IT・科学
カメラ沼に1000万円費やした果てに…非SNS写真を撮り続ける写真家
「カメラじゃなく、写真の話をしよう」
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「カメラじゃなく、写真の話をしよう」
とかく高い解像度や派手な写真が追求されがちなデジタルの世界で、あえてフィルムの色合いや粒状性を作品ににじませる写真家の嵐田大志さん(43)。技術論に走りがちな写真界で「楽しく、自分らしく」を第一に、機材ではなく写真の魅力をSNSなどで発信し続けています。エッセー「カメラじゃなく、写真の話をしよう」(玄光社)を発表した経緯などを伺いました。
嵐田さんが写真を始めたのは2007年です。きっかけは、当時交際していた奥さんとの旅先の思い出を残すためでした。
最初は「あくまで記録でした」
写真自体に興味はなかったと言います。結婚や子どもの誕生を記録するうちに興味は写真、ではなくカメラに向いていきました。
「正統なカメラ好き。写真と言うよりカメラをやっていた」
高感度や高解像度の機能を誇る新商品が気になる日々。「メーカーを変えれば写真も変わる」と信じていました。
デジタル、フィルムを問わず主要メーカーのカメラはほぼ手にしたと言います。雑誌に載っているレンズの解像チャートも食い入るように眺めていました。
今回、本の出版にあたり嵐田さんは当時からの機材をリスト化してみました。合計は約1千万円。正真正銘の「カメラ沼の住民」になっていました。
転機は2015年に訪れました。当時、音楽業界で働いていた嵐田さん。ある日、会社がある表参道の青山ブックセンターに立ち寄った際、川内倫子さんの写真集「うたたね」(第27回木村伊兵衛写真賞作品)と出会いました。
表紙には優しく淡い逆光に包まれたスプーンが輝いていました。「きれいだな」と手に取り開くと、目に飛び込んできたのはハトの死骸、池で餌を求めて口をあける無数のコイ。想像を裏切られました。
今まで気にしてきたブレ、水平、解像度など自分の中の「良い写真」の基準が通用しません。「生と死」。確固たるテーマの上に被写体を選び描写する川内さんの世界観が脳裏から離れませんでした。
その日を境に写真家が何をテーマに写真を撮っているのか、気になるようになりました。本屋に入り浸り、植田正治やスティーブン・ショアなど古今東西、様々な写真家の作品を食い入るように見続けていきました。テーマを伝えるためには掲載の順番、見開きにしたときの左右の印象など、ページ構成が重要であることにも気付きました。
川内さんのまねをしてローライフレックスを購入しました。「当然ですが、一緒の写真は撮れなかった」。自分がどんな写真を撮りたいのか、あやふやのままでシャッターを切ることはやめるようになりました。
「写真はマネできるようでマネ出来ない、この時にようやく気付きました」
1970年代の米国に登場したカラー写真のムーブメント「ニューカラー」。嵐田さんもその時代の影響を大きく受けてると言います。フィルム独特の色合い・粒状性を自分の作品に投影していきます。
自身の写真観が固まり始めた2017年、少しずつインスタグラムに投稿するようになりました。すると海外の写真加工アプリ「VSCO」から講師としての声がかかるなど、企業からも徐々に仕事の依頼が増え始めます。
そんななか、一つの気づきを得る出来事に遭遇します。年配のフォトグラファーが主催する撮影会に参加した時のこと。多くの時間が、以前自分が気にしていた水平や露出などカメラ操作や撮影テクニックの説明に費やされていました。
「どんな写真を撮りたいのか」といった写真論は後回し。これでは写真を初める人たちが撮る楽しさに気付く前に辞めてしまう。「写真=カメラ」ではないことを発信する必要性を感じました。
冒頭に紹介した「カメラじゃなく、写真の話をしよう」はこうした危機感から生まれたました。
背景は二百年近い写真史を振り返るとわかると言います。つい最近まで写真を撮ることは「特殊技術」でした。シャッタースピードや絞り、ピントや現像と印刷……。1枚の写真を成立させるために多くの過程と技術が必要でした。
ですが、今はスマホで写真が撮れる時代。先ほどの要素を全く知らなくても写真は生み出せます。
そんな時代には「自分には世の中が何色に見えるのか」「写真で何を伝えたいか」を初心者が楽しく考えられる環境こそが、今後の写真界の発展につながると嵐田さんは信じています。
嵐田さんがもう一つ懸念することがあります。それはコンテンツの均質化です。
SNS全盛の時代、写真は「人に見せる」時代から「人に見せて反応を期待する」時代へと移ったと指摘します。「いいね!」の数は「良い写真」と同義でないことは皆頭で分かっていますが、実際、反応が無くむなしくなり写真を諦める若い世代も少なくないと話します。シェアされる写真を意識するあまり均質化された写真ばかりがTL(タイムライン)上にあがります。
本来は多様なはずの写真表現。嵐田さんは「非SNS的写真」を勧めています。現代写真のルーツにもなっている写真家の作品集です。
「SNSで『刺激的な写真』に慣れてしまった人には多少物足りなさはあるかもしれません。でも多様性があることに気付くことで、写真がもっと楽しくなるはずです」。SNSを意識するあまり無理やり撮ることは避けて「1枚1枚を大切にして欲しい」と話します。
自身も数週間撮らないこともあるそうです。
筆者も大学時代、バイト代の多くをカメラ機材の購入につぎ込みました。「良い写真は良い機材で」の意識は正直、今も完全には抜け切れていません。それでも本屋に大量に並ぶカメラ機材の解説本を前にすると、写真そのものを楽しむ書籍が少ないと感じます。嵐田さんの本は、そういった意味で写真界への一つの提言になっていると感じます。
インタビューの最後、やっぱり気になって質問しました。嵐田さんはこっそり教えてくれました、一番使用しているカメラについて
iPhone8plus。
表紙を含めて今回出版された本はほとんどが、このカメラで撮影されたそうです。
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