起用で、ファンハール監督に進言したのはほかならぬフック氏だった。

そんな大御所はなぜ日本に来たのか。きっかけは元日本代表で、JFAスタッフで欧州在住の藤田俊哉氏の名前を挙げた。2018年のことだったという。

「彼から日本の現状や目指したい道などを詳しく聞いた。素晴らしいと思って賛同した」。2050年にW杯を日本で開催し、優勝するという最終目標にやる気を感じたという。

そしてテクニカルアドバイザーとして加わった。日本のスカウト事情やGKコーチや一般コーチを分析。指導体制を学び、GKの人材発掘から育成の道筋を日本スタッフと話し合いながら取り組んでいる。

日本サッカー協会(JFA)のGKプロジェクトでテクニカルアドバイザーを務めるフランス・フック氏(右から2人目)=JFA提供
日本サッカー協会(JFA)のGKプロジェクトでテクニカルアドバイザーを務めるフランス・フック氏(右から2人目)=JFA提供

「若いうちはGKに固定しない」五つの理論

では、どのようにGKを探し、育てていくべきなのか。

(1)「固定しない」
「幼いころは誰もがゴールを決めたい。だから若いうちにGKに専任させるのはよくない。10歳ぐらいまではローテーション制にし、全員GKを経験させる」

GKのやりがいや楽しさを自然に学ばせる。一方で、現代サッカーに不可欠となったGKの足元の技術向上にもつながる。

専任しても、飽きさせずかつ試合の流れを学べるように、定期的にGKがフィールドプレーヤーとして出場させる「GKデー」などをつくることも提案する。

(2)「押しつけない」
「高いレベルまで成長するには、ハートが最も大事。情熱があれば、その後待ち受けているもの全てが少し楽になる。押しつけては逆効果になる」

好きでい続けなければ長続きはしない。同じチームになった超一流の選手を見てきて感じることだ。

「しかもGKだけじゃない。リバウド(元ブラジル代表)やルイス・フィーゴ(元ポルトガル代表)、ウェイン・ルーニー(元イングランド代表)……。誰もが心からサッカーが好きで、変わらなかった」

(3)「プレーをさせる」
試合に出られるGKは一握りしかいない。だからといって、実戦経験を積まなければ上達は難しい。一つの解決策は練習形式だ。

「11対11の練習を行えば、試合のような経験につながる。特にユース世代はこのような時間が大切だ。ベンチにいてはうまくならない。プレーできる機会を工夫して増やさなければいけない」

日本でもすでに取り組み始めているという。「11対11や8対8、6対6など、より実戦に近い形の練習を入れている。うまくなるには、サッカーを学ばなくてはいけない。知れば知るほど試合の展開を読む力がつき、成長につながる」

GKはグラウンドの片隅で個別に練習するイメージが強い。だが、必要ならば全体練習の前後にすべきだと勧める。

唱える裏には、きちんとした裏付けがある。個別練習が一般的だった80年代のアヤックス在籍時、クライフ監督に、フィールドプレーヤーたちと一緒の実戦形式の練習を増やすよう進言し、認められた。

理由は明確だ。「ゴールを防ぐことは大事だが、同じシュートを止めるでも実戦とシュート練習では雰囲気も流れも異なる。状況への理解や対応力が身につけば、残るは一つだけになる。1万人の前で練習のようにプレーできるかだ」

ファンデルサールやバルデス、レイナらも実戦に近い練習で育てた。

プロクラブができることもあると話す。選手の併用だ。「一時期、レアル・マドリードやバレンシア(スペイン)では1週間ごとにGKを変えていた。選手が全部の試合に出たいと思うのは当然だ。しかし、正GKが離脱した時に第2GKができあがっていなければチームとしては痛手になる。難しい選択だ。ただ、みんな10年先には違う考え方を持っているだろうし、将来への備えも必要だ」

(4)「攻撃の第一歩に」
フック氏はアヤックス時代から、GKに攻撃の組み立てにも参加させた。読みは的中する。92年にバックパスのルールが変更された。味方のパスをGKが手で処理することが禁じられると、追い風になった。

「ほかのクラブのGKたちはクリアするのが精いっぱいで、相手にわたって攻められ、失点しないことを祈るばかりだった」

現代ではGKの展開力は必須になりつつある。「マンチェスター・シティー(イングランド)のエデルソンがいい例だ。彼は最後のとりででありながら、攻撃のビルドアップの中心的存在だ。ショート、ミドル、ロングパス。全てで能力が高い。GKの一番の役割はゴールを阻止することに変わりない。だが、それ以上にオールラウンドでなければいけない」

