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IT・科学

ツイッターをにぎわせる「魔女狩り」漫画、編集者の熱量がすごかった

強気の3冊同時発売「いける!」

槇えびし『魔女をまもる。』(朝日新聞出版)から
槇えびし『魔女をまもる。』(朝日新聞出版)から 出典: ©槇えびし/朝日新聞出版

目次

1冊990円、上中下巻3冊同時発売という〝強気〟の販売戦略にもかかわらず、SNSで話題になっているのが漫画「魔女をまもる。」(槇えびし作)です。魔女狩りという奥が深いテーマをあえて選びヒットにつなげた裏には、作者と一体化して作品にのめり込みながら、ネットでの拡散にも気を配った編集者の存在がありました。(ライター・安倍季実子)

資料集めとプロット作りに苦戦

話を聞いたのは、「魔女をまもる。」担当編集者の原真紀子さんです。

――槇えびしさんが『Nemuki+』で連載することになったきっかけは?

「5~6年前に『Nemuki+』で小説のコミカライズ版を何本も立ち上げたことがあり、そのときに声をかけました。ちょうどその頃に、『朱黒の仁』(真田幸村が主人公の歴史漫画)を連載していた雑誌の休刊が決まっていたので、タイミングよくうちで引き取った形です」

「『朱黒の仁』が終了するときに次回作の相談をしたら、『ヴァイヤーを主人公にした漫画を描きたい』と提案されました。はじめはダークファンタジー色の強い創作漫画で、1話完結タイプの連載になる予定だったんですが、色々と調べるうちに、槇先生の興味がヴァイヤー個人をしっかり描く方にシフトしていき、史実に基づいたサスペンス風ミステリーになりました」


――作品を作る上での苦労はありましたか?

「一番大変だったのは、資料集めです。資料の数自体が少なくて、私も槇先生も苦労しました。その後、大阪の太成学院大学の黒川正剛教授という方が魔女や魔女狩りの書籍を多数出されていると知り、2人で大阪へ行って、魔女狩りについて勉強させていただきました。槇先生は、教授に紹介された『学際魔女研究会』に入会して、さらに深く勉強されていましたね」

「また、プロット作りの根本になるヴァイヤー自身のことや風俗史・宗教史などは、大学の論文やドイツ語のサイトを見たりして学んだそうです。槇先生は時代背景なども一通り理解してから作品に落とし込む方なので、この辺りでも苦労されていましたね。そうやって基礎知識を固めた上で、ヴァイヤーたちの年表に沿ってプロットを作りました」


――連載時に気をつけていたことはありますか?

「1つは構成です。『魔女をまもる。』は、ヴァイヤーの青年期からスタートしますが、幼少期の頃とストーリーが行ったり来たりします。隔月誌での連載を読者に浸透させるのはなかなか難しい上に時代が飛ぶとなると、読者が前回の内容を忘れたり、置いてけぼりになったりする可能性があると思いました。そこで、ストーリーの内容は変わらないけど、同じ時代のエピソードはある程度まとめて、時系列の変動を少なくしてもらいました」

「もう1つは、精神病の扱い方です。精神病を患った人が虐げられてきた史実はあるけど、病気で差別を受けることを強調してしまうと、『その精神病は差別されるもの』という変なイメージができて、傷つく人が出るかもしれません。また、ヴァイヤーは“精神医学の祖”と呼ばれていることもあり、『医療で魔女を救う』という点を主軸にストーリーを見せることにしました」

『魔女をまもる。』全3巻
『魔女をまもる。』全3巻 出典:『魔女をまもる。』

異例の3巻同時発売となったワケ

――1冊990円となった理由はありますか?

「この価格は狙ったわけでなく、純粋に制作費です(苦笑)。単純にページ数が多いからというのもありますが、でもこだわれるところはこだわりたい。読者に『手に取って読みたい』と思ってもらう本作りをした結果、この価格になりました。あと、はじめは上下巻にしようと思っていましたが、そうすると1冊当たりがもっと高くなるので、上中下巻になりました」


――3冊同時発売というのは、珍しいですよね?

「普通は1巻ずつ発売されますね。月刊誌なら半年で単行本を出せるので、1巻ずつ発売しても読者が内容を忘れてしまう心配がない上に、書店に並ぶことで本をアピールできますし、口コミも期待できます。でも、『Nemuki+』は隔月誌なので、1巻を出すのに1年かかります。2巻の発売は1年後です。間が空けば内容を忘れてしまうこともあるでしょうし、続けて購入される可能性が低くなるのではという心配がありました」

「また、今回の場合は全3巻を3ヵ月連続発売という選択肢もありました。その場合は、最低でも3ヵ月は店頭に置いてもらえるというメリットがあります。しかし、あくまでも次巻が出るのは1ヵ月後です。どんなに反響がよくても、1か月待つことになります。さらに、巻を重ねるごとに書店さんでの在庫数にバラつきが出て、お客さんが買いたくても買えないというデメリットの心配もあります。また、単巻発売の場合は、次巻以降の購入数が減少するのが一般的なんです」

「ただ、過去に編集部でファンタジー作品を上下巻同時発売して成功した例がありました。本作は単行本発売に時間がかかる上に、1巻だけで作品の魅力を伝えるのが難しい漫画です。色々と悩んだのですが、『今は流行り廃りが早いので、同時発売の方がいいだろう。ただし、そうなると本をPRする期間は短くなるというデメリットがある。それを補うためにも、短期間で一気にPRを頑張りたい』という説明で槇先生の了承を得て、連載終了後に3冊同時発売することになりました」

「3冊同時発売なので、単行本作業もいつもの3倍でした」と苦笑する原真紀子さん
「3冊同時発売なので、単行本作業もいつもの3倍でした」と苦笑する原真紀子さん

単行本発売後のPRについて

――PRは難しかったのではないですか?

