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羽生vsチェンの頂上対決、元選手の記者が注目するのは…ジャンプの音
「すーっ」の羽生、「パンッ」のチェン
スウェーデンのストックホルムで開かれているフィギュアスケートの世界選手権。男子で最も注目すべき戦いは、なんと言っても五輪2大会連続で金メダルの羽生結弦選手(ANA)と、世界選手権2連覇中のネーサン・チェン選手(米)の直接対決です。ショートプログラム(SP)は、羽生選手が106.98点で1位、チェン選手はジャンプの転倒があり98.85点の3位で発進しました。これまで国際大会での直接対決の戦績は4勝4敗。フリーでの決戦を前に、スケート競技歴14年の筆者が、27日にあるフリーを中継で楽しむ際のポイントを解説します。
日本時間25日夜にあったSPで、羽生選手は106.98点と好発進。冒頭の4回転サルコウは回転軸が少し斜めになり、「あれ?」と一瞬ひやひやしましたが、その心配をよそに難なく着氷を成功させ、加点も2点以上引き出しました。
勢いに乗ると、続く4回転+3回転トーループの連続ジャンプ、3回転半のトリプルアクセルを成功させともに加点を3点近く引き出しました。黒のライダースジャケット風の衣装に身を包み、アップテンポなロックで最後までキレのある演技でした。ステップでレベルを最高の4ではなく3にとどまり、自身のSP最高得点110点台にわずかに届きませんでしたが、それでも、ほぼノーミスの演技で後に滑るチェン選手にプレッシャーをかけました。
チェン選手は、まさかの転倒があり本来の演技ではなく98.85点の3位でした。自身の武器でもある最高難度の4回転ルッツで跳び上がる時から軸が上手く作れず、そのままダイナミックに転倒。続くスピンでは途中軸がずれてしまい、レベル2にとどまりました。
スピードがなかなか出ず「そのまま崩れちゃったらどうしよう」と思っていましたが、後半に本来のチェン選手の力を取り戻しました。4回転フリップ+3回転トーループと高難度のジャンプを成功させ、キレのあるステップやスピンもすべてレベル4を獲得し演技を終えました。
羽生選手とチェン選手の点差は8.13点で、トリプルアクセル1本の基礎点は8点。差はほとんど開いていません。まだまだどちらが優勝するかは分かりません。
さて、今季の2人ですが、コロナ禍でありながらともに調子を上げて今大会に臨んできました。
まず、羽生選手。今季初めての大会となった昨年12月末の全日本選手権を見て、その完成度に圧倒されました。
昨年3月の世界選手権がコロナ禍中止になり、日本に帰国してから約10カ月間、たった一人で練習をしていました。フリーは、難度が高いループジャンプも完璧に成功させ、圧巻の演技で総合319.36点。2位と30点以上差を付けて優勝をしました。コロナ禍で練習がままならない時期もあったはずですが、フリーでは最後まで安定した滑りで、さらにジャンプの高さも保っていました。体幹や脚力を鍛えるなど、相当なトレーニングをしないとできることではありません。
私は、これだけの演技を、コーチ不在の中調整してきたということに驚きました。選手にとって、コーチの客観的なアドバイスは重要です。ジャンプの調整や、また大会に向けてコンディションを上げていく計画は、コーチの手腕でもあります。
一般的に、選手にとって長期にわたってコーチ不在というのは考えられません。私が選手の頃は、自主練習で3回転ジャンプの練習をしていたとき、調子がおかしくなりなぜか分からなかったことがありましたが、コーチに一言「左肩が下がっているよ」とアドバイスをもらったことで感覚を取り戻した経験がありました。
コーチは心の支えにもなっています。羽生選手はコロナ禍に孤独の中「暗闇に落ちていく感覚だった」と振り返っています。
今季のフリーは、新プログラム「天と地と」。全日本選手権で初めて見たとき、正直圧巻の演技に心が震えました。
羽生選手にとてもしっくりきていて、お披露目したばかりだとは思えませんでした。プログラムの相性も選手にとって大切です。曲調などにより、選手の得意不得意があります。アップテンポの元気な曲が得意な選手もいれば、流れるようなクラシックが得意な選手もいます。羽生選手とってこの荘厳な和の曲調は、なめらかなスケーティングを引き立て、力強い表現力もアピールできる、ぴったりのプログラムだと感じました。
