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エヴァに24年間を捧げた男性、16歳の冬に知った「サントラの秘密」

世代を超えて引き継ぐ「面白い」という気持ち

興収70億円を超え、快進撃を続ける「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。四半世紀続いてきたアニメシリーズの終局を、24年来のファンはどう迎えたのか。これまでの歩みとともに、尋ねました
興収70億円を超え、快進撃を続ける「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。四半世紀続いてきたアニメシリーズの終局を、24年来のファンはどう迎えたのか。これまでの歩みとともに、尋ねました

目次

映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の封切りから、今日で一カ月。四半世紀にわたり紡がれてきた、アニメシリーズの終局を見届けるべく、あまたの人々が銀幕に熱視線を注いでいます。24年間、作品を追いかけてきた男性も、その一人です。思春期にはまり、やがて劇中で使われる楽曲の世界に魅せられます。夢中で創作の背景を調べ、蓄えた知識が、アニメ関係の仕事につながったことも。「好き」という気持ちに導かれるまま、オタクとして過ごした半生について、聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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※一部、映画の内容に触れている箇所があります。読む際はご注意下さい。

「作品をどう消化したか」わき出た疑問

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は、1995年に放送されたテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の続編として作られました。97年に通称「旧劇場版」2本、2007~12年に「新劇場版」3本が上映されており、最新作はその完結編にあたります。

巨大人型兵器「エヴァンゲリオン(エヴァ)」を操る人類が、正体不明の生命体「使徒」を中心とした敵に立ち向かうストーリー。メインキャラクターである14歳の少年少女たちの等身大の生き様や、難解で緻密な世界設定が、ファンをとりこにしてきました。

筆者自身、少年時代にアニメシリーズを観て、心をわしづかみにされた当事者です。テレビ版・旧劇場版に続く映像版の「終劇」が、どうなされるのか。ずっと待ちわびていました。情景を頭に焼き付けようと、この記事の執筆時点で、4回ほど劇場を訪れています。

そうして、物語を繰り返し眺めるうち、こんな疑問が頭をもたげたのです。

「同じようにエヴァを好いてきた人たちは、作品をどう消化してきたのだろう」

25年以上も愛されたアニメが、一人ひとりの人生に与えた影響は、小さくないはず。直接聞いてみたくて、ある男性に取材を申し込むことにしました。

「全部エヴァと出会った日に行き着く」

「現在の取り組みのルーツをたどると、全部エヴァと出会った日に行き着きます」

そう語るのは、祥太さん(38)です。東京都内でITエンジニアとして働きつつ、アニメや特撮にまつわる、様々な同人活動を行ってきました。特にユニークなのが、作中で使われる劇伴(げきばん=伴奏音楽)から、その世界観を読み解く同人誌の発行です。

本編に挿入されたBGMのタイトルと、各曲の録音日時や場所、収録に参加した音楽家名のリスト。作曲家や、監督へのインタビュー記事……。どの書籍も、読む側を圧倒するほどの情報量を誇り、作品を深く味わうヒントを授けてくれる内容です。

偏愛的とも表現すべき創作物が広く支持され、ツイッターアカウントのフォロワーは2万5千人を超えています。全ての原点は、エヴァに捧げたと言っても過言ではない、青春時代にありました。

祥太さんが手掛けてきた同人誌。写っているのは、アニメ「プリキュア」にまつわる書籍の書影
祥太さんが手掛けてきた同人誌。写っているのは、アニメ「プリキュア」にまつわる書籍の書影 出典: 祥太さん提供

生きるのがうまくないキャラに重ねた自分

1997年、春。祥太さんは、故郷・広島に住む中学3年生でした。既にエヴァのテレビアニメは放送が終わり、旧劇場版が世間の話題をさらっていた頃です。祥太さんも、メディアミックス作品である漫画版を読み、関心を深めていました。

「人類の敵である使徒と戦うエヴァ。物語の舞台で、使徒を迎撃するために造られた要塞都市・第3新東京市。一つ一つの設定が、謎めいていて面白く、一気に引き込まれました」

近所のレンタルショップで、アニメシリーズのビデオを借りて観ると、更に衝撃を受けます。最も心動かされたのが、作戦を指揮する司令部の描写です。

エヴァの発進時、鉄道の安全確認とよく似た手順で、オペレーターが指示を出す。コンピューターの警告表示に、鉄道会社が実際に用いるモチーフが配されている――。現実と虚構の境界線を溶かすような、制作陣のこだわりに触れ、打ち震えました。

