連載
#21 金曜日の永田町
首相も「承知してない」デジタル化の〝落とし穴〟教えてくれたのは…
無罪でも蓄積される顔写真データ、「菅さん!」金曜日の集会は呼びかけた
【金曜日の永田町(No.21) 2021.03.27】
過去最大となる106兆円の2021年度予算が成立し、国会では、これからの社会のあり方を規定するデジタル化関連の法案の審議に中心が移ります。菅義偉首相肝いりの法案ですが、権力側の都合で進むのではなく、市民や時代の要請に対応した政治のあり方にしていくためにはどうしたらいいのか――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
首都圏の緊急事態宣言が解除されて初めての金曜日となった3月26日。
首相官邸前には数百人が集まり、午後6時半から、太鼓のリズムにあわせたコールが始まりました。
「再稼働反対!」
「原発、いらない!」
400回目となる首都圏反原発連合(反原連)主催の「再稼働反対!首相官邸前抗議」です。
東京電力福島第一原発事故後に結成された反原連が、官邸前デモを始めたのは2012年3月29日。民主党の野田政権が進めようとする原発再稼働への抗議がきっかけでした。毎週金曜日の夜に開催されるたびに参加者が増えていき、関西電力大飯原発再稼働を決定した後の同年6月には20万人の規模に。
「大きな音だね」とこぼしていた当時の野田佳彦首相も同年8月、中心メンバーを官邸に招いて面会し、1カ月後に民主党政権が「2030年代原発稼働ゼロ」という革新的エネルギー・環境戦略を決める流れにつながっていきました。
この場に集まったのは、組織の動員ではなく、学生や子どもを連れた女性、会社帰りのサラリーマンなど。SNSなどに呼応した個人参加が特徴でした。脱原発の訴えから始まったこの「街頭民主主義」は、安全保障法制に抗議する「SEALDs」を率いた奥田愛基さんなどにも影響を与え、日本政治に大きな役割を果たしてきました。
この官邸前デモは、野田政権当時、官房長官番の記者をしていた私にとっても、政治記者は権力者の動きだけを追うのではなく、権力と市民の動きを立体的に見ていく必要があるということを教えてくれる存在でした。コラムのタイトルに『金曜日の永田町』を選んだのも、金曜日の官邸前行動への敬意が込められています。
400回目は、反原連の活動休止と重なることになりました。
参院議員になる前から一市民として参加していたという共産党の吉良佳子さんは「残念ながら原発の再稼働はされました。でも、一部にとどめてきたのは、みんなで声を上げてきたからではないでしょうか」とスピーチ。参加者からは、『自民党発!「原発のない国へ」宣言』を出版し、自民党内の原発推進派から講演の妨害を受けている秋本真利衆院議員の名前もあがり、「秋本議員のご本を読んで、菅政権は勉強しよう!」というコールをみんなで口ずさむなど、党派を超えて脱原発を目指す雰囲気に包まれました。
主催者はこれまでの歩みを振り返りながら、「菅さん!」と呼びかけました。
「あなたが官房長官をつとめた第2次安倍政権では、原発推進に戻されました。いいですか?福島第一原発事故。この本当に過酷な事故を多くの国民がみて、それまで原発・エネルギー政策に関心がなかった国民が原子力発電所は危ないと気づき、先日の世論調査でも、76%もの人々が原発いらないといっているんですよ。政治は遅すぎるんじゃないですか。社会の歩みに政治は何十年も追いついていない」
そして、総発電量に占める電源構成で原発は5%程度になっていることや、安倍政権下で進められた原発輸出も頓挫したことを指摘。
「どう考えても、原発をこれ以上推進する、維持することは、当たり前のことではありません。あなたが所信表明でおっしゃった『当たり前のことじゃないことを改革していく』。これまさに、原発にあてはまるんじゃないですか」
「国民に尊敬される、歴史に残る首相になってくださいよ。そのためにはまず原発ゼロ」と訴えました。
午後8時15分すぎ。「再稼働反対!」の最後のコールが終わり、主催者の女性が「みなさま、おつかれさまでした。金曜官邸前抗議はいったん幕をおろしますが、これからも引き続き全国から声をあげ続けましょう」と静かに呼びかけると、拍手が広がりました。
