「おい、ドスコイ!」 倉庫で作業中にそう呼びかけられ、驚いて振り返ると年上の男性が「怒った?」と言いながら笑っている――。ぽっちゃりした体型にコンプレックスがあり、摂食障害に苦しんだ過去もあった女性はどう答えたのでしょうか。その「小さな抵抗」に共感が集まっています。
マンガを投稿したのはイラストレーターのharaさん。社会から押しつけられた美の基準にとらわれず、それぞれの個性ある「からだ」を受け止めようという考え方「ボディポジティブ」をマンガやイラストで発信しています。
ボディポジティブに出会ってから、自身のからだを肯定できるようになってきたというharaさん。それでも、体型をからかわれたりいじられたりするシーンで、怒ることはできなかったといいます。
「体型をばかにされて怒っている人を見る機会がありませんでした。ドラマでも広告でも、『悔しいからダイエットで見返す』とか、笑って済ませたりとか……。太っている私が悪いんだ、と思っていました」
しかし2020年11月、店内の倉庫で作業していたharaさんは、職場の年上の男性から声をかけられます。
「おいっ ドスコイ!」
はじめは聞き間違いかと思っていたところ、「おい ドスコイ!」と2度目の呼びかけ。振り返ると、男性が「怒った?」と言いながら笑っていたのです。
自分のからだを肯定できるようになるまでに、どれだけ傷ついたかも知らないで――。
haraさんは、部活を引退した中学3年生の時、軽い気持ちで始めたダイエットで20kgやせたそうです。数字がどんどん減ると「自分は頑張っている」という達成感があり、生理が止まってものめり込みました。
頑張りすぎてぷつっと気持ちが折れた高校生の時、食べ過ぎて吐く摂食障害に陥り、リバウンドで体重も大きく増えたといいます。
一人暮らしだった美大生時代は普通にご飯が食べられず、過食嘔吐を繰り返します。苦しんでいることは誰にも打ち明けられませんでした。
「相談しても『やせれば?』『普通に食べればいいじゃん』と言われたらどうしよう…と思っていたので、誰にも助けを求められませんでした」
大好きだった絵が描けなくなり、絵とは関係のない職業で働いていたとき、仕事帰りの本屋さんで「ボディポジティブ」をテーマにした雑誌を見かけます。摂食障害に悩み始めてから7~8年目の頃でした。
「こんな優しい世界があるんだ……とびっくりしましたね。でも、自分のこととは思えなくて、その時は雑誌を買えませんでした」
でも、やっぱりどこかで気になっていて、ついに雑誌を手に取り、「このままの私でおしゃれを楽しんでいいんだ」と励まされたといいます。
ほかのファッション雑誌にも目を通してみると「書いてあることは意外とバラバラ。好きなものってそれぞれでいいのかも」と感じ、再び楽しく絵が描けるようになりました。
ようやく食事やおしゃれを楽しめるようになり、自分のからだを愛せるようになってきた。でも、体型をからかわれても笑ってすませてきた……その矢先の「ドスコイ」。
この時ばかりは「サイッテーですね!」という言葉が口をついて出てきたといいいます。
「『怒った?』と聞かれたので、『そりゃ怒るよ!』という気持ちでした。そのあとの休憩でトイレに駆け込んだら、ようやく『悲しい』『傷ついた』という感情が湧き出てきて、でも、ボディポジティブを学んで発信してきたから『言い返せてうれしい』とも感じました。さまざまな思いが押し寄せてきて、思わず泣いてしまいました」
ちょうどharaさんがこのマンガを描いている時は、東京五輪・パラリンピックの式典をめぐり、タレントの渡辺直美さんの容姿を侮辱する演出案があったというニュースが流れていたときでした。
haraさんは“おそるおそる”SNSやニュースへの反応をチェックしますが、想像していたよりも否定的な反応が多く、ホッとしたと振り返ります。
「賛否両論」や「○○ともとれる」といった表現ではなく、「容姿の侮辱」「こんなことはもうダメ」と言い切るメディアや反応が多く、「誰かの体型をとやかく言うのはよくないという考え方が広まってきている」と感じたそうです。
Twitterに投稿したharaさんのマンガには4万件を超える「いいね」が集まり、「言い返せて偉い!」「泣きました」といった好意的な反応が寄せられています。一方で、「イヤならやせればいいじゃん」というコメントも少なからずあったといいます。
「私も昔はそう思っていたので、気持ちは分かります。でも、摂食障害という病気では『食べる・食べない』が意思の力ではどうにもならないし、体型の変化は歳をとっていく過程でも起こりえます。『甘えだ』とか『なんでやせられないの?』という言葉が、変わったときの自分に返ってきてしまってしんどくなるんじゃないかな……。そうならないといいなと思います」
今回言い返せたのはharaさんにとって大切な「小さな抵抗」でしたが、Twitterには「私にはできない」という反応もあったといいます。
haraさんは「大人数でからかわれたとか今回と違うシチュエーションだったら、私も言い返せたかどうか自信はありません。眉をひそめるとか無表情になるとか、いろんな対応の仕方を備えておくといいかも」と話します。
「反射的に笑っちゃったけど、あとになって『いやだったな』『絶対に向こうが悪かったわ』って思うだけでもいい。言い返せなかったからって自分を責めずに、自分の心を守ってほしいです」
一度は絵を描くのをやめてしまうほど、「太っている自分はだめだ」「おしゃれをしてはいけない」と思い込んでいたharaさん。悩んでいた当時、テレビのお笑いやいじりだけではなく、「自分と同じような体型を含め、さまざまな体型の人が〝普通にそこにいる〟ようなメディアがあったら、捉え方は違っていたかもしれません」と振り返ります。
「いま悩んでいる人には『まわりに頼って』と言いたいですが、私もそれができなかったんですよね。だからこそ、Twitterのマンガやイラストなど、ひとりでいるときにも目に入るものを発信していきたいです。新しい考え方を受け入れるには時間がかかるので、ゆっくり発信していこうと思います」