加えて、同年代であるエヴァのパイロットたちに、感情移入できた側面もあるといいます。

彼ら・彼女らは、他者と打ち解けられず、自らの存在意義を見いだせていません。使徒を倒すことで大人に認めてもらい、居場所を得ようともがくのです。一人ひとりの深層心理にまで立ち入るドラマに、思春期を迎えた祥太さんの感性は、激しく揺さぶられました。

「小学生の頃、土日返上で勉強に打ち込み、地元の中高一貫校に入ったんです。親の期待に応えようと必死でした。その反動で、受験が終わった途端、燃え尽き症候群のようになってしまった。学ぶ目的や、生きる意味を見失い、成績も年々下がるばかりでした」

「エヴァのパイロットたちは、それぞれ事情を抱えながら、大人たちと向き合います。ときにぼろぼろに傷つきながらも、親や保護者に承認してもらうため頑張る。生きるのがうまくないんです。そんな姿に私自身を重ね、幸せになって欲しいと願っていました」

劇場版最新作で重要な役割を果たす、エヴァパイロットの一人・アヤナミレイ(仮称)のフィギュア
劇場版最新作で重要な役割を果たす、エヴァパイロットの一人・アヤナミレイ(仮称)のフィギュア 出典: 朝日新聞

ネット上の「同志」たちに教わったこと

不自由な視聴環境も、祥太さんの情熱を燃え上がらせました。

97年時点で、テレビ版本編を収録したビデオは、全14巻中10巻までしか出ていません。祥太さんが作品の面白さに目覚めた頃には、劇場版の公開も終わり、結末を直接確認できなかったのです。だから、アニメの画像で構成される「フィルムコミック」を買い、何度も読み返しました。

こうした歩みは、ごく個人的なものに思えるかもしれません。しかし、祥太さんが「オタク」の世界線を満喫できたのは、インターネット上の「同志」あってのこと。当時盛んだった掲示板文化が、物語を後追いできない悔しさを癒やしてくれたのです。

本編の解釈や感想を読むのはもちろん、劇中の一部兵器が実在する、といった指摘に驚くこともしばしばでした。「世の中には、すごい人たちがいる」。脳内で物語を補完するうち、アニメ作品を深読みする面白さを知りました。

「98年春に、旧劇場版2作を編集し直した映画が、改めて劇場で上映されることになったんです。『ようやく他のファンに追いつけた!』という思いで、それまで仕入れてきた情報の答え合わせができる、とても濃密な時間でした」

「ネット上では、他の人と顔を合わせず、お互いの素性さえわかりません。しかし、『みんなで同じ映像を観る楽しさ』について、確かに教わりました。名前すら知らない、多くの先輩たちに支えてもらった。今も、そう考えています」

インターネットを通じ、多くのファンと出会えたことが、祥太さんの作品熱を高めていった(画像はイメージ)
インターネットを通じ、多くのファンと出会えたことが、祥太さんの作品熱を高めていった(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「Mナンバー」に込められた秘密に感動

そして高校1年のとき、祥太さんの生き方を方向付ける、決定的な出来事が起こります。

作品の空気を少しでも感じたいと、サウンドトラックを買いそろえたときのこと。パッケージに刻まれた曲名を眺めるうち、見慣れない情報があるのに気付きます。アルファベットで始まる「E-6」などの番号が、タイトルの横に、括弧でくくられていたのです。

「あれこれ調べるうち、アニメのビデオなどに封入されていた副読本『EVA友の会』にたどり着きました。劇中音楽の使用回数を載せたコーナーに、その番号を指す『Mナンバー』という表記があったんです。楽曲を整理するための記号とわかりました」

一体、どう使われているのか? 答えを示してくれたのが、98年12月発売の6枚組みサウンドトラック「S2 WORKS」でした。特典の冊子に、庵野秀明総監督による作曲の指示や、各曲が流れる場面のリストが、Mナンバー付きで書かれていたのです。

「Mナンバーはランダムに割り振られたのではない。制作者の意図に沿い、統一的に打たれている。そう理解し、人生が変わるほどの衝撃を受けました。どんな思いで、作り手がその音楽を生み、物語に当てはめたか。そんな次元で作品を捉え直すようになりました」