さて、国会では3月26日夕、過去最大となる106兆円の2021年度予算が成立しました。
約2カ月間の予算審議では、新型コロナ対策と平行して、総務省幹部らの接待問題が次々と発覚。「行政のゆがみ」の有無が問われた政府側が「記憶にない」などの答弁を重ね、野党が要求する資料の提出も滞っていたため、特に参院では、審議日程の協議が連日長引いていました。
「資料の提出と引き換えに採決で合意」
国会記者会館で、朝刊に向けた作業している私にそんな一報が入ってきたのは、3月25日午後6時すぎ。このとき、野党側は、菅さんの長男が勤める放送関連会社「東北新社」の外資規制違反問題をめぐり、総務省幹部に面会して報告したと主張する会社側と、「記憶にない」と主張する総務省側で食い違っている事実関係を明らかにするため、面会記録などの開示を強く要求していました。
「何らか面会を裏付ける資料が出てくるのではないか」
そう思って、締め切りが迫るなか、紙面を開けて原稿にする準備をしていたのですが、出てきた資料は、2種類の「基幹放送の業務認定承継認可申請書」。東北新社が作成したもので、正式に申請する前に総務省に示していた「ドラフト」だといいます。面会とは直接関係のないものなので、「野党はこれで採決を合意しちゃうの?」と肩すかしにあったような印象を受けました。
ただ、取材をしてみると、次のような経緯をたどっていました。
この日朝の参院予算委員会の理事懇談会で、総務省が接待問題で設置した検証委員会の第1回会合の議事録が配られました。その資料のなかには、委員の意見として次のような記述がありました。
《行政のプロセスは透明性や公平性が確保されたものであるべきであり、その証明責任は総務省にある。決裁過程の文書、議論を含め、総務省にはきちんと情報を出してもらい、接待に関連する行政プロセスの透明性や公平性について、総務省が客観的なエビデンスに基づいて証明できているか、という視点で厳しく徹底して検証すべき》
総務省側はそれまで、面会記録を含め、外資規制違反の状態のまま事業承継の認可をした経緯についての文書について、「存在しない」などと野党に説明し、提出を拒んできました。そこで、この議事録の記述に目を付けた野党筆頭理事の森ゆうこさんが、「検証委員会の委員がここまで言っているけど、やっぱり資料はあるんでしょ?」と追及。総務省側がついに「あります」と存在を認めたのです。
「だったら出して下さいよ」
「でも、東北新社の了解が必要なので…」
「とにかく出して」
その後、断続的に協議を重ね、採決に応じる代わりに、2種類の「ドラフト」が提出されました。会社側が作成した非公式の「ドラフト」まで保管されているということは、そのやりとりに付随した総務省と会社側との協議の記録も残されているのが普通で、今後の国会への資料提出の足がかりになるものです。
このエピソードは、情報開示に後ろ向きな政府の姿と、それを動かす労力の大きさを物語っています。
国会では、森友学園問題の改ざんの経緯を近畿財務局職員がつづったとされる「赤木ファイル」についても、政府は、裁判と国会で理由を使い分けて、提出を拒んでいます。
予算審議では、新型コロナのワクチン接種を管理するタブレット端末のレンタル料をめぐり、NTT関連会社と「60億円」の随意契約を結んだ積算根拠を問われましたが、平井卓也デジタル改革相は「予定価格が類推され、国の財産上の利益を不当に害する恐れがある」などとして明らかにしませんでした。海外観客の受け入れがなくなったことで、見直しの意見が強まっている東京五輪・パラリンピックの海外観客向けのアプリの開発費(73億円)の積算根拠についても、同様に明らかにしませんでした。
行政がきちんと公正に行われているのかを検証する資料はなかなか出てこない一方で、政府による国民・市民の情報の集積は進んでいます。
「デジタル庁」の設置や個人情報保護法改正を盛り込んだ「デジタル改革関連法案」を審議する3月24日の衆院内閣委員会。立憲民主党の本多平直さんは、警察が約1170万枚の容疑者の写真データを保有していることを取り上げました。