「ここも苦労した点です。普通の発売方法とは違うので、単行本作業のときから色々と考えていました。そんなときに、編集部内で文芸作家さんのプルーフ(発売前に書店員に読んでもらうために用意された、カバーのない校了前の本)を見て、『これだ!』と思ったんです」

「まずは、どんな本なのかを知ってもらわないといけないので、コミックスの販売ランキング上位50店舗にプルーフに当たるゲラを送ってほしいと販売部に頼みました。すると、1店舗だけこちらがビックリするくらいの絶賛メールをくださったんです。そして『ポップもあれば一緒に展示します』と言われて、急遽ポップと店頭に置く試し読み本を手作りして送りました」

「次に、別の書店さんから編集部に、『コーナーを作りたいので販促物を送ってください』と直接電話がきました。後に、その書店さんたちがTwitterで特設コーナーや本を紹介してくださったおかげで、陳列してくれる店舗が少しずつ増えていきました」

――読者向けには、どんなPRを行いましたか?

「主にTwitterを活用しました。本来なら、サイン会やトークイベントを行いたいところですが、コロナのために一切できなくなってしまったんです。オンラインという方法もありますが、出版社主導でやるのは、まだまだハードルが高くて……。そこで、槇先生にもご協力いただいて、直筆色紙やサイン入り複製原画のTwitterプレゼントキャンペーンを行いました」


「あと、ニッチな作品なので、そのジャンルのインフルエンサーに読んでもらおうと思って、巷で有名な『西洋魔術博物館』さんにメッセージを送ったところ、すでに本作品をご存知で予約済みだとご返答をいただき、発売後に感想をつぶやいてくださったんです。そのおかげで、魔女や魔術などが好きな人に情報が届いたんだと思います」

――その後、ダ・ヴィンチニュースに取り上げられましたよね?

「プラチナ本に取り上げられたのは、本当に突然のことだったので、編集部も販売部もビックリでした(笑)。ちょうど販売部も書店さんからの反響を受けて、どう動くか検討していたタイミングでした。これがきっかけで『今売るべき本』とさらに認識されたようで、仕掛ける形で重版してもらえました」

「また時代考証でご協力いただいた黒川先生にAERA dot.で解説記事を書いてもらったり、Twitter作戦やプルーフ作戦などが、ひとつひとつハマっていったおかげで、ダ・ヴィンチニュースの連載にピックアップしていただけたのだと思います。でも、これはただ運が良かったとかラッキーだったのではなく、根本に作品の強さがあったから、できたのだと思います」

原さんはポップの他に、このパネルも手作りしたそう
原さんはポップの他に、このパネルも手作りしたそう

グロテスクじゃないのにリアルな「魔女狩り」

――作品に携わることで、「魔女狩り」のイメージは変わりましたか?

「元々、グロテスクやスプラッタが苦手で、『魔女狩り』には恐ろしい・残酷というイメージがありました。それは槇先生も同じだったので、激しい表現はできるだけ避けることになりました(笑)。作中で少女が処刑されるシーンがありますが、全くグロテスクではありません。本作品が伝えたい『差別に打ち勝つ』『偏見と戦う』といったテーマには関係ないので。でも、完成したページは、魔女狩りの恐怖をしっかり伝えられていると思います」


――私も、全然グロテスクじゃないのに、どこかリアルだなと思いました。

「槇先生は、『16世紀の価値観や常識を追体験してほしい』という想いを大切にしていました。内容を難しくすると、理解はできても共感はできない。そこで、共感が持てるキャラクターを通して当時の様子を見ることで、追体験できるのではないかと考えられていました」

「個人的には、時代背景がクリアになることで、魔女狩りをリアルに感じるようになりました。そして、魔女よりも、当時の村八分のような環境の方が怖かったんだと。集団心理が働いて、人々がひとつの方向を向いている中で、一人立ち向かうのは難しいと思います。したいと思っても、声を上げられないでしょうし、声を上げたら、その人が次のターゲットになるかもしれません。それに気づいたのは、単行本作業をしているときです。作品を俯瞰で見たときに、『今の閉塞している社会とフィットしているな』と、『これは売れるな』と手ごたえを感じました」

©槇えびし/朝日新聞出版
©槇えびし/朝日新聞出版

読者が作る付加価値

――連載中に手ごたえを感じることはなかったんですか?

