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消防官たちは、こうやって鍛えている 懸垂にやたらとこだわる理由

「自分の体も持ち上げられないヤツに……」

イラスト:仲程雄平
イラスト:仲程雄平

目次

「市民のヒーロー」と言われる消防官は、当然のことながら、強靱な体力なくして火災などの災害に立ち向かうことはできません。さて、消防官の人たちは、どうやって体を鍛えているのでしょうか。元消防官の記者が経験談を交えて解説する消防のトリビア。今回は……消防官の「体力錬成」です。(元消防官の朝日新聞記者・仲程雄平)

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20キロの装備〝強靱な体力〟

オレンジ色の隊服で有名な「特別救助隊」(救助隊/レスキュー隊)に憧れていた私は、高校を卒業して消防官になりました。

2002年に東京消防庁に入庁し、2010年春まで東京都北区の滝野川消防署で勤務しました。

その間に夜間大学で学び、文章の魅力に取り憑かれた私は、お世話になった東京消防庁から飛び出し、見聞を広めペンで食べていきたいと考えるようになり、新聞社に転職するために東京消防庁を退職しました。

その後、2011年春に朝日新聞社に入社しました。

当時の滝野川消防署
当時の滝野川消防署

東京消防庁を退職した後も、「消防士さんって、どんな筋トレをしてるの?」と聞かれることがあります。

結論から言いますと、決まった筋トレはありません。

各消防本部には、「体力向上体操」「救助体操」などと呼ばれるものがあり、消防学校の研修などで行われているようですが、日頃からやっているか、というと、必ずしもそうではないようです。ちなみに、私の消防署ではやっていませんでした。

それでは今回は、私が消防官だった頃の消防署の「体力錬成」(ランニング+筋トレ)事情や、私が実際にやっていた体力錬成を紹介したあと、コロナ禍でどうしているのだろう、と気にもなっていたので、現役の救助隊副隊長らに聞いた話を紹介します。

消防官だった頃の筆者
消防官だった頃の筆者

そもそも、消防官の採用試験は自治体単位で行われているのですが、筆記試験とともに体力試験を課すところが、ほとんどです。

私は、高校生のときに受験することを決めましたから、その頃から、ランニング、懸垂、腕立て伏せ、腹筋……と、消防官になるために体を鍛えるようになりました。この頃からすでに、「体力錬成」は始まっていたわけですね。

東京消防庁の消防官採用試験に受かって入庁したら、消防署に配属される前に、消防学校で教育を受けます。

「初任教育」と言うのですが、私が入庁した頃の教育期間(高卒、大卒などの採用区分によっても違いました)は、8カ月でした。消防学校は「全寮制」。隣接する寮と消防学校を行き来する毎日です。当時は18歳でしたが……とても、つらかったですね。

その8カ月の間に、消防官として現場で動ける体力を付ける、というわけですが、日頃の訓練とともに、ここでも、ランニング、懸垂、腕立て伏せ、腹筋……と、体を鍛える点では、基本的に変わったことはやっていませんでした。

今回、幾人かの元同僚に確認を取りましたが、防火衣は10キロ、空気呼吸器は10キロ、と一般的に言われています。

その20キロの装備をまとったうえで、ホースや救助ロープ、エンジンカッター、投光器、発動発電機……といった資器材を携行し、時には、要救助者を助け出すわけですから、それは〝強靱な体力〟が身に付いていないと、職務を全うできないですよね。

懸垂 首からバーベル

消防官は24時間の交替制勤務です。消防署に24時間、〝缶詰状態〟になるわけですが、その間にも体力錬成はやります。

消防署のそばを行ったり来たり、消防署の周りをぐるぐる、とランニングしている消防官の姿を見かけたことがあるかと思います。
あれは、出動指令がかかったときに、すぐに戻れるようにするためなんですね。消防署から離れてしまっては、出動指令が聞こえなくなりますから、当然ですね。

実際、ランニング中に火災の出動指令がかかったことがありました。

夏場でした。
ある程度走り込んだあとでしたから、汗はだくだく。その状態のまま、防火衣を着装して消防車両に乗り込み、現場に急行しました。
現場に着いてみると、共同住宅が延焼中……。

活動が一段落した頃には動けなくなってしまい、救急隊員が大量の氷を私の背中に流し込みました。冷たさはまったく感じず、気持ちよかった記憶があります。熱中症に陥っていたのだと思います。

勤務中の体力錬成はリスクを伴う、ということですね。

体力錬成は大事だけれど、出動指令がかかったときのことを考えてほどほどに……。このときの経験は苦い思い出として、いまでも鮮明に覚えています。

フル装備でホースを担いで階段を駆け上がったり、バーベルを首からぶら下げて懸垂したり……
フル装備でホースを担いで階段を駆け上がったり、バーベルを首からぶら下げて懸垂したり……

一般的な体力錬成のほかには、〝消防官ならでは〟の体力錬成(訓練と言えるものもあると思います)も行っていました。

ときにフル装備でホースを担ぎ、訓練塔の階段や消防署の外階段を駆け上がったり駆け下りたり、ホースカーを引きながら訓練塔の周りを回ったり……いずれも、現場を想定した体力錬成と言えました。