「誤認逮捕や不起訴の場合、それから裁判で無罪になった場合も、消去されないとうかがっていますけど、本当ですか」
こう問われた警察庁刑事局長は、誤認逮捕の場合は抹消しているとしたものの、次のように答えました。
「被疑者の写真データの中には無罪判決が確定された方も含まれております。無罪が確定したというだけでは直ちに検挙時の写真撮影自体が違法になるものではないところでございます。そのため、そうした写真を引き続き保管することにつきましては、法的な問題はないものと認識をしております」
本多さんは政府に対応を促しました。
「警察は1回撮った写真を残したいという発想になる。たくさん残した方が使いでがある、と。しかし、やっぱり個人情報保護の観点から言うと問題がある。顔認証で1,000万件以上もデータベースにしているんだったら、立法も必要じゃないですか」
審議では、このほかにも政府機関のずさんな個人情報の管理の事例がとりあげられています。3月26日の夜、脱原発の官邸前抗議と同時刻に国会前で行われていたデジタル改革関連法案を危惧する市民集会では、個人情報保護の歯止めが弱いまま、データの集積と利活用に重きが置かれた形で法改正が進むと、政権に批判的な人への監視につかわれかねない問題が指摘されました。一例であがったのが、加計学園問題のときに「総理のご意向」文書の存在を明らかにしようとした元文部科学事務次官の前川喜平さんに対し、「出会い系バー」に通っていた情報が広められた事例です。参加者の一人は次のように訴えました。
「監視するのは私たちであって、国家ではない。国家が持っている情報を公開しないで、私たち市民の情報だけを集めるのはおかしくないでしょうか」
早期の法案成立を急ぐ与党は、次回の3月31日の衆院内閣委での採決を提案。個人情報保護の権利を確立しようとする野党との修正協議には否定的です。数の力を持ってすれば、このまま押し切っていくことも可能です。しかし、別のデジタル化に関連して提出された法案をめぐっては、3月26日の参院財政金融委員会でこんなやりとりがありました。
共産党の大門実紀史さんは、紙で消費者に渡すことが義務づけられてきた訪問販売などの契約書を、電子データで渡してもいいようにする「特定商取引法」の改正案をめぐる問題を取り上げました。
大門さんはこれまで消費者問題の被害者の相談にのってきた経験を紹介しながら、「お年寄りの被害など、だまされるときは、本人の同意をとってだましているので、『本人の同意』は歯止めにならない。紙の契約書やはんこがワンクッションになるが、ためらう時間がデジタルでなくなってしまう」と指摘。「急きょ、総理が号令をかけたデジタル化戦略をちょっと勘違いした人がいるのかわかりませんが、本人の同意があればオンラインでやれるような内容が入ってきたため、(元々の法案に)賛成だった消費者団体、弁護士会、消費者相談員協会も、今反対の声が起きていて大変な事態になっているんです。総理、ご存じでしたか」と菅さんに問いただしました。
菅さんは「あのう、私、正直、承知していませんでした。いずれにしろ、今、ご指摘をいただきましたので、ちょっと考えさせて、検討させていただきたいと思います」と述べました。
野党は市民たちがあげた声を国会での議論につなぎ、そして、政府もそれに耳を傾けながら、必要な修正を行っていく。そうした営みを通じて、政治は社会の要請に対応し、政府や一部の企業のためではなく、市民1人1人にとって納得感のある社会をつくっていくことができます。
「デジタル改革関連法案が成立したら、衆院解散もありうる」といった情報が飛び交い、浮足立っている議員もいますが、ぜひ、国会は、国会の内と外の回路をつなぎ、よりよいルールをつくるための大議論を展開して欲しいと思います。
《来週の永田町》
3月31日(水)衆院内閣委でデジタル改革関連法案の審議。与党は採決を提案
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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