お金と仕事
「セックスワークにも給付金を」性風俗差別、憲法訴訟として戦う理由
「差別してもいい」を国が助長させることに
性風俗産業が「国民の理解を得られない」などを理由に、「持続化給付金」や「家賃支援給付金」の支援対象から外されるのはなぜか。法の下の平等に反して違憲だとして関西の性風俗事業者が、国と事務局業務を担う2社(デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー、リクルート)に対して給付金の支給を求める裁判を起こした。東京地裁で第1回期日が4月15日に開かれるのを前に、弁護団に加わる亀石倫子氏に、オンラインサロン「大人の社会科見学」の勉強会で裁判の争点などについて聞いた。(時事YouTuberたかまつなな)
新型コロナウイルス感染拡大を受けて、政府は個人や事業者を対象に様々な給付金制度を打ち出した。経済産業省外局の中小企業庁が所管する「持続化給付金(営業自粛などで影響を受けた中小事業者やフリーランスを個人事業者を対象に給付し、上限額は個人は最大100万円、法人は200万円)」や「家賃支援給付金(家賃負担の軽減を目的とし、給付金の上限額は個人は最大300万円、法人は最大600万円※新規の申請は終了)」は、代表的な支援策だ。
ただし、2つの給付制度には共に不給付要件が設けられている。
性風俗関連特殊営業(風営法2条5項)に規定されるソープランド、ファッションヘルス、ラブホテル、ストリップ劇場、デリバリーヘルス(デリヘル)などの多岐にわたる性風俗事業者は、対象から外されている。他方で従業員は店と業務委託契約を結ぶ個人事業主とみなされ、給付金の対象となっている。
一体なぜ性風俗事業者は給付対象から除外されたのか。その理由を問われ、梶山弘志経済産業相は昨年5月の参院予算委員会で「社会通念上、公的支援による支援対象とすることに国民の理解が得られにくい」と説明している。
立憲民主党所属の参議院徳永エリ氏がこれを受けて改めて真意を尋ねると、政府は「これまで、基本的に、災害対応も含めた公的な金融支援及び国の補助制度の対象外としてきたことを踏まえ、その申請開始に当たって給付の対象外としたところである」などと答弁している(第201回国会令和2年6月)
「GPS捜査違法事件(令状なしのGPS捜査は「違法」と最高裁が判断した訴訟)」や「タトゥー彫り師医師法違反事件(タトゥー施術は「医行為」に当たらないとして彫り師が無罪になった訴訟)」などの主任弁護人を務めた亀石氏。これまで手掛けてきた難事件の数々は、知らないからこそ芽生える偏見や差別を払拭したいという思いが原動力になっていた。今回の「セックスワークにも給付金を」訴訟でも同じ思いがあるといい、弁護団に加わったいきさつを話す口ぶりは次第に熱を帯びた。
「性風俗事業者はずっと差別されてきた。だからこそ、当事者が声を上げて憲法訴訟として戦うのは、すごく意義があるんです。はたして国は、性風俗だけを他の職業と区別する合理的な理由を述べることができるのでしょうか?裁判をきっかけに、私たち自身が性風俗に対する差別をどう考えるのかを深めていければと思っています」(以下亀石氏)
訴訟の原告はデリバリーヘルス(デリヘル)を営む関西の業者だ。「性風俗特殊関連営業」の届け出をした上で営業し、風営法に則って本番行為以外の性的なサービスを提供している。当然定められた納税もきちんとしており「(原告は)黒でもグレーでもなく、完全に合法な商売」(亀石氏)。
それでもなお、給付金の対象から除外されている。中小企業庁に再三にわたって異議を申し立てても、国会答弁と同様に回答は釈然としなかった。
他に除外対象になったのは、宗教法人や政治団体だ。亀石氏は「税法上の優遇措置を受けている点や政教分離の原則から支援が受けられないのは理解できるが、2つと並んでなぜ性風俗事業者も除外されるのか。前例が間違っているなら、変えなければいけません」と主張する。
「国民の理解が得られない」という国の説明について、亀石氏は大きな不信感を抱いたという。反感があったとしても、それを理由に国の制度から外されるのは憲法違反に当たると訴える。
根拠にするのは、法の下の平等を定める憲法14条だ。職業選択の自由などを定めた憲法22条1項にも深く関わる問題であると、国に対して納得できる説明を法廷で求める考えだ。
「国は本来、社会に何らかのスティグマ(不名誉な烙印)があるとき、解消するための努力をする必要があるにもかかわらず、国民の理解が得られないから性風俗事業者は除外しますと言ってしまったら、逆に差別を助長することになってしまう。『あの人たちは差別してもいい人たちですよ』と国としてメッセージを出してしまうことになるのは、本当に怖い。合理的な理由があれば許されるのが『区別』だが、合理的な理由がないのは、『差別』だ」(亀石氏)