あと、消防官は(自衛官もかもしれません)、やたらと懸垂をするんですね。(ロープを上がったり下りたりする人もいると思います)

消防署の中には、ベンチプレスや腹筋台などが置かれた、体力錬成ができる部屋があるのが一般的です。私の消防署では、そこに懸垂ができる鉄棒がありました。消防署によっては、ロープをぶら下げているところもあるかもしれません。

懸垂も、ただ懸垂をするわけではなく、ベンチプレスで使う10キロぐらいのバーベルにロープを通し、首からぶら下げてやるわけですね。それだけの負荷をかけても、10回以上はできた、と記憶しています。

果たして、この懸垂のやり方が効果的なのかどうなのかはわかりませんが、当時はやたらとやっていました。

そんなこんなで、1500メートル走が4分50秒台、懸垂が20回近く、ベンチプレスが100キロぐらい……まで鍛えました。

どこかの海水浴場で撮影した、体力全盛期の頃の私の写真を見返すと……日焼けサロンにも通っていて体は黒々としていましたから、同僚からは「サイボーグのようだな」と言われていました。

ただ、この体力は、消防官としては「並」でした。

実際、憧れの救助隊員にはなれませんでした。東京消防庁で救助隊員になるには、難関の選抜試験を通過しないといけないんですが、4、5回受けて、遂に受かることはありませんでした。努力が足りなかったということですね。

救助隊員の選抜試験を設けている消防本部は、東京消防庁のほかにも多々あります。

「(どんな困難な災害現場でも)あいつら(救助隊)が来てくれたら、何とかしてくれっから」

ある大隊長が言っていた、そんな言葉が印象に残っています。

つまり、救助隊は、消防の中での精鋭部隊なんですね。消防活動や救助技術に精通し、強靱な体力はもちろんですが、半端ない根性も持ち合わせています。

一方で、「あいつら(救助隊)には絶対に負けない」という気概を持った、〝生粋の火消し〟もいましたから、活気のある組織だったと思います。

体力全盛期の消防官時代の筆者。どこかの海水浴場で
体力全盛期の消防官時代の筆者。どこかの海水浴場で

アツい!

体力錬成について、全国の消防を統括する総務省消防庁に聞いてみたところ、「(消防庁として)体力管理について、(各消防本部に対して)示しているものはない」ということでした。

さて、懸垂をやる意義などについては、忘れてしまっていることが多いので、北海道内の消防本部で救助隊の副隊長をしている、厚い胸板(ベンチプレス135キロを上げてしまえる)が印象的だった知人に聞きました。

知人によると、救助隊でも懸垂はしており、隊員5人で順番に10回ずつ懸垂をしていき、最初に10回できなくなった隊員が「負け」という、ゲーム形式の懸垂もしているということでした。

懸垂をする意義については、「自分の体も持ち上げられないヤツに、要救助者は持ち上げられない。そのための腕力を鍛えられるし、腹筋や背筋も鍛えられて、バランスが良くなる」と教えてくれました。

また、ビルやマンションで火災が発生した場合、基本的に階段を使うことから、階段の上り下りを繰り返して足腰を鍛えている、といいます。

さらにこの知人は、30キロ離れた自宅から消防署まで自転車で通い、モチベーションや体力維持に努めていた、といいます。

「そうやって体力を維持することで、いざ災害があっても、救助(隊)として、諦めない精神力や必ず要救助者を助ける、という自信につなげていた」

……アツいですね。

一方で最近は、訓練などが厳しく、何かと気合や根性が求められる救助隊員を志す若者が減っているといい、「そういう時代になってきたってこと」と言いますが、「救助隊として人命救助を任務とすることは変わらないので、時代に即した人材育成に苦慮している」とのことでした。

コロナ禍で体力錬成はどうしているのか、と聞くと、隊でまとまって体力錬成するときはマスクを着けているといいますが、「マスクが乾いているときはいいんだけど、マスクは濡れる。口にピチャッとくっついて……それがきつい」。

コロナ禍は仮眠にも影響を与えているようです。

消防署には大きな仮眠室があり、そこでみんな一緒に仮眠を取るのが一般的です。知人の消防署も個室がないため、いまはマスクを着けたまま仮眠を取っている、ということでした。

東京消防庁で救助隊員をしている元同僚にも聞きましたが、隊で体力錬成や訓練を行うときはマスクを着けたままで、会議室を仮眠室にして分散して仮眠を取るなど、新型コロナウイルスの感染対策を取っている、ということでした。

こちらの元同僚は、「事務仕事で忙しいこともあるので、体力錬成は各自でやっている」と、北海道の知人とは対象的にクールな答えでした。

消防官の人たちにとっては、災害現場で活動するために、要救助者を救出するために、体力の向上・維持(コロナ対策を含む)が必要なわけですが、彼らにとって〝当たり前のこと〟が、消防を去った私には「さすがはプロだ」と映りました。

私は、元消防官という経歴に恥じないように、いまもランニングや筋トレを続けていますが、体力錬成なんて呼べるものではないですし、人に見せられるような体でもなくなってしまいました……。

消防官だった頃、自宅の筋トレ用に買ったマット。いまでも使っています
消防官だった頃、自宅の筋トレ用に買ったマット。いまでも使っています

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