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「私ならできない」ある車いすユーザーが思い出した〝苦々しい駅員〟

「普通に息をさせてほしい」という願いさえ押さえ込まれる現実がそこにあった

相当な「面倒もの」扱いの対応を駅員にされたことはある=写真はイメージです
相当な「面倒もの」扱いの対応を駅員にされたことはある=写真はイメージです 出典: pixta

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「生きやすさ」は与えられた「恩恵」ではなく「権利」――。車いすユーザーの女性が駅利用の際の不便さを訴えたブログが話題になっていますが、withnewsで車いすユーザーである自身の生活を発信し続けてくれている篭田雪江さんはどのように感じたのでしょうか。10年前に経験したある出来事と、それを経ていま考える「声をあげること」への思いを綴ってもらいました。

苦々しい10年前の記憶

先日、伊是名夏子さんという電動車いすユーザーの方が、電車移動の際の不便を訴えたブログおよびツイッターが話題になった。
電車での乗車が不便だという問題、車いすユーザーは経験のある方が多いのではないかと予想される。

幸い私は「拒否」までされたことはない。ただ相当な「面倒もの」扱いの対応を駅員にされたことはある。

10年近く前か。私とパートナーは日帰りで東京に出かけた。夕方、某駅から帰路に着くための電車に乗ろうと、改札へ40分前に向かった。ちなみに出かける前、駅からは15分前には来てほしいと言われていた。駅にエレベーターはあったが、目的の電車とホームの間には隙間ができるので、そこを車いすで通るには駅で所有しているスロープを渡してもらう必要があったからだ。

私たちふたりが到着したことを伝えると改札の駅員に、別の係の駅員が来るまで待ってほしいと言われた。言葉通り待ったが、なかなかその係の駅員が来ない。そうしているうち電車の時間が迫ってきた。焦った私は何度か改札の駅員に確認したが、待ってくださいの一点張りだった。

うんざりした表情に固定ベルトも……

ようやく係の駅員が着いたのは、出発時間10分少し前。五十代後半とおぼしきその駅員は小走りに近づくと「なんの電車に乗るの」と荒っぽい声で私たちにたずねた。私が切符を見せると「いちばん遠いホームじゃねえか」と、うんざりした表情を隠さず眉をひそめた。

その後、駅員は私の後ろにまわって車いすを押しはじめた。声とおなじく押す手つきも荒い。危なっかしいし、悪いとも思ったので「自分でこぎます」と言ったが「いいから、もう」と、大人しくしていろと言わんばかりの返事が頭から降ってきた。

駅員は途中でスロープを取り出して携え、車いすを押し続けた。ますます手つきは荒っぽくなる。なにかぶつぶつ文句をつぶやいてもいる。そのころには私やパートナーも徐々に顔が険しくなっていた。

時間ぎりぎりに乗車口に着いた。駅員はスロープを渡すと、無言のまま私の車いすを電車の中へと押した。かなりの勢いで、押したというより放り込んだという感じだった。私は後ろにのけぞりながら慌てて手でブレーキをかけた。その反動で今度は前かがみになり、反対側のドアにぶつかりそうになる。

駅員は一緒に乗り込んで、車いす用スペースに付随している固定ベルトを着けることもせず、スロープを片づけるとさっさと戻っていった。終始不機嫌さを隠すことはなかった。電車が走り出した。窓から見えた駅員の横顔は、苦虫をかみつぶしたという表現がぴったりだった。私たちふたりはしばらくなにも言えず、ただ陰鬱に黙り込むのみ。

電車のスピードが上がってから、私たちの怒りが爆発しはじめた。後で絶対駅に苦情を訴えないと、という話も出た。だがそのうち、怒りより疲れの方が大きく出てきてしまい、帰る頃にはこの話をする気力もなくなった。後日改めて話をしようと、その日はそのまま休んだ。

だが、この疲労感は思いがけず長く後を引いた。日がたつにつれ思い出すのも嫌になってしまい、結局駅に苦情を入れることはできなかった。駅員の名札を確かめられず、具体的な名前を上げて駅に説明ができそうになかったのも一因だが、ともかく今になって悔やまれるできごとだった。

不機嫌さを隠すことのなかった駅員の対応に怒りが沸いてきたのは、しばらく経ってからのことだった=写真はイメージです
不機嫌さを隠すことのなかった駅員の対応に怒りが沸いてきたのは、しばらく経ってからのことだった=写真はイメージです 出典:pixta

先駆者の尽力があった半世紀

ノーマライゼーションという概念が日本に認識されはじめたのが1980年代初頭。日本の障がい者差別解消のため、身を削って抗議活動をした「青い芝の会」が誕生したのが1950年代。前者は40年近く、後者からはすでに半世紀以上の年月が経過している。

その間、先駆者の方々の命をかけた運動の結果、ハード、ソフト両面ともに改善がなされ、障がい者は少しずつ息がしやすくなってきた。私の子どもの頃は多目的トイレなど設置してあるのが稀だった。駅などの公共機関も設備が整い、職員も親身になって対応してくれるようになった。前述した件以外、私自身は駅などで嫌な思いをしたことはない。10年前からだいぶ社会も変わってきたと思う。

幼い子どもはともかく、大人が私と道で出会った時、珍しい動物に出くわしたみたいにじろじろ見てくることも少なくなった。普通高校に入れた時は、これからは自分も区切りなく生きられるんだな、と本気で思ったものだ。

1977年4月12日、国鉄川崎駅前で脳性マヒの人たちをバスに乗せようとする介護人=川崎市
1977年4月12日、国鉄川崎駅前で脳性マヒの人たちをバスに乗せようとする介護人=川崎市 出典: 朝日新聞