「実は……連載中は二人三脚といった感じで、槇先生がハードに作品に向き合われて、〆切ギリギリまで没頭して描いている姿を非常に近い場所から見ていたので、それを無事に本誌に載せられるかどうかの方が心配だったんです(笑)。連載中は読者の反応を気にする余裕はほとんどなかったのですが、読者ページに送られてくる槇先生へのお便りやイラストを見て、受け入れられているんだなとは思っていました」


――手ごたえを感じた具体的なものとは?

「連載が終了したら、単行本用に台割(本の設計図のようなもの)を決めたりゲラの見直しなどをするのですが、その中でキャラクターの考え方や発するメッセージが胸に来るものがあったんです。フラットな目線で世間の常識と戦うヴァイヤーを通じて、この時代の魔女狩りは現代のSNSでのいじめや自粛警察といったものに変化したのではないかという気がしました」

「実際に、読者のSNSやプラチナ本の感想からも、この作品をコロナ禍による閉塞的な現在に投影して読んでいる方が多いんだなと思いました。作中で黒死病との戦いも描いているので、受け取る側は自然とコロナ禍の状況とリンクしたのでしょう。連載開始当初には思っていなかった反応で、槇先生も予想外だったようです」

「今までの経験から、名作や傑作と言われる作品は、作家の意図とは関係なく、読者による意味づけや付加価値が加わって生まれるのだろうと感じていました。もしかしたら、槇先生の作品も、そういう傾向にあるのかもしれません」

「スケジュールはすべてiPadで管理しています。これがないと仕事ができません(笑)」
「スケジュールはすべてiPadで管理しています。これがないと仕事ができません(笑)」

今の漫画業界は戦国時代

――『魔女をまもる。』以外にもたくさんの作品があふれていますが、今の漫画業界を一言で表すなら?

「おそらく『戦国時代』ではないでしょうか。SNSなどで個人が作品を簡単に発表できるようになったので、漫画家への門戸が広がってきています。一昔前までは、プロを目指す方は、出版社に持ち込むか、コミケなどで同人誌を売ったり、個人ブログなどで発表していたので、その頃からすると考えられない状況ですよね」

「さらに、最近はWeb漫画も一般的になりましたし、独自の連載も持っています。韓国発のウェブトーンの勢いも無視できません。流行り廃りの流れが速くなってきていますし、いい意味でも悪い意味でも『戦国時代』と言えるのではないでしょうか」


――漫画原作のドラマ化やアニメ化などのメディアミックスも盛んですね。

「国内では、メディアミックスがひとつのゴールのようになっていますが、国外に目を向けてみると、世界規模で活躍する作家さんも現れているんですよ。例えば、担当している『富江』を代表作に持つ伊藤潤二先生の作品は、約20の国・地域で翻訳出版をしています。台湾や中国ではホラー漫画の巨匠として大変人気があって、2015年から台湾を皮切りに上海、香港、北京など7か所で展覧会を開いています」

「また、欧米人気も高まってきていて、2019年にはアメリカのアイズナー賞を受賞し、同年の日本の翻訳コミックのランキング上位20位のジャンプ作品の中に、伊藤潤二先生の2作品がランクインしました。ほかにも、他社作品の『うずまき』は、アメリカで短編アニメ化が進行中ですし、先ほどの『富江』は実写化が発表されました。作品の質や内容がいいことは前提ですが、海外にも熱狂的なファンができると、活躍の場が広がるのだなと実感しています」

「『魔女をまもる。』も、今後期待の作品です。実は発売直後に、『AKIRA』『ドラゴンボール』『ONE PIEACE』などの有名作品の翻訳出版を手掛けるフランスの出版社から、好条件のオファーが来ました。ほかにも、スペインや台湾からもオファーが来ていて、翻訳出版が進んでいます。まだ単行本発売から半年ほどですが、よりたくさんの人に『魔女をまもる。』を知っていただき、楽しんでいただけるように、育てていきたいと思っています」

アメリカ版『TOMIE』の書影
アメリカ版『TOMIE』の書影

パトロンとしての編集者―取材を終えて

インタビュー中、「同僚からは『自分で仕事を増やしている』と言われます」と笑いながらお話しされました。原さんは、その言葉通りの方で、一編集者としての役割や立場を超えた活動を自ら楽しんでされているのだと、話の節々から感じました。

「作品自体に力があったから好評を得られた」とも話されましたが、ヴェートーベンにルドルフ大公というパトロンがいたように、槇先生には原さんという編集者がいたから、話題や人気を掴めたのでしょう。

漫画の編集者に限らず、縁の下の力持ちが十二分に力を発揮していれば、表舞台で働く人の輝きは何倍にもなるのかもしれません。原さんの場合は、槇先生が集中して作品作りに打ち込めるように、考えられる限りのサポートを惜しまなかった。そのため、純粋に作品の完成度を高めることができ、有名海外出版社にも注目されるようになったのでしょう。

『魔女をまもる。』をヒットに導く要因のひとつとなった、原さんの「作品のために最善を尽くす」という姿勢は、時代・業界・職業・役職に関係なく、すべての人にとって必要なことだと思いました。

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