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HKT48メンバーが出演から裏方まで挑戦 #劇はじ がもたらしたもの
福岡を拠点とするアイドルグループHKT48が企画、プロデュース、脚本、演出、出演、音響、衣装、美術、広報などすべてをメンバーが担うオンライン演劇に挑戦しました。「HKT48、劇団はじめます。(#劇はじ)」。気鋭のフルリモート劇団ノーミーツのサポートのもと、2月に2作品計20公演を上演、のべ1万人超が視聴し、コロナ禍のアイドルの新たな可能性を示す活動として注目されました。4カ月にわたるプロジェクトはメンバー、そしてグループに何をもたらしたのでしょうか。作品の一つ「水色アルタイル」の脚本を担当した石安伊(せき・あ・い)さん(20)、プロデューサーを務めた坂口理子さん(26)に聞きました。
昨年10月に始まったプロジェクトは、立候補したメンバー36人が二つのチーム「ごりらぐみ」と「ミュン密」に分かれ、希望を踏まえて役職を分担しました。
ごりらぐみは「不本意アンロック」(脚本豊永阿紀、演出下野由貴)を上演。ミュン密の「水色アルタイル」は、アイドル志望の女子高校生が、受けていたオーディション審査が新型コロナの影響で中止されるなか、熱意を失わず、ほかの4人の仲間に呼びかけ、とともにオンラインの文化祭のステージをめざすというストーリー。昨春、ノーミーツの旗揚げ公演「門外不出モラトリアム」に出演した経験もある田島芽瑠さん(21)が演出を担当しました。
役者は自宅などからZOOMを使って毎回生配信で出演。部屋の美術や小道具、撮影するカメラの切り替えまで裏方のメンバーが行いました。
プロジェクトの成果の一つは、メンバーの埋もれていた才能が発掘されたことです。
今回、石さん、豊永さんとも初めての脚本でした。立候補した理由を石さんは「マネジャーさんに勧められて迷っていたけど、脚本は物語になくてはならないもの。最後までやり遂げることで物事により責任感を持てるようになるのでは、と思った」と話します。
石さんは2018年、ドラフト3期生としてHKT48に加入。年齢を重ねても「永遠の17歳」を自称したり、一昨年にあった九州7県ツアーの寸劇で、「怪人みゅん」という役柄で髪の長いかつらを被って登場したり。濃いキャラクターが特徴の一方、シングル曲の選抜メンバーに選ばれるような存在ではありません。
それが今回、演劇に欠かせない脚本を担う。小説を読むのが元々好きだったものの、途中で投げ出したいという思いに何度もかられたそうです。
突然のテーマ変更も迫られました。当初は田島さんや坂口さんらと「SNSいじめ」といったテーマを検討していました。しかし、昨年11月30日、マネジャーからNGが出ます。
「現実問題、苦しんでいる方がいて、見てしまったらどう感じるか。深いテーマだし、難しいかな」などとマネジャーが告げる場面が、Youtubeに公開されている製作過程を描いたドキュメンタリーにも登場します。
急きょ、坂口さんらプロデューサーと田島さん、石さんが協議。田島さんが「5人がアイドルを目指す物語」というアイデアを出し、「青春」がテーマに。
「私たちがアイドルだからこそ出せるもの、キラキラしているなかにも大変なことがあることを描けたら、という話をした」と坂口さんは振り返ります。
ですが筆はなかなか進まず、1月11日の第2稿の締め切りには間に合いません。「脚本がないと演出も役者も動けない。みゅんちゃん(石さんの愛称)がどうしよう、どうしようとなっていたけど、頼むみゅんという雰囲気でした」と坂口さんは振り返ります。
書き上げたストーリーについて、石さんは「好きかと問われたら、私の好みとはぜんぜん違う感じ。普段もっとドロドロした内容ばかり読んでいるので」と率直に語ります。それでも、登場人物の役柄像やせりふのあちこちに自分の思いを込めたそうです。「こういう友達がいてくれたらという願望も込めつつ、思っていることは随所に入れました」
たとえば、上野遥さん(21)演じる小野舞夏の「ダンスが好きだけど、でも、将来にはつながらないし……」といった一言は、自身の胸にずしっと響いたそうです。
また、文化祭の直前になって、5人で練習してきた曲の変更を突然、教頭から指示されるシーンがあります。次の場面、運上弘菜さん(22)演じる夏木明が「解体ショーだね、教頭」とつぶやきます。「ちょっとブラックなところを入れてみた」と石さん。劇の視聴者からは「昨年11月のテーマ変更を重ねているのでは」といった感想がSNSに上がっていました。石さんに尋ねると、「なきにしもあらず。もしかしたら、ちょっと反映されていたのかもしれないです」。
石さんが「30点」と控えめに自己評価する脚本は、田島さんの演出、細部までこだわった衣装や美術、音響、上演期間中も日に日に成長がうかがえた出演メンバーの等身大の演技によって、反響を呼ぶ作品に仕上がります。
千秋楽、劇が終わった直後の配信で、石さんは言葉を詰まらせながら、感謝を口にしました。