(5)「ミスを怖がらない」
ミスをすれば失点につながる。ある程度の失敗は許される他のポジションと比べ、責任の重さにGKを避ける人もいるだろう。ただ、その考えは否定する。

「失点につながりやすいからミスを怖がる選手が多い。だが、ミスを怖がる選手ほどミスをしてしまう。完璧なGKなどいないし、ミスは誰でもする。大事なのはそこから何を学び、切り替えられるか。状況に応じて対応できる力がほしい」

バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)時代には心理学者と頻繁に連絡を取り合い、選手の精神的負担の軽減を努めた。そのやり方はJFAにも取り入れているという。

身体的な条件も聞いてみた。身長や腕の長さなどで、早々とGKに向かないと判断されてしまう子どもは日本にも多い。

フック氏は「世界最高峰の選手たちを見ると身長185センチが一つの基準といえる」と話す。

ただし「身長は大事な要素の一つだが、それだけで決めつけるのはよくない。200センチでも動けない選手もいる。体は大きくてもフィールド上では小さく感じてしまう」

大切なのは対応力だという。シュートやクロスなどに対して、体格では勝てない選手と同じ範囲をカバーできるように動ければ、身長が低くても活躍できる可能性はあると説明した。
 
GKプロジェクトのテクニカルアドバイザーとして日本サッカーの成長を目指しているフランス・フック氏(奥、右から2人目)=JFA提供
GKプロジェクトのテクニカルアドバイザーとして日本サッカーの成長を目指しているフランス・フック氏(奥、右から2人目)=JFA提供

「日本は、前向きな要素ばかりだ」

新型コロナウイルスの影響もあるなか、日本サッカーの成長をどう感じているのだろうか。

フック氏は満面の笑みを浮かべて言った。

「日本は恐れることなく私のような外部の人間に意見を求め、受け入れた。新たなビジョンを持ち、すでに善いことをたくさん成し遂げてきた。最終的には時間と辛抱は必要になるが、前向きな要素ばかりだ」

最終目標である日本の2050年W杯優勝へ、やることやイメージは湧いている。そんなフック氏でも全く見通せないこともある。

優勝時のピッチに立つGKだ。「なにせ29年も先の話だ。ゴールを守る選手は、まだ生まれていないかもしれないな」。顔をくしゃくしゃにして笑った。

オランダ代表でGKコーチだった2012年、ワールドカップ予選のトルコ戦で得点を決めた選手をたたえるコーチ陣。右からパトリック・クライファート氏、フランス・フック氏、ルイス・ファンハール監督=2012年9月、アムステルダム、ロイター
オランダ代表でGKコーチだった2012年、ワールドカップ予選のトルコ戦で得点を決めた選手をたたえるコーチ陣。右からパトリック・クライファート氏、フランス・フック氏、ルイス・ファンハール監督=2012年9月、アムステルダム、ロイター

取材を終えて

GKを表現する際「鉄壁」「守護神」という言葉がよく使われるのを見る。

メインは失点を防ぐ役割だ。違和感はない。筆者も学生時代、GKに最も必要なのはとっさのシュートに反応できる瞬発力と思っていた。

フック氏は、「GKはオールラウンダーでないといけない」と話す。

おおげさに言えば、FWとして出場すれば点取り屋になれ、MFならば高い技術や試合を読む力を持った司令塔になれる選手だろうか。

1990年代に小柄ながらメキシコ代表のGKとFWとして活躍したホルヘ・カンポスを思い出す。二刀流は衝撃的だった。これからはもっと体格がよく、「チームで一番うまい選手」がゴールマウスを守っていくのかもしれない。

変化を恐れず、進化を求めてきたフック氏の言葉には重みがある。世界トップクラスから常に声がかかるのには、やはり理由がある。きちんと物事を分析し、準備を怠らなければ道が開ける可能性も学べた。コロナ禍で難しいとは思うが、JFAにはこれからも子どもたちや指導者と触れ合う機会をできる限り設けてもらいたい。

これまでは欧米の知人とサッカー談議になると、「日本が世界一になる」とはとても言えなかった。願望はあっても、口にして笑われるのがしゃくだったからだ。

でも今はスッと言えそうだ。根拠を聞かれたら、こう答えられる。

「日本にきたゴッドファーザーって知ってる?」

     ◇

Frans Hoek(フランス・フック)1956年、オランダ生まれ。オランダでプロ選手として活躍し、85年から指導者に。アヤックス(オランダ)を皮切りに、バルセロナ(スペイン)、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)、ガラタサライ(トルコ)でコーチを務めた。代表チームはオランダやポーランド、サウジアラビアを指導。コーチ指導におけるインストラクターとして、オランダサッカー協会や欧州サッカー連盟(UEFA)でも活動。

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