世界選手権のフリーには特別な思いでのぞみます。SP終了後、羽生選手は「全日本の時よりも精神的に安定して、一つ一つ丁寧に滑れると思います。曲自体、またプログラム自体から感じられる背景や、皆さんの中に残っている思い出や記憶が少しでも想起させられるようなものになったらいいな」と話しました。
一方、ディフェンディングチャンピオンのチェン選手も勢を付けて今大会に乗り込みました。今年1月の全米選手権で5連覇を果たし、更にSPとフリーの合計得点は羽生選手が全日本選手権で出した319.36点よりも高い、322.28点をたたき出しました。国際大会ではないため、得点を単純比較はできませんが、チェン選手の圧倒的に高いジャンプの技術力が武器となっています。
全米選手権のフリーでは、最高難度の4回転ルッツを失敗しましたが、その後すぐに立て直して4本の4回転ジャンプを成功させました。
チェン選手の最大の強みは、最高難度上位2種類のルッツ、そしてフリップジャンプが跳べるということです。今季の羽生選手はこの2つのジャンプは組み込んでいません。さらに、チェン選手はフリーに5本の4回転を組み込み、羽生選手は1本少ない4本です。
さらに、チェン選手はジャンプだけでなく、スピンやステップも正確です。全米選手権では、演技構成点も、全て10点満点中9点台。スケートのスキルや、曲の解釈においては9.50点と高得点をもらっていました。
では、それぞれの選手のすごさはどこを見たら分かるのでしょうか。
羽生選手は、まず、ジャンプの前後の「音」を聞いてください。羽生選手はエッジワーク、つまり、刃に体重をかける繊細な加減がとても上手な選手です。
ジャンプを跳ぶ前と後に無駄に力を入れず、姿勢も猫背にならず美しい姿勢を保っています。そのため、ジャンプを跳ぶ前と後に刃の前の「トウ」が引っかかって「ガリガリガリ」という氷が削る音がしないのです。
前屈みになって、さらに足首が硬いと、前に体重がかかってしまいガリガリ音がしてしまいます。滑っているときにとても静か。特に着氷のときには、つま先から着氷してしまう選手が多い中、羽生選手は「タン」と着氷したあと「すーっ」と流れ、スピードも落ちません。中継で、音も拾っていることもありますので耳を澄ませてみてください。
さらには、ジャンプを跳ぶ前も後もとにかく「くるっくるっ」とターンをしたり踊ったりしている場面も見どころです。それは、エッジワークの素晴らしさから来ています。選手の中には、ジャンプを跳ぶ前に「跳ぶぞ跳ぶぞ」と言わんばかりに、構えて片足で構えている時間が長い場合があります。そうすると、なかなか高い点はもらえません。羽生選手は、「あれ、もうジャンプ跳ぶの?」と前後の動きでは読めない程自然な身のこなしの後にジャンプを跳ぶことができます。特に、トリプルアクセルを跳ぶ前には、最も難しいカウンターというターンを入れてからすぐにジャンプを跳びます。さらに跳んだ後もバランスを崩すことなくすぐに次の動きに入ることができます。
このようにジャンプの前に難しいターンを入れると、出来栄え点、GOEが格段に上がります。今大会SPのトリプルアクセルでは、出来栄え点が3.54点と全選手の中で最高の加点をもらっていました。
チェン選手の素晴らしさはどこにあるのでしょうか?
まずは、ジャンプのイメージを分かりやすいよう擬音語で表してみると「パンッ」と勢いよく跳び上がっています。ダイナミックさが彼の魅力です。足首のバネが強く、跳び上がるときの初速が速いのです。さらに、ジャンプの軸が細く、回転が速いのが特徴です。
また、表現や身のこなしについては、とにかく「機敏」なのが特徴です。エッジワークもとにかく繊細なターンも難なくこなします。無駄な動きが一切ありません。元々体操をやっていただけに、より「競技性」が前面に出ているように感じます。
羽生選手が流れるようなスケーティングだとしたら、チェン選手は、ダイナミックなスケーティングが特徴です。
対照的な2選手。ともにそれぞれの良さのポイント中継で注目して見てみてはいかがでしょうか。
橋本佳奈@hashikana1218、奥山晶二郎@o98mas、 withnews@withnewsjp
出演者:withnews編集長・奥山晶二郎(北海道出身・スピードスケート経験者)、withnews編集部記者・橋本佳奈(フィギュアスケート競技歴14年)
<最終グループの注目選手の開始時間>
22時06分~ 宇野昌磨(SP6位)
22時30分~ ネーサン・チェン(同3位)
22時38分~ 鍵山優真(同2位)
22時46分~ 羽生結弦(同1位)
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