この生きやすさは「恩恵」ではなく「権利」

ただこの「生きやすさ」は与えられた「恩恵」ではなく「権利」であることは強調しておきたい。憲法第25条に規定されている「国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」。誰しもが有する生存権だ。厚意を受けたら感謝を伝えるのはあるべき礼儀と思うが、「権利」を行使することに対して後ろめたさを感じる必要はない。私が「恩恵」に感謝を感じるとしたら、それは先駆者たちに対してである。同時に先駆者たちが「権利」を「勝ち取らなければならなかった」現実は重く受け止めねばと思う。

ともあれ「障がい者も社会の一員である」が、当たり前の考え方になってきた。問題はまだ本当に多々あれど、その意識が昔より浸透してきたことは確かだ。

ネットから見えてきた「負の意識」

ところが、ネット、掲示板、SNSというものができて以来、様相に変化が表れてきた。

障がい者に対しての負の意識が、画面を通じてもれはじめてきたのだ。某掲示板が流行しはじめた頃、ためしにと障がい者のトピックスを検索して呆然となった記憶は今も忘れられない。今回久しぶりにのぞいたが、様子は相変わらずだった。

ブログ記事をリンクした伊是名さんのツイートリプライがどうなっているか。読む前からある程度予想できていたが、実際見ると圧倒的に多いのは批判、苦情、疑問。目を覆いたくなる中傷や罵詈雑言も見受けられた。伊是名さんの対応に疑念を呈する障がい当事者の方がいたのも予想通りだった。ただ批判にはある程度冷静なものも多く、翌日には伊是名さんを支持するハッシュタグができたのは不幸中の幸い、といっていいだろう。

しかし、伊是名さんのような車いすユーザーが「乗車拒否された」と声を上げると、押し寄せるのはやはり非難の嵐。前述した私の経験を当時ネットなりに書いたとしてもおなじような反応が来ただろう。「忙しいなか対応してくれた駅員さんの方が気の毒」といったところか。

伊是名さんのような車いすユーザーが「乗車拒否された」と声を上げると、押し寄せるのはやはり非難の嵐=写真はイメージです
伊是名さんのような車いすユーザーが「乗車拒否された」と声を上げると、押し寄せるのはやはり非難の嵐=写真はイメージです 出典:pixta

ノーマライゼーション、ハリボテだったのか

浸透したように感じられたノーマライゼーションの意識は、一部の間ではハリボテであったことを思い知らされる現実だ。

前述したが「青い芝の会」が誕生してもう半世紀以上。それでも一部では、障がい者の権利行使を非難する言葉が飛び交う。怖いのはこの事実が、半世紀以上前の「障害者は生きていても不幸になるだけ」という意識と地続きであること。極論ではない。つい先年おなじ言葉を語り続け、惨劇を起こした人物がいたのを忘れたわけではないはずだ。

彼女の行為、できる人は少ない

記事を読んだ後、伊是名夏子さんの経歴を調べてみた。沖縄生まれで、骨形成不全症の障がいがある。早稲田大学卒業、香川大学大学院修了。現在はコラムニストとして活躍。書籍出版や新聞での連載、テレビなどのメディア出演と、非常に活発な活動をされている。

今回の件で伊是名さんが駅側やブログで反論、問題提起できたのは、彼女の経歴や活動と無縁ではないと思う。大学などでの高度な学習で思考を深め、自身の体験もまた体験だけで済ませず言語化することができた。理論的なバックボーンがあったからできたことなのだ。

しかし残念だが、私を含めた多くの当事者は、そういうちからを持ち合わせていない。ブログでも書いていたが、彼女は駅員の対応に「バリアフリー法」「障害者差別解消法」「合理的配慮」といった言葉をとっさに出して反論していた。

そのこと自体に問題は一切ない。正当な意見提起、要求である。ただ感じたのは、おなじようにできる当事者が果たしてどれだけいるだろうか、ということだ。

私ならできない。前述した通り、駅員の不機嫌な対応に怒りと理不尽さを覚えながら、それでもなにもできず引き下がってしまった。おなじようなひとたちの方が多数だと思う。伊是名さんのように反論できるとしても、その方がうまく発声できないひとだとしたら。やはり流されるまま、駅の対応通り電車に乗れず終わるだろう事態は容易に想像がつく。

出典:pixta

誰もが当たり前に持っている「権利」なのに

声を上げたくても上げられない。それでも名もなき当事者たちは声を上げ続けてきた。本当はそんな声を上げる必要などない。誰もが当たり前に持っている「権利」なのだから。しかし現実には「勝ち取らねば」ならなかった。声を上げねばならなかった。私も拙いながら、この場でかすれ声を上げた。ただ普通に息をさせてほしい。求めていることはそれだけなのだ。

それなのに伊是名さんの行動に「何様だ」「身の程を弁えろ」と、半世紀以上前と変わらない言葉が飛び交う。「普通に息をさせてほしい」という願いさえ押さえ込まれる現実がそこにあった。

ただそんななかへ「伊是名夏子さんを支持します」「勇気ある行動に感謝」の声も、必死に差し込まれている。そのことに私は希望を見出したい。

当事者、第三者関係なく考え、解決を模索しなければならない。ネットニュースやSNSを探れば、そのための材料はいくらでも出てくる。それを頼りに議論する。頼りない結論だが、それが今回の件を解く出発点になるのだろう。

最後に。障がい者に優しい社会はすべてのひとたちにも優しい。それだけは今回、伊是名さんを批判した方々すべてに伝えてさせていただきたい。

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