サントラの楽曲を、MナンバーごとにMDにコピーし、元アルバムの曲順の意味を考える。試行錯誤するうち、本編の流れを想起しやすいよう曲を並べたり、一つの曲をアレンジし、趣の異なる場面で使い分けたり……といった工夫が凝らされていることにも思い至りました。

物語の筋書き同様、音楽にも解くべき謎が存在する――。16歳の冬に知った「秘密」は、祥太さんの胸を高鳴らせました。そしてアニメ体験を、一層実り豊かなものにしたのです。

「EVA友の会」に掲載されていた、劇中音楽の使用回数を紹介するコーナー。一番左側の列に「Mナンバー」という表記が見える。
「EVA友の会」に掲載されていた、劇中音楽の使用回数を紹介するコーナー。一番左側の列に「Mナンバー」という表記が見える。 出典: 祥太さん提供

音楽が導いた「プリキュア」の仕事

Mナンバーは、エヴァ以外の映像作品でも用いられています。膨大な数の劇中曲に触れ、関連知識を蓄えるうち、祥太さんは社会との接点を増やしていきました。現在、力を注いでいる同人活動は、その一つと言えます。

こうした取り組みが、趣味の領域を飛び越え、仕事につながったことも。象徴的な例が、人気アニメ「プリキュア」シリーズの歌を収録し、2013年と18年に発売されたCDボックス「プリキュアボーカルベストBOX」制作作業への参加です。

任されたのは、過去のサントラに未収録の曲をアニメ本編から抜き出し、整理するプロセスでした。プリキュアの大ファンでもある祥太さんには、BGMの解説文などを載せた同人誌を手掛けた経歴があります。その情報が公式サイドにまで伝わり、実現しました。

「プリキュアのサントラで、楽曲の収録・構成を担当している『腹巻猫』さんに誘って頂きました。実は、エヴァの新劇場版2作の全記録全集で、シリーズ全般に携わる作曲家・鷺巣詩郎さんにインタビューされた方なんです。不思議なご縁だな、と感動しました」

そして約2年前には、アニメ「ハートキャッチプリキュア!」の原画を手がけたアニメーター、馬越嘉彦さんの画集作りにも関わります。きっかけは、エヴァのビデオのパッケージ製作などを担った、ライター・編集者の小黒祐一郎さんによる導きでした。

エヴァから授かったものが、未来を開くためのよすがとなった。そのことに対する感謝の念から、祥太さんは同人活動を進める上で、「次世代に恩を返す」よう意識しています。

「たとえば以前、プリキュアのアニメで用いられる、文字のフォントにまつわる同人誌を作りました。私的に使いたいとき、フォントの提供元企業と契約する方法や、各社が学生向けの割引料金を設定しているか、といった項目まで掲載したんです」

「これは、エヴァの劇中で多用されるタイポグラフィーに憧れた、少年期の経験に根ざしています。お金がない若者も、創作活動に役立つ情報にアクセスして欲しい。そんな願いを込めました」

祥太さんが選曲に携わったCDボックス「プリキュアボーカルベストBOX」
祥太さんが選曲に携わったCDボックス「プリキュアボーカルベストBOX」 出典: 祥太さん提供

人生の迷い振り払った「シン・エヴァ」

我が道を真っすぐ進んでいるように見える、祥太さん。それでも、社会で活躍する同年代と、自らの生き方を比べた経験があるそうです。

「これまで自分の好きなことに、後悔しないよう取り組んできました。その間に他の人は結婚し、子どもを生み育てたり、各界で一定の地位を築いていたりする。同じように生きられず、『これでいいのか』と迷ったことは少なくありません」

そんな祥太さんに寄り添ってくれたのが、他ならぬ「シン・エヴァンゲリオン」でした。

劇中には、「第3村」という集落が登場します。地球規模の災禍「ニア・サードインパクト」に見舞われ、故郷を追われた人々が暮らす場所です。災禍の原因をつくり出してしまい、心を閉ざした主人公・碇シンジは、ある日集落へと流れ着きます。

シンジに手を差し伸べる、中学時代の同級生を始めとした村民たち。その手助けを得ながら、やがて彼は立ち直り、自らの罪に向き合おうと決心します。一連の温かなやり取りに触れ、励まされたように思えたと、祥太さんは語りました。