「スマホほっぽりだして夜逃げしようと思ったこともあったけど、見放さずに『頑張って』って言ってくれて。締め切り守れなかったのに、『頑張って』って言ってくれて……。申し訳なくて、いっぱい支えてもらったのがすごいうれしくて……。つたない脚本だったんですけど、芽瑠さんの演出や、P、宣伝、衣装、役者、音響、配信、全部の役職が頑張って、形にしてくれたと思っています。脚本やってよかったです」
脚本づくりを通じて、石さんが得たものを尋ねると、こんな答えがかえってきました。
「私は本当に逃げ癖があって、とにかくやらない。でも、脚本はやらなきゃみんなに迷惑をかけてしまうから、やろうと。やりきれたことで自信につながった。逃げないようにしていこう、と思えるようになりました」。「全部の役職が動いてくれてできた『水色アルタイル』。本当に大切な作品です」
制作全体をまとめたのがプロデューサーです。坂口さんと馬場彩華さん(16)が務めました。ビジネス用のチャットツールを駆使して、メンバー同士やサポートした劇団ノーミーツのスタッフ、客演の俳優と絶えず連絡を取り、スケジュールを調整し、撮影も手伝う。
「何でも屋さんという感じでした。スマホを見ていない時間がないくらい。ショッピングをしていても、座れる場所を見つけては、見て返信した。責任重大というか。自分が確認を取って、それを担当部署に流さないとその部署の作業も進まないことが多かったので、社会人1年目のような気持ちでした」と坂口さん。HKT48のマネジャーにも、私たちと同じようなことやっていると言われたそうです。
戸惑いながらも、着々と時は進む。同期でもある田島さんが演出で悩んだ際は一緒に考え、寄り添いました。「芽瑠の頭の中にあるアイデアや面白いと思うものを形にしていくのがけっこう難しかった。芽瑠は〈作る以上は妥協したくない〉という思いがあったので、それを実現させるのが私の役割だったと思います」
基本的にはほぼすべてのことをメンバーが主体的に決め、ノーミーツのスタッフには疑問点を尋ねたり、助言を求めたりしました。ノーミーツとのコラボは、「こんなことも実現するんだ」と驚きの連続。演技だけでなく、宣伝力、企画力など多くことを学べたそうです。「自分たちのSNS発信にも生かせれば、と思います」
今回のプロジェクトはグループにとってどんな意義があったのでしょうか。坂口さんに尋ねました。
「コミュニケーションは本当に大事だと身にしみました。思っているだけじゃどうにもならない。言葉で説明できないと分かってもらえない。メンバー同士だからこそ、本気で言い合うんです。作品をよくするために今まで言わなくてよかったことも、言わなきゃいけない状況が生まれた。後輩メンバーもこれまでと違う体験ができたんじゃないかと思います」
「HKT48って仲良くてわちゃわちゃしたグループってよく言われますが、仲がいいだけじゃないぞ、きちっと物事を考えている、アイデアを持っている子がたくさん居るんだということを、今回見せられたんじゃないかと思います。動画編集や企画宣伝とか裏方も経験したことで、HKT48がより自立できるグループになればいいなと思います」
「自立」はHKT48にとって重要なキーワードです。2011年の活動開始当初、AKB48グループで平均年齢が最も若いグループだったHKT48は、AKB48から12年7月に指原莉乃さん(28)、同年11月、多田愛佳さん(26)が移籍し、親身になって若いメンバーの相談に乗り、ときに励まし、ときに怒り、助言しました。
そんな先輩の背中を見ながら、メンバーは劇的な成長を遂げていきました。ですが多田さんが17年、劇場支配人兼任だった指原さんは19年春に卒業。カリスマ的存在が去った後、グループがどう変化し、存在感を示していけるかが課題となっていました。
昨春、運営会社が変わり、また、コロナ禍でファンの前での公演や、首都圏などでの活動が制約されるなか、その問いは一層重みを増しています。
「いままで、指さんとか愛ちゃんに頼ってきたけれど、一人一人に責任があるんだよ、というのを今回のプロジェクトでひしひしと感じました」。指原さん卒業後に行われた一昨年の九州7県ツアーは〈あの支配人からの、卒業〉をタイトルに掲げました。ですが会場には指原さんの大きな写真が飾られ、MCの話題にも。「卒業とうたっている割にはすがってしまっているという思いが、メンバー自身にもあった」と坂口さんは振り返ったうえで、こう語りました。
「先輩から言われたことを後輩に伝えることも大事ですが、後輩にとっては当時在籍していないと、(意味が)よく分からないと感じることもあると思う。今回、自分たちが一から作り上げたことで、先輩、後輩、だれが偉いということなく、みんなで決めて、完成させ、達成感が生まれた。それがとても良かったと思います。先輩に意見を言う勇気、トラブルが起きた時、そして、グループでもう少し良くしようという時に、意見を言える環境、それが今後につながっていくのではないかと思います」
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