弁護団の一員として性風俗事業者をサポートとする以前は、亀石氏自身も「性風俗で働く人たちを救済の対象と思い込んでいた面があった」。現場を知らないがゆえの誤解や偏見を抱いていたことを明かす。
弁護団に加わり当事者たちの声に耳を傾ける中で、考えが変わった。
「最初はお金に困って始める人もいるでしょうけど、お金のためだけに続けられるような簡単な仕事ではない。プロフェッショナルな方が『ありがとうと言われた時に、やりがいを感じます』と言っていて、他のサービス業となにも変わらないと思いました」(亀石氏)
また、セックスワーカーたちが安全に働く上で、事業者の存在がどれほど大切かを知った。客側から過度なサービスを要求されたり、適正なサービス料を支払ってもらえないなどのリスクは減る。
安心して仕事に専念できる環境を構築する上で、事業者の存在が欠かせない。そういった実情を理解するうちに、ますます国の判断に疑問を感じた。今回の提訴に踏み切った関西の事業者の勇気ある行動に敬意を抱いているという。
風営法では、キャバクラやスナックといった店は許可制、先に述べた性風俗店は届出制に分けられている。法律がこうなっている背景には、性風俗に対しては「許可」という形でお墨付きを与えるわけにはいかない、という考えがある。
亀石氏は国のこうした姿勢が悪循環を生む要因になっているとみる。「国は性風俗事業を正面から職業として認めず、届出制にすることで、必要悪として渋々認める、『目をつぶってやっている』という姿勢なんです。そうした結果、補助金や給付金を出さないというスタンスを貫いた。そうすると事業者の中には『法的保護の対象外なら、税金を払うのはバカらしい』と考える人も出てくる悪循環につながっています」。
訴訟費用集めるためクラファンを始め、790人から614万円が寄せられる。メディアの注目度も高く訴訟に関わる費用を集めるためにクラウドファンディングを募ったところ、昨年11月までに790人から計614万3300円が寄せられた。
支援者からは「働く人に給付を。当たり前の事が当たり前に為されますようにとの願いを込めて送ります」「社会の不条理にもっとも先鋭に襲われるのが、セックスワーカーの方々です。だれも見捨てられることがない社会をめざす活動の一翼を担ってください」などの温かいメッセージが絶えない。
メディアの注目度も高い。大手マスコミだけではなく海外からも取材があった。亀石氏は「国が言う『国民の理解』を変えようとしているわけではありません」。それでも、周囲にメッセージを発信するのは、世間の関心を集めることで、裁判所にこの訴訟に真剣に向き合う必要があると伝えたいからだ。
亀石氏は「『本気で向き合って、判決を書いてほしい』というメッセージを裁判所に伝えたいんです」。
東京地裁で4月15日に控える第1回期日を前に、私たちにできること何か。
亀石氏は「この裁判に注目してもらうことです。私自身にも性風俗に対する誤解や偏見がありましたが、訴訟に関わって性風俗事業者の方々を一つのサービス業と思うようになりました。みなさんの中にある考えが変化するきっかけになればうれしいです」
私も「株式会社笑下村塾」という小さな会社を経営している。コロナで、数百万円の赤字が出た。持続化給付金で200万円貰え、金銭面はもちろんだが、精神的にも大きな救いになった。中小企業のなかには、私と同じように、持続化給付金ですくわれた事業者もたくさんいるだろう。
経営的な厳しさの中で「国民の理解が得られにくい」という政府の説明で対象が外されてしまうのなら「私たちは国から見捨てられた」と性風俗事業者が感じても仕方ないと思う。
「納税していない事業者が多いから当然」という意見もあるようだが、持続化給付金をもらうには確定申告書が必要なので、そもそも、問題のある事業者は申請すらできない。
「反社会的勢力がかかわっているから仕方ない」という声についても、風俗事業者だけを槍玉にあげるのはおかしいのではないだろうか。
「納税しているのに、あなたの職業だけ、助けてもらえない」。性風俗の話にとどまらない、そんなゆがんだルールを見過ごしたくはない。
「差別されても仕方ない」と思っていた性風俗事業者たちが声を上げてくれた。その意味をかみしめながら弁護団の一員として戦い続ける亀石氏。依頼者に親身になって寄り添う姿勢、難解な法律用語も分かりやすい言葉で言い換えて解説する姿からは、差別の問題に関心をもってもらおうという気持ちが伝わる。
国は司法の場ではたしてどんな説明を果たすのか。差別をこれ以上拡大するような主張だけはやめてほしいと願う。
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