「殻に閉じこもり、他者との間に線を引く。シンジの姿は、私そのものでした。自分がダメな人間だ、と決めつけている。何かに負い目を感じるなら、今からでも動けばいい。キャラクター同士の交流を目にして、考えたんです」

そして、そんな自分にも、他の人同様に誇るべきところはあるのだ――。オタク文化を介して、誰かの力になれた日々を振り返ることで、そう実感できたと話します。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の主題歌を収録したCDなどのグッズ
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の主題歌を収録したCDなどのグッズ 出典: 朝日新聞

あふれた「面白い」を独り占めしない

エヴァに魅せられてから、はや24年。この作品は、祥太さんにとって、どういった存在なのでしょうか? 最後に尋ねてみると、ややあって、次のような答えが返ってきました。

「家、かな。あらゆるアニメや特撮について考える上で、必要な知識や技術は、全部エヴァを通じて得ました。だから、実家みたいなイメージですね」

エヴァに学んだのは、アニメの見方にとどまりません。音楽やフォントの奥深さ。エンドロールから、声優やスタッフの個人名を見つける喜び。作り手が、本や映画に込めたメッセージを考察するうれしさ。一つ一つの感情が、世界を極彩色に染め上げてくれました。

良質なコンテンツに触れ、心を満たした「面白い」という気持ちを、独り占めせず広めたい。祥太さんの活動は、そんな思いに貫かれています。それはとりもなおさず、オタクの先人から受け取ったバトンを、未来に届ける営みとも言えるでしょう。

実際、祥太さんが発信した情報を基に、Mナンバーなどについて知る若い人々は増えているといいます。彼ら・彼女らが、どのような文化を紡ぎ出していくのか。これから、楽しみに見守ろうと考えているそうです。

「素敵な時間を過ごさせてもらって、感謝しかありません」。そう語る祥太さんの表情は、まるで好奇心あふれる少年のように、明るく輝いていました。

劇場で配布された、映画のポスター柄リーフレット
劇場で配布された、映画のポスター柄リーフレット

他者を知り、つながる喜び伝える物語

ナイフ型の武器を掲げ、戦艦の甲板に立つ深紅の巨人が、異形の魚類型生物を迎え撃つ――。記憶に残る、最も古いテレビ版エヴァの映像です。小学2年生の秋に見た、激しい戦闘シーンは、幼い筆者にとってまさに「事件」でした。

もっと、このアニメを知りたい。熱情に突き動かされ、映像をビデオに録画しては、テープがすり切れるまで見返したものです。地元の図書館で、物語の解説本や、サウンドトラックを片っ端から借りたことも。取りつかれたように、のめり込んだ日々を思い出します。

祥太さんは、当時の筆者も抱いた「知」への欲求を煮詰め、高い鮮度のまま保ち続けている人です。想像も及ばないような細やかさをもって、作品と、その構成要素を観察する。インタビューの間、筆者の胸は、うらやましさと敬意に満たされていました。

祥太さんの発言の中で、特に印象的だったものがあります。「自分が面白いと思ったことを、他の人に伝えたい。そう思わせてくれたのがエヴァでした」。体験を共有する楽しさを、心底実感させてくれる点は、作品最大の魅力と言えるかもしれません。

先日、職場の同僚たちと、劇場版最新作の感想を述べ合いました。作中の一幕にまつわる解釈を戦わせたり、学生時代に見た旧劇場版の思い出を語らい、心動かされたり。3時間近くにわたって、誰もが子どもに戻ったかのように、夢中で過ごしたのです。

言葉に力を込める同僚たちの様子に、うれしくもなりました。なぜなら、それまで知らなかった、熱い一面を見せてもらえたから。筆者自身が小さい頃、作品にはまり込むことがなければ、そもそも味わえなかった感動でしょう。

エヴァを軸として、他人について理解し、互いにつながることの喜びをかみしめる。その過程は、様々な困難の末、異質な親や友人の存在を受け入れて安らぐ、新劇場版の登場人物たちとも共通しています。

不思議な符合は、偶然の結果かもしれません。それでも、誰かと関係を結ぶ価値を教えてくれるエヴァンゲリオンが、どうしようもなく好きなのです。だからこそ祥太さん同様、作品への感謝の念を、抱き続けたいと